白魔導師と魔女
白魔法は利己ではなく利他のために行う魔法。
だから他人の傷を癒し、あらゆる厄災を払う術式として生まれた。
誰かを祝うためにケーキは焼れ、足の不自由な人のために杖は生まれる。
暗闇に迷うもののために光は生まれるのだ。
私はそんな光に憧れて白魔法を学んだ。
でもその光はいくらでも自分のために使うことが出来る。
杖は武器にもなるし、過ぎた光は目を焦がす。
家族のために作ったケーキはその気になれば一人で美味しく食べられるのだ。
白魔法を学ぶと言った時、シスターは私に善意を持ちなさいと言った。
善き魔法は善き心から生まれると。
きっとそれは迷える子羊を救うだろうと。
……でも少なくとも私は「いいこ」なんかじゃない。
善良な人間じゃない
私は私自身暗闇で救済を求める子羊だった。
私が転生する前、母は死ぬ前私にこう言った。
「楽しく生き抜いて」と。
母がシングルマザーになったのは私が彼女に告げ口をしたからだ。
幼い頃は活発でおしゃべりだった私は父が知らない女の人と歩いているのを見て、すぐにそれを母に伝えた。
男女の関係なんて知らなかった私は喜々としてその様子を伝えた。
私のせいで我が家は崩壊した。
私の言葉が母を傷つけ、私のために努力した母はその結果死亡した。
その罪悪感を抱えたまま私は楽しく生きて、楽しく過ごして死のうと思った。
でも死に際に、病室で横たわった私は……。
死を目前にして初めて……。
「まだ生きたい」と思った。
楽しく過ごして死のうだなんて甘い考えだった。
私は自分自身に言い訳をしていた。
病気だから仕方ない。
母も死んだから仕方ない。
家族もいないから生きる意味なんてない。
私には生きる価値なんてない。
私は病人という体裁を保った自殺志願者だった。
でも私は、死に際になってようやく素直になったの。
「まだ生きたい」って。
思ってしまった。
願ってしまった。
だから私はこの世界に転生したのだろう。
母が言った「楽しく生き抜く」を私は達成出来なかった。
母の命日、彼女の誕生日に焼いたケーキを一人で食べてもちっとも美味しくなかった。
私は自分の人生を生き抜けなかった「わるいこ」だ。
だから私は白魔導師になった。
ただ楽しく「生きる」んじゃなくて楽しく「生き抜く」ために。
暗闇に迷うものを導く善き魔法。
善き心から善い魔法が生まれるなら私は私と同じように道に迷うものに光を与えよう。
私は私の心の救済のために貴方達を救うの。
貴方達のために。
そして私自身のために。
~~~※※※~~~
「私は転生白魔導占師」
スノウルちゃんは私と同じ。
「巡る時の中で魔を持って貴方の道を占う者」
彼女は私と同じで「いいこ」になりたいこ。
だけどどうしても自分が「わるいこ」だとわかってしまうこ。
「貴方は『いいこ』よ」
私の魔法「アスクレピオスの目」は相手の状態を感知するの魔法。
それはつまり苦痛の呪いを受けたものの痛みを共有しかねないということ。
好き好んで人の呪いを共有する人はそういない。
でもだから、だからこそ私の魔法なの。
私は弱い、きっと世界を救う英雄になれない。
そして私を救う勇者を待つお姫様なんてガラじゃない。
私は魔女。
魔を持って光を与える魔女。
私の体は長年のポーションの投与によって常人離れした耐久力と回復力を持っている。
そしてこの部屋は文字通り結界、この娘のように暴れるお客様用に部屋全体に『防壁』の術式が仕込んである。
だから彼女が暴れても壊れるのはインテリアだけ。
因みに私の着ている服にも「防壁」の呪いをかけてるからそう簡単には破れない。
彼女のように安いおはだけはないと知りなさい。
……流石に貸した寝間着にはかけてなかったんだけど。
「あなたみたいなこの相手は慣れてるの」
私は元冒険者として占い師として色々な人をみてきた。
だから少々じゃじゃ馬な少女の相手ぐらい対したことではないのだ。
「……そんなの関係ない! 他のものと一緒にするな!」
彼女は明らかに動揺し錯乱して叫ぶ。
しばらく大人しくすることはないだろう。
……しょうがないこね。
占いの後は商売の時間よ。
「貴方は今病気なのよ、その病名は『狭見病』」
私は彼女に宣告する。
別に私は医者でもなんでもないけど世の中言ったもん勝ちよ。
「……なんだそれは」
そもそもこの病気は私が名付け、広めてもらったものなんだから。
「周りが見えなくなって自分の事が嫌いになる病気」
私が転生したこの世界の生活水準は中世のもの。
みんな日々の生活に一杯一杯で心の病なんて気にする人間はいない。
「うつ病」なんて概念はないのだ。
それでいてこの世界には魔法がある。
心の歪みは闇を生み、そしていづれ呪いを生む。
教会の神父達はそれを見つけては腫れ物のように扱い、悪魔と契約しただとか勝手を抜かして尋問にかける。
所謂魔女狩りだ。
街の人間達は弱きものを晒あげそれを心の拠り所にする。
全員がそうって訳じゃないけど、どこの世界も人間のやることは変わらない。
私はかつて狩られる側のか弱い魔女だった。
母を失い、独りになった私は自分の人生に満足出来ない程にどうしようもなく弱く惨めな魔女だった。
だから私はまた魔女になった。
か弱い魔女を救うために。
心を病んだ魔女達は自らに呪いをかけ衰弱する。
その呪いを私は『狭見病』と名付けた。
街に上手いこと広めてくれたのはスワロさんだけどね。
呪いに名前がついたことで心当たりを持つ小羊達が私の元にやって来る。
私は彼女達を占い、そして自家製のポーションを売っている。
言ってしまえばマッチポンプ、魔女らしいあくどい商売だわ。
「大丈夫、貴方は『いいこ』よスノウルちゃん」
でも私はか弱い魔女達に光を示す。
別に誰も彼も救おうって気はないわ。
奴隷を解放する英雄譚をお望みならそれは私の物語ではない。
私は病という厄災をばらまいた魔女。
でもそれは助けを求めるものを私の元に導く呪い。
私は私を頼りに来てくれた小羊に光を示す。
~ 宙へ渡る鳩よ 掌握せよ 箱舟は遥か遠い ~
呪文を唱え作業部屋から薬液入りのフラスコを右手に引き寄せる。
青く済んだポーションが輝くフラスコはまだ少しだけ暖かい。
「病などどうでもよい! 離れろ占い師! 苦しいのだ! 止められないのだ!!」
再び少女は拳を構え私に唸る。
本当に活きのいい娘ね。
彼女の心は硝子のように透明。
だから一度入ったひびが隠せない。
「今から少しだけ貴方に魔法をかけましょう」
そんな娘のために私は白魔法を学んだ。
「うるさい!! 失せよ!!」
言葉と共に彼女は反射的に私に飛びかかってしゃがみ、右足から回し蹴りを繰り出す。
そのスピードは落雷のようで音が遅れて来るほどだ。
さっきの錯乱時の咄嗟の一撃とは違う、自己防衛のための力ある一撃。
でも確かに彼女の悲鳴が聞こえる。
~ 回せ石の扉 崩せ神の玉座 我が衣不動にて不滅 ~
彼女の蹴りに合わせ『防壁』の呪文を唱え左腕で蹴りをいなす。
『防壁』を持ってしてもその衝撃は腕に響き、衝撃音よりも先に骨が軋む。
「ッ!!」
本当に元気のいいこ、手のかかるこだわ。
私は右手に持ったポーションを口に含む。
それは透き通った水のようでいて命があるかのように私の口内を流動する。
さっきのゼリーと一緒でゼラチン質を持つ特性の薬液。
フラスコを捨てた右手で彼女の頬をつかみ有無をいわさず顔を近付ける。
そして私の唇はそのまま彼女の唇を奪う。
「……んんっ!!」
錯乱していたスノウルちゃんも驚いたようで瞬間動きが鈍る。
その隙をついて私は彼女の唇に舌を入れてこじ開ける。
おいたが過ぎる娘には強行策、「口移し」よ。
そのまま彼女の喉に仄かに暖かい薬液が注ぎ込まれる。
喉まで確かに注ぎ込めるように彼女の小さな唇に舌を入れ、深く深く絡める。
触れあう彼女の舌は可愛らしくひくひくと痙攣し、私の舌はそれを愛撫する。
グラスの端をなでるように、優しく、優しく、……愛おしい熱を感じながら。
こぼれた薬が頬を垂れる。
でもこれ以上抵抗されないためにも私は夢中になって口づけを続けたわ。
その頃にはスノウルちゃんも手をとめて、なされるがまま身を痙攣させていた。
裸の彼女が冷えないようにしっかりと抱きとめ、小さな背中をさすりながら口移しを続けた。
……一応いっておくけど別に趣味でやってる訳じゃないのよ?
イケメンと気に入った娘で、やんごとなき事情があって、本当にやむおえない時だけの特別サービスなんだから。
いい歳した女が少女好きなんて言ったらそれこそ魔女扱いよ。
……魔女なんだけどさ。
とにかくそれからしばらくしてスノウルちゃんへの投薬が完了する。
投薬を終えた彼女は白い肌をだらしなく晒したままどこか虚ろな目をして、そして静かに瞼を閉じる。
彼女に与えた青い薬は「幸福薬」。
いってしまえば即効性のある睡眠薬の一種なんだけど一つだけ確かな効能がある。
それは「飲んだ人の幸福な『思い出』を『夢』に映す」というもの。
自分を呪う人々は悪いことばかり思い返してはそれを反芻する。
そうして視野が狭くなるから『狭見病』、我ながら言い得て妙でしょう?
私の薬はその人にとって大事なものを引き出す薬。
夢の中で楽しかった思い出を引き出す薬。
大事な人と過ごした時間や楽しく遊んだ日々、何かに向かって夢中になった時間を思い出させてくれるもの。
勿論この薬だけで元気になる人は少ないわ。
一夜限りの夢で人生が左右されるなんてそうそうあることじゃない。
下手をすれば目が覚めた時に現実とのギャップを感じて苦しくなる人だっている。
夢にすがり麻薬のようにこの薬を求めるものもいるでしょう。
でも私は信じている。
「夢」はいつか覚めてしまうけど「思い出」はずっと残っている。
すぐに回復なんて出来ないけど「思い出」があれば人は自分の進むべき道に気付けるんんだって。
私の前世の「思い出」が今の私を作っているように。