白魔導師の占い師
食事を済ませた私達は机の上を片付けると占いの準備を始めた。
まぁ普通なら手をとって呪文を唱えて人生相談するだけだからそんなに準備はいらないのだけど。
私が皿を片付け始めるとスノウルちゃんも真似をして皿を片付けようとしてきたわ。
勿論私はその小さなお客様を座らせようとした。
けれどどうにも焦れったい様子だったのでやむなく手伝ってもらった。
そんなこんなで机が片付き占いの準備が出来るとスノウルちゃんは席に座ってこう言った。
「これでお前のだした三つの条件は満たした」
無表情な彼女は満足げに席に構える。
「えぇ、ご協力感謝します」
私は部屋の端にあるジャスミンに似た薬草を撫でる。
それは薬草の香りを強める呪いで小さな小屋の中を優しい香りが埋める。
スワロさん相手には面倒なのでやらないけど占いのための下準備。
私は席につき改めて彼女と向き合う。
先程あったランチは片付けられ私達の間を阻むものはなくなった。
私の魔法、「アスクレピオスの目」は相手の微妙な状態変化を感知する魔法。
だからこそ可能な限り使う相手にはリラックスしてもらわないといけない。
そういう使い勝手の悪さもこの呪文の使い手を減らす原因なんだけど、私はこの不器用な魔法にどうにも愛着を感じている。
「それでは占いを始めましょう」
静かになった部屋に思い出したような雨音が響く。
「うむ」
返事を返す彼女の顔は相変わらず無表情で、それはそもそも表情という機能がないかのようだった。
でも私にはわかる。
彼女にはちゃんと感情がある。
そしてそれは今、とっても疲れきっているのだ。
「ではスノウルちゃん、貴方の手をみせてください」
「ふむ」
私は持てる全ての力を注ぎ、差し出された彼女の手を優しく握る。
彼女の冷たい手に全ての神経を集中させる。
部屋に満ちた香りが私達を包む。
ここは私のお気に入りの場所。
悩める魂が集う白き魔法の結界。
扉を叩く雨音は次第に音楽に変わる。
ドタドタと不器用な演奏に囲まれ彼女の虚ろな眼が揺れる。
その奇怪な音楽の中に彼女の不安の一端がその尻尾をみせるのだ。
それが見えたからと言って魔法でそれを消し去ることは出来ない。
例えば記憶操作の呪文で嫌な思い出を書き換る術者もこの世界にはいる。
でもそれは黒魔法、白魔法の領分ではない。
改めて言うけど私にそれを消すことは出来ない。
でもそれでいいのだろう。
見つけた上で道を選ぶのは誰かじゃない。
~ 祈りの星よ ~
目の前の道は自分で進むしかないのだ。
~ 空を泳ぐ蛇よ ~
私はその案内人。
気取っているようだけどそれが私の選んだ道。
~ 草原の先に道を示せ ~
呪文の詠唱が終わる。
彼女に触れる私の手にこみあがるのは吐き気を催す嫌悪感。
罪悪感、承認欲求、倦怠感 、そして自己嫌悪。
瞬間世界は渦巻く靄に包まれ私を侵食する。
それはまるで舐るように。
油のようで、泥のよう。
刃物のように胸を刺す毒。
涙が溢れ、そしてひく。
海の満ち引きよりも早く、確かめるようにゆっくりと反芻する。
……はは。
……やっぱり、スノウルちゃんは強いこだ。
彼女が感情を表にださないのは出したら壊れてしまうから。
自分に溜め込んだ呪いを吐き出し、崩れてしまうから。
私はそっと机を立ち彼女の元による。
そして目の前の少女を抱きしめる。
「……な、何をする!?」
別に私に抱擁癖があるって訳じゃないわ。
そんな風に軽い女だったならきっと沢山の縁談に恵まれたことでしょう。
だけどお生憎様、私は重たい女。
人の心の底を覗く潔白の白魔導師。
「大丈夫、落ち着いてください」
彼女とは気が合うからそうしただけ。
或いは彼女の場合はこの方法が楽だと思ったから。
「貴方は『いいこ』よ、スノウルちゃん」
そう、私にとってとっても。
「……そうか」
彼女の抱える痛みは強い罪悪感から来る自己嫌悪。
「……そうなのか?」
夢や希望に溢れたひよっこ冒険者達とは違う、命を蝕む呪いを持つこ。
「……ええ、とっても」
「……そんなはずはないのだ!!」
彼女はとても、とても強い力で私を押し飛ばす。
「……ッ!!」
それは少女の持つ力ではない。
例えるならそうね……巨人族のパンチくらい。
高速道路を走る車くらいって言った方がわかりやすいかしら。
並の人間なら骨も内臓もシェイクされて弾けるレベルね。
私はそのまま壁面に叩きつけられる。
普通の人ならこれで死んじゃうんだろうけど今の私は大丈夫。
「……妾は、……妾は主を殺した!!」
その時初めて彼女は怒りの表情をみせた。
私の貸したローブは今の衝撃で張り裂け一糸も纏わぬ姿でだ。
私の小屋の中心に裸の少女が奮い立つ。
か弱くみえていたその姿はコートを纏っていた時よりも悍ましく、そして獰猛だ。
……これが終わったら新しいローブ、用意しなくっちゃね。
「妾は裏切りものなのだ!!」
興奮状態になったスノウルちゃんは地面を叩く。
車に引かれて無事な机がないように当然そこにあった机と椅子ははじけ飛ぶ。
「どうして殺したのかしら?」
彼女の真意を確かめるためにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「妾は、妾は『いいこ』になりたかった。 主を殺せば『いいこ』になれる、そう聞いたのだ!」
彼女は泣き叫び、嗚咽交じりに暴れる。
弾け飛んだ机と椅子は不格好なインテリアとして部屋の隅に追いやられ、育てていた薬草の花瓶もいくつかの砕けた。
彼女の叫びにかき消され嵐の雨音は最早聞こえない。
「奴らは教えてくれた! 主を殺せば『いいこ』になれると!!」
彼女は今までの大人しい素振りが嘘のように強い言葉で咆哮をあげ続ける。
「でも主を殺した後、奴らは妾を殺そうとしてきた!」
怒りに満ちたその視線は次第に行き場を失って俯く。
「妾は『わるい』だった、『わるい』だから主を殺してしまった!!」
なるほどね、話の筋は見えてきたわ。
彼女は幼い、……そしてその幼さに見合わない力を持ってる。
それに目をつけた誰かが彼女を利用して誰だか知らないけど主ってやつを殺させた。
彼女はその怒りを自分に向けているのだ。
小さな体に収まらない呪いを自分にかけているのだ。
「大丈夫よスノウルちゃん」
このまま部屋を壊されてもしかたないし助け船をださないとね。
「もうよい占い師……、私はその気になればそなたも殺してしまう、壊してしまう……」
俯き蹲る彼女はフラスコに詰まったニトログリセリン。
下手な衝撃を与えれば容易に爆発し近づくものを吹き飛ばす。
「大丈夫、貴方は『いいこ』だから」
苦しいのに誰も頼れない可哀想なコ。
だから私の所に来たのね。
彼女のために私は立ちあがる。
「……そなた何故動ける?」
私の足音を聞きスノウルちゃんは驚愕した顔をあげ私を見る。
まぁ無理もないわよね、自動車に引かれてケロっと立ち上がる人なんてみたら私もそんな顔するわよ。
「あなたが『いいこ』だったからよ」
彼女は私を突き飛ばしてきたが恐らく全力ではない。
「アスクレピオスの目」でみた彼女の感覚は誰かに構っている余裕がないほど荒れていた。
でもだからこそ彼女は彼女なりに加減をしていたって私にはわかる。
「あなたは私より『いいこ』よ」