白魔導師と思い出
眠りについたスノウルちゃんを抱きとめて彼女をベットへと運ぶ。
今みたいに占いついでに投薬までするお客さんもいるので私の家ではベットが二つ用意してあるのだ。
暴れまわった結果裸になっていたスノウルちゃんの白い肌を毛布で優しく包み寝かしつける。
錯乱した時と比べてとても落ち着いた表情をしているわ。
……ふふ、可愛い寝顔するじゃない
……。
……。
……あれ、……なんだか、……ぼーとする。
久々に口移しなんてしたからかしら……。
改めて思えば彼女がきてから本当に忙しない日だったわね。
私は朦朧とする意識の中でスノウルちゃんの傍に横たわる。
彼女の可愛らしい寝顔を横目に私の意識もまた、薄れていった。
~~~※※※~~~
夢の中の私は母の側にいた。
弱々しく眠る母が私をみて笑っていた。
彼女は病室で床につき、弱々しい私の手を確かに握ってくれていた。
「……かあさん」
「……真白、私は幸せ者だよ」
夢の中の私はこの日がくることを知っていたんだと思う。
「……かあさん」
母はとても勝ち気な女性だった。
こんな風に病に伏していなければ病人扱いするなと私を蹴飛ばしていただろう。
「出来ればあんたの晴れ姿はみときたかったんだけどね、それでも私は幸せものだよ」
彼女は女手一人で私を育ててくれて、……それで色々な無茶をした。
でも確かなことは彼女が今倒れているのは彼女が弱いからではなく、強く勇ましい母だったからだった。
「……うん」
だから激しい動揺もなく、穏やかな心持ちで彼女の前にたつことができたんだろう。
「娘と嫁を置いて逃げ出すような軟弱な男に捕まるんじゃないわよ」
「……うん」
父は私が幼い時に私達を置いてでていった。
きっかけは私が父の浮気現場を告げ口したことだ。
幼い私も母のように活発でお喋りな少女だった。
だからありのまま見たことを母に告げてしまい、それが二人の仲を裂いた。
私は小さな時から「わるいこ」だった。
告げ口をしたカラスは色を奪われ醜い黒い鳥になった。
「幸せになりな、真白。 あなたの人生を楽しく生き抜いてね」
母はそんな私を命懸けで育ててくれた。
育て抜いてくれた。
静かに目を閉じた母は幸福に満ちた表情をしていた。
それはきっと神様のように。
それはまるで……、真っ白に燃え尽きたかのように。
彼女は人が生きる上で最上の表情をして瞼を閉じた。
その時私の手の中には確かな幸福があって。
そこで耐えきれなくなった私は……、それをそのまま溢して泣いた。
~~~※※※~~~
「……かあさん」
自分の寝言に気付いた時、朝日が私達を照らしていた。
昨日寝たのは昼間だった筈なのに……、やれやれって感じね。
きっとスノウルちゃんの占いで久々に怪我をしたせいか疲れてしまったのだろう。
蹴りを入れられた左手はまだやや痛む。
ポーションのお陰で骨折したって一晩で治る回復力をもっているけど痛みは残る。
私は冒険者ではない、荒事は本分ではないのだ。
「……」
私が目を覚ますと私の傍でキョトンとした表情のスノウルちゃんが寝そべっていた。
どうにも私より先に目を覚していたようだ。
でも巻きつけた毛布が動いてないので起きたのはそんなに変わらないのかしら。
「あら、これは失礼。 眠ってしまいましたわ」
私が起き上がろうとすると彼女の口が動き出す。
「お前、妾と同じだな」
彼女は何故だか少し嬉しそうだった。
「……どういうことかしら?」
「妾も朝はよく泣く」
彼女の言うように顔に手をあてるとそこには一滴の線があった。
……みられちゃったか。
「……あらあら、これは見苦しい所を」
私は急いで手でその線を拭う。
「よい、かまわん」
スノウルちゃんは何故だか嬉しそうだった。
それから一時の合間私達はぼやけて見つめあい、彼女が口を開いた。
「昨日はすまなかった占い師よ」
少ししょげた彼女に私は告げる。
「いいのよ、そういう時もあるわ」
それを聞いたスノウルちゃんはまた少しの間黙ってそしていう。
「……占い師よ、三つ頼みがある」
小さなお客様は私に頼みがあると言った。
……この流れどこかでみたわね。
「何かしら?」
私は白々しく疑問符をあげながら彼女の要望を訊ねる。
「お前はどうしてそんなに強い? 答えろ」
強いだなんて、世間知らずなお子様ね。
世界には私より強い力を持った人が沢山いて、凄い魔法を使える人も沢山いる。
私は一人でドラゴンを倒したりできないけどそれが出来る人もいるのだ。
彼等と比べれば私なんてまさに青二才だ。
「……ううん、……そうね、強さにも色々あるからよくはわからないけど」
でもわたしは彼女の言葉を否定しない。
それは占い師として彼女を導くため。
人が占いを信じるのはそれが正しいことだと思い込むから。
だから占い師は信用出来る人物でないといけない。
私は弱いけど、でも彼女達を導くためには強くならないといけない。
……まぁお客様の前で泣きながらぐーすか寝てたんじゃ威厳もなにもないけど。
とにかく彼女の問には一つ答えをださないと。
「貴方が笑ってくれるから、かしら?」
……我ながら安っぽいプロポーズの台詞みたいだとは思うわよ。
でもいいの、こういう時に大事なのは何を言うかではなくてどんな風にいうか、だから。
雰囲気よ、雰囲気!
私の解答に納得したかのように頷いて彼女は次の問答を始める。
「占い師よ、頼みがある」
「今度は何かしら?」
相変わらず彼女はぶっきらぼうな喋り方だ。
でもそれは彼女がその振る舞い方しか知らないからなのだろう。
彼女に触れた私にはそれが正しく理解出来ていた。
「妾もそなたのように強くなりたい」
「それはいいこころがけね」
「弟子にしてくれ」
……なるほどね。
彼女はどうやら私のことを気に入ってくれたようだ。
「……うーん、そうねぇ」
私はじらすように言葉をためながら思案する。
話を聞いた限り彼女は恐らく今身寄りがない。
なにがあったかは知らないけど誰かに騙されて主とかいう人を殺しちゃったっていってたからね。
かえるところがあったとしてもろくなところじゃないはずだ。
かといって孤児院に預けたら誰かを傷つけて彼女も傷ついてしまうかもしれない。
「私の修行は厳しいわよ?」
修行もなにも私の力は毎日のドーピングと健康的な生活によるもので魔法について教えるにしても基本的な呪文位しか教えられるものはない。
でもとりあえずこのこに関しては少し面倒をみてやった方がいいのだろう。
「かまわん、やる」
私にその気があるとみると彼女は目を輝かし強めの口調でそういった。
「元気のいいこね」
初めての弟子を持つことになった私は彼女の頭を撫でてあげた。
黒く伸びた髪は獣のように少しゴワゴワとしていて手入れがいきとどいてるって感じじゃあなかったけど、でも悪くない触り心地だった。
彼女は目を二三度パチクリと動かすだけで何も言わなかったがそうされるのが心地よいように頭を預けてきた。
「それで最後は?」
私が忘れる前にきいておこうと思って口にだすと、スノウルちゃんは撫でられていた頭を私に近付け目を輝かせて言った。
「昨日の口をくっつけるやつをまたやってくれ、とてもよかった」
……あ、それは。
私は急激な背徳感にかられ手を止めて咳払いをする。
「……あ、あらあら、おませちゃんね。 あれはね、特別な時にだけするの」
いやね、冷静になってみれば口移しじゃなくても何とか出来た気もするわよ。
でもほら、滅茶苦茶に吹っ飛ばされたのなんて冒険者時代以来だから。
だからね……その。
ちょっと勢いに乗ってやってしまった感はある。
そこは認めるわ。
確かに私も望んでここにいるとはいえ独り暮らし長いし久々に人肌に触れて舞い上がってたのかもしれない。
スワロさんとはそんな感じにならないし、遠足気分のひよっこ冒険者をたぶらかすのもあれだし。
久々に親近感を感じて夢中になってた私に責任があることは間違いないのだけど……。
でもそれはほら……挨拶みたいなものよ、……うん、なに言ってんだろ私。
とりあえず言えることは人生経験が豊富で占い師をやってる私だけれどもこんな小さな女の子に手を出したことは一切のないし、手をだすつもりもない。
「駄目なのか?」
無邪気に向けられる期待の視線が私を貫いた。
……うん、大人のお姉さんぶって振る舞うのも難しいわね。
私の中の魔女のイメージはミステリアスで大人びたもので……。
私もそんな風に振る舞おうと努力はしている。
けど寝顔を見られちゃそうも堂々としてられない。
その上冷静に今の現状を振り返ってみれば、
「裸の少女にディープキスで口移しをしてベットに連れ込み一夜を明かした」
のである。
正に人々を誑かす魔女の所業。
魔女らしく振る舞えていると言えば間違いなのだけど違うの。
私の目指してる白魔導師はもっと高潔で余裕のある大人の女性って感じで。
だから本命じゃなくてもキスとか余裕ですみたいな振る舞いがしたかった訳で。
でもスノウルちゃんもその気になってしまうと話が違うの。
彼女とそういう関係になってしまったら婚期を逃して必死になった結果子供に手をだしたおばさんになってしまうじゃない。
それは流石に魔女と言えども私の中にどうしようもない背徳感が生まれるわ。
とにかく彼女にはちゃんとした人との接し方を教育してあげないといけないわ。
人かどうかも怪しい彼女だけど間違いなく人並みの感情がある。
だから彼女がこれからも生きていくためにそれが必要でしょう。
「ま、また今度ね」
「わかった、約束だ」
散々考えた結果の私の逃げの一手は一言で退路を断たれた。
……こうなったらとにかくこの場は誤魔化してやり過ごすしかないわね。
「……さてさて! これで頼みは全部かしら!」
私は話をまとめようと体を起こし、スノウルちゃんに確認する。
すると彼女は真剣な面持ちで、……と言っても左程表情に変化はないのだけど、考え事をした後で何かを思い出したのか言った。
「……まて、もう一つあった!」
「あら、なんでしょう?」
さてさて、四つ目の頼みはなんでしょうね。
「名前を聞いてない、そなたの名だ」
彼女は迫真の顔でそういった。
……そう言えば名乗ってなかったわね。
「……ふふ」
それにしたって今更聞くのかしら、可愛いやつめ。
やはり彼女は幼い。
幼いなりに見よう見まねでいきているのだ。
「わかったわ、特別にフルネームで教えてあげる」
ではスノウルちゃんのご要望にお答えしましてタイトルコールといきましょう。
今、貴方に話すこの物語は私の物語。
異世界に転生し白き魔法の使い手となった一人の占い師の物語。
「私はマシロ! 転生白魔導占師 烏間マシロよ!!」
って感じで決まったところでそろそろ起きて後片付けしなくっちゃね。
「ではスノウルちゃん、早速弟子として最初の仕事よ」
「うむ! なんだ!」
私は笑顔で彼女に答える。
「昨日の占いで散らかってるだろうからお部屋の掃除」
それを聞いた彼女はどこか申し訳なさそうに視線を背ける。
「……うむ、すまない」
「ふふ、仕方のないことよ。 これから一緒に暮らすんだから思い切って模様替えしましょう」
焦って何かをすることはない。
物に呪いをかける時は時間がかかるものよ。
それが人の心であるなら尚更ね。
今はとりあえずゆっくり過ごしましょう。
「あと汗を流したいからお湯を張ってもらおうかしら?」
「うむ、やり方を教えてくれ」
私はベットから立ち上がり彼女の手を握る。
彼女の手のひらは毛布にくるまっていたからか温められ心地よい人肌だ。
冷え性かなにかなのかしら?
それはそれとして今私が掴んだその手の中には確かな幸福があった。
それを握りしめ立ち上がった私達は散らかっている筈の居間に向かう。
その日はそのまま一っ風呂浴びた後に一日部屋の模様替えに明け暮れた。
そして疲れきると私達はまたぐっすりと眠ったのでした。
めでたし、めでたし!ってね。