白魔導師とお昼ご飯
スノウルと名乗る少女は身包みを剥がした途端、化け物からか弱い少女に成り下がった。
……勘違いされないために補足するわ。
彼女はほったらかすと動きを止めてしまうのでやむを得ず服を脱がし、お湯をはった浴室に案内したの。
見た目からしてかなり幼いし、仕方のないこと。
……そう、仕方のないことだったのよ!
着ていた服を預かって驚いた事が二つ。
まず彼女が着ていた服は呪いのかかった魔導具のコートとその内側に来ていた服の二着だけだった。
これは詰まるところ普通の人間じゃないってことよ。
正しく言い直すならこの世界での一般的な生活水準で生活をしていないということ。
冒険中で何度か奴隷の子にも会ったからそれが特別異常と言い切れないのは転生前と違うところね。
そしてもう一つ、彼女は文字通り雪のように白い、真っ白な肌をしていた。
これは詰まるところ、生物的な意味で普通の人間じゃないってことよ。
人間に近い姿をした亜人種も冒険の途中で沢山出会った。
ドワーフにエルフ、オーガにハーピィ……人間みたいで人間じゃない人なんて沢山いるし人間の癖に人間離れした英雄、悪人も沢山いた。
話がそれてしまったので彼女について話すけどここまで白い肌の種族に私も出会ったことがなかった。
裸足で歩いてきているのに肌に傷一つないから奴隷でも冒険者でもないんだろう。
彼女の手は雨で濡れてるにしたってとても冷たく、今まで出会った生き物のそれと明らかに違った。
……だからといって思い当たるふしがないって訳じゃない。
私が知りうる限り可能性としてあるのはアンデット。
或いはゴーレムやホムンクルスみたいな魔術で人工的に生み出された魔物。
そのどちらにしたって彼等を操る魔法使いがいるのだからその辺は確認しておきたいところね。
こんな小さな女の子を嵐の中ほったらかすなんてどうせろくな奴じゃないんだから。
色々と考えごとをしながら彼女から預かったびしょ濡れのコートを洗濯桶に移す。
もう一つの毛むくじゃらコートを改めて手に取るとかなり強力な魔法が込められたものであることがわかった。
私がわかる範囲で撥水の呪いだけではなく耐熱耐氷等の魔法耐性、物理攻撃を緩和する「防壁」の術式等々……、魔王を倒す前の勇者がきるような装備だ。
明らかに市場に出回るようなものではない。
……一体この子は何者なんだろう?
とにかく占いのためにも彼女の状態を整えてあげないとね!
毛むくじゃらコートは一旦置いといて私は洗濯桶にまじないをかける。
何を隠そうこの洗濯桶は一年掛けて作り出した私お手製の魔導洗濯機だ。
私が転生してきたこの世界の文化水準は歴史の授業で学んだ中世ヨーロッパに近しいもので当然電気もなければ蒸気機関車もない。
かわりに存在する魔法も世界を支配しようとする魔王軍との戦闘により攻撃用の黒魔法の開発が進み生活に応用されることは少ない。
だから私の魔法は可能な限り前世の生活を再現するために習得されている。
この洗浄桶は水と洗剤を入れて蓋をすることで水の流れを生み出す呪いで洗浄を行い、風をおこす呪いと発熱の呪いで乾燥を同時に行える品物だ。
私はこれのお陰で他の人よりも少しだけ楽に生活が出来ている。
ただ物に呪いをかけるのは時間がかかり、色々な呪いを複合的にかけたこの桶を量産することは難しい。
だから羨まれるのも嫌なのでみんなには内緒にしている。
私にこの世界を変えるとか、平和のために戦うとか、ご立派で大層な信念はない。
ただ私は穏やかな生活を送って、……静かに眠りたいのだ。
そんなこんなで自慢げに話したお手製魔導洗濯桶なんだけど、量産出来ない以外の欠点がもう一つある。
それはすべての行程を終えるのに二時間近い時間を必要とすることだ。
あくまで私の専門は治癒魔法や薬草、家電技師ではないのだ。
その分丁寧に洗ってるんだから仕方ないのよ、……女物だし。
とにかく二時間もかかる洗濯機よりもスノウルちゃんが湯から上がる方が早いことは明白だった。
やむを得ず寝間着に使っている私の白い絹のローブを渡した。
彼女は私よりも小柄で少しぶかぶかするようだがさっきのコートよりいくぶんかましだろう。
ローブを着たスノウルちゃんが居間に来る前に用意していた昼ご飯を配膳する。
今日のメニューは近くの川で釣った川魚のソテーと毎日飲み続けている薬膳スープ、村のパン屋さんで買った香ばしい香りのバケット、それと魔法で作った特製の果実ゼリー。
ゼラチン質を再現するのは少し難しかったけどこれも私が生み出した門外不出のメニューよ。
転生前の感覚で言えば質素な食事なんだろう。
けどこの世界、少なくともこの村ではかなりいい食卓なのだ。
「……なんだこれは、スライムか?」
スノウルちゃんも初めてみるようで少しだけ興味を示してくれた。
さっきまでなされるがままって感じだったのでようやく可愛げがでてきたって気がするわ。
「いえいえ、美味しい甘味ですよ」
少しだけ自慢を交えながら私は笑顔を彼女に向ける。
「……ふむ」
頷きはするものの表情の変化はない。
でも用意した食器に手をつけたことからかなり興味津々であることがみてとれる。
だけどここで私は彼女に待ったをかける。
「スノウルちゃん、お待ちください」
「……む」
無表情を貫いていた彼女は驚いたのか目を見開き私をみる。
ポーカーフェイスではあるけど感情がないって訳じゃなさそうね。
「食べる前に手を合わしてください」
私が合掌をするのは転生前の日本の文化を引き継いでいるというわけではない。
むしろ転生前は食事の前後の合掌なんてすっかり忘れていた。
……それを咎めてくれる人もいなかったし。
そんな私は協会の孤児として転生した訳で、そこでお世話をしてくれたシスターから再び食前の感謝の祈祷を教わった。
ご馳走様を言う習慣はなかったけどどこの世界でも人間の考えることは一緒なんだろう。
「……何故そんなことをする」
いけない、年をとるとつい昔話に花がさいてしまうわ。
スノウルちゃんはじっと私を見つめ私の回答を待ちかねているのだった。
猫や犬なら尻尾でも振ってそうね。
「食事が出来ることに感謝するためですよ」
私は昔シスターに言われたことを彼女に告げる。
なんてことのない一言だったが少しだけ嬉しい気持ちになった。
子供の相手をすることなんてこれまでなかったし、無機質な彼女の様子を見ていると昔の私を見てるような気がしたのだ。
そう、なんというか、……今日はノスタルジーな気分なのだ。
「……わかった」
スノウルちゃんは無愛想ではあるもののものわかりがよく少しずつ愛着を感じてきた。
とりあえず悪いこじゃなさそうね。
それから私達は揃ってゆっくりと合唱をした。
彼女と私は不思議と姉妹のように呼吸のリズムが合っていた。
「じゃあいただきましょうか?」
「うむ」
合唱が終わるとすぐに彼女は食事へと手を伸ばす。
用意していた木製のスプーンとフォークには手をつけず手掴みで、だ。
私の読み通り彼女は普通の生活をしていないのだろう。
……でもそれが、私にはどうにも好ましく思えた。
二度の人生を生きてる私も普通ではないのだから。
何はともあれ彼女に対する好感度が高まっていたおかげか彼女の食事のマナーについては大いに寛容になれた。
そもそも教会にいたとはいえ私も元孤児みたいなものだ、気品がどうのこうのいうつもりはない。
「……?」
そんな風に色々考えながら私も食事を始めると彼女は再び驚いたように私を見つめた。
「……どうかしましたか?」
私が質問すると彼女はこう答える。
「……この道具はそうやって使うのか?」
スノウルちゃんはスプーンやフォークの使い方を今私を見て学んだのだ。
嵐の中に現れた毛むくじゃらの化け物はやはり幼い少女だった。
「……ふふっ」
私は少しだけクスっとした。
血のついたコートを着て私の元に訪れた正体不明の少女、スノウル。
冷静な感覚でいえば不気味な彼女だけど私はどうにもシンパシーを感じてしまう。
私が彼女を恐れないのはきっと三つの要因がある。
「……なにがおかしい?」
一つ目は彼女は私と同じで「普通」ではないから。
「……いえいえ、可愛いらしいお客様だと思いまして」
二つ目は私は一回死んでるけど、ここにいるみんなより長生きしているから。
……ううん、長く生きてきて色々と諦めてきたから。
だから感情を顔にださない彼女に共感してしまうのだろう。
「……それは『いいこと』なのか、……『わるいこと』なのか?」
三つ目はその長い人生の経験則が彼女は「いいこ」だといっているからだ。
女のカンってやつ?
「間違いなく『いいこと』ですよ」
とにかくはっきりしているの。
私の占いを求めている人に悪い人はいない。
だってそれは、……つまり、人に言えない悩みを抱えているということなのだから。
「……ならばよい」
スノウルちゃんは満足げにスプーンとフォークを手にとり私の見よう見まねで食事を始める。
「……ふふっ」
悩みを誰かにぶつけられない人は、自分の利益のためでなく誰かの利益のために動く人。
きっとその人は白い魔法が使える人。
「……うむ! この甘味美味であるぞ!」
だからきっと私の魔法が必要な人。
「お口にあってなによりです」
だって私が……、そうなのだから。