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白魔導師とお客様


 オリンポスの神々の一人である太陽神アポロンは、音楽や芸術の神でした。

 その彼の使い役をしていたのが人間の言葉を話す綺麗な銀毛のカラスです。

 しかしこのカラスは話を大袈裟に語ったってしまう困ったカラスでした。


 ある時アポロンの妻が他の男と親しげに話しているのを目にしたカラスは浮気を目撃したとアポロンに告げ口しました。

 もちろんこれを聞いてアポロンは非常に怒り、弓で妻を射殺してしまいました。

 しかしそれがカラスの嘘であると知るとカラスから言葉を奪い、銀から黒の姿に変えてしましました。


 これがからす座の起源とされています。

 今回のお話はそんな罪深いカラスの名を持つ一人の白魔導師の物語……。


挿絵(By みてみん)




 魔法には二つの種類がある。

 ()()()()()()だ。




 黒魔法は自身のために行われる魔法、例えば攻撃のための魔法。

 火の玉を放ったり、電撃を飛ばしたり……、ゲームでよく目にする花形の魔法。


 白魔法は自分ではなく誰かのために行う魔法、例えば癒しを与える魔法。

 それこそどこぞのRPGで僧侶がつかうような回復のための魔法。


 私が今いる世界にはその二つの魔法が二つともあって、勉強すれば誰だってつかえるようになれる。

 ……まぁ使えるからといって誰でもドラゴンが倒せる訳じゃないんだけどね。




 自然豊かな村の端、清らかな小川の潺が聞こえる森の傍に小さな小屋があった。

 その小屋の薄暗い作業場の中には一人の女がいる。


 (あで)やかな白髪、若々しい肌で細目に隠れた澄んだ青い瞳。

 その瞳を映すかのように青を基調とした魔導師らしくも凛々しい衣装。

 身長155cmと小柄ながらもボディーラインの整った魅力的な女性がそこにいるの。


 ……まぁようするに私のことなんだけど。




 私はここで黙々と仕事をしている。


 机に並べ火にくべた醸造台から一本のフラスコを手に取る。

 中には紫色に鈍く発光した液体が入っていて、手に取った今でもコポコポと小気味よい音を立てるのだ。


 この仕事はここからが本番。




~ 眠れる天の使徒よ わが前に群れを為せ 害なす(むしろ)に 羽ばたく(しずく)を ~




 私が手をかざし呪文を詠唱すると紫色の液体は澄んだ青色へと姿を変え白い蒸気をあげる。

 粘性を持ったこの薬はコポリコポリと産声をあげる。

 これで流行り病、「狭見病(きょうけんびょう)」に効くポーションは完成だ。

 他にも作っていたポーションも仕上げて蓋をして、私はそれを熱が冷めない内に保温用の箱に移す。




 私のことを話すためにまず少し、昔話から始めようかしら。


 随分と昔の話、私、烏間マシロは極々一般的な街の病院の医療事務員として働いていた。

 真面目で大人しい性格だった私は良くも悪くも職場で特別目立つこともなくただ黙々と院内の会計処理に明け暮れていた。


 しかしある日突然白血病が発症、三十二歳という比較的に若年で生涯を終えた。


 勿論先生にはちゃんとした治療を進められた。

 けど唯一の家族である母に先立たれ独り身だった私は無理に生きる必要がなかった。

 事務職とはいえ病院で働いていた私は長生きをするためにどれだけの労力とお金が必要かも知っていたからだ。

 知らない誰かにおしめを代えられてまで長く生きたいとは思わなかった。


 だから私は頑張って長生きすることよりも楽しく短い人生を過ごすことを選んだの。


 それまでにためた貯金を使って精一杯お洒落して、沢山遊んで、目一杯美味しいものを食べた。



 残念ながら死ぬまで彼氏は出来なかったけど、満足いく一生を終えた。




 ……はずだった。




 病院の毛布とベットの間で静かに眠ったはずの私の意識は別の世界で目覚めてしまったのだ。

 属にいうところの異世界転生ってやつ、……なのかしら?




 私が気がついた時は物心がついた五歳児くらいだったっけ……。

 よく覚えていないけど教会の孤児院で育てられていた白髪の女の子に生まれ変わっていた。


 そこからは長くなるから省略するけど色んな人に出会って、色んなところで過ごして……。

 私はまた大人になって白魔法を得意とする白魔導師になった。


 どうして白魔導師になったかは……、うん……、また……機会があったら話すね。


 とにかく私は白魔導師として治癒の魔法、薬草の扱い方、魔除けの呪いを学んだ。

 前世の記憶があったお陰で魔法と医療に興味があった私は快くそれらを学び、習得出来た。


 そして白魔導師となりこの世界で二十七歳を迎えた今、小さな田舎の村の隅で静かに暮らしているのだ。




 ……べ、別に村八分にされてる訳じゃないのよ。

 小さな村の隅にいる小さな魔法使い……、そういう肩書きに憧れてそうしてるんだから。


 その前は少しだけ冒険にでたこともあったけど歩き回って疲れるのはどうにも私の性には合わなかった。




「やぁやぁマシロさん! 今日もポーション作りに精がでますね!」




 作業場をでてすぐ、中央に机が一つと椅子が二つ並ぶ。

 その周りを縦長の小さな本棚、観賞用の花と薬草達が埋めるお洒落な居間に足を運ぶ。

 村を眺められる小さな窓から心地よい日差しが差し込む私のお気に入りの場所だ。


 その中心の席に腕を組んで座る筋肉質な男性が元気に声を掛けてくる。

 ……顔立ちは中の下くらいかしらね。


「お待たせしましたスワロさん、今日の出荷分準備出来ましたよ」


 私はここで毎日薬草を育てながら、ポーションをつくり生計をたてている。

 我ながら地味な仕事だけど私にはこれで丁度いい。


「ありがとう、マシロさん! きっと組合の連中も喜ぶよ! 最近は魔王軍との戦で色んなポーションが品薄だからね」


 席に座る男性の名はスワロさん。

 昔パーティーを組んで冒険にでた方の一人で今は冒険者組合で運送業を生業にされている。

 私が名付けてあげた愛馬の「イカロス」に乗って色んな街を掛けまわる、転生前の感覚でいうなら速達便みたいなものかしら。

 需要の高いポーションは出来るだけ早く届いた方がいいので彼が来てくれることはとっても都合がよかった。


「さてそうと決まれば、マシロちゃん! ()()()()()()お願いしますよ!」


 仕事が片付くとみるとスワロさんは腕を開き大げさなジェスチャーで私を誘う。


「……仕方ないですね、いいですよ」


 ため息交じりの笑顔で私もそれに応えるために手早く荷物をまとめる。




 彼のいう「いつものやつ」とは私が行う占いだ。


 ポーションをつくる仕事とは別に私はここで占い師をやっている。


 先に断っておくけれど私にちゃんとした占いの経験はない。

 それらしい経験と言えば転生する前、小学生の頃に学校の図書館で読んだ子供騙しの心理テストぐらいだ。

 私の占いは元々スワロさんとの日常会話の延長、……遊びで始めたものだった。


 それでも私の占いにスワロさんは喜んでくれた。

 きっとそれは私の魔法のお陰なのだろう。


「では手相をみますね」


 私は差し出されたスワロさんの手をとる。

 そうして触れた手の温もりを感じながら静かに呪文を唱える。




~ 祈りの星よ 空を泳ぐ蛇よ 草原の先に道を示せ ~




 この魔法は『対象にかかった状態異常』を『確認』する魔法。

 名前はないのだけど名付けるとすればギリシャ神話の神様から「アスクレピオスの目」。


 ……って格好つけすぎかしら。


 その人物の平均的な体力と比較して毒だったり疲労だったり異常をきたしているものを直感的に感知する魔法。

 この感知は明確な病名が頭に浮かぶとかじゃなくて、怪我をしたあとの傷の痛みとか、毒による全身の苦痛、呪いによる行動制限などを体感し、共感する魔法。


 ……そう、ただ『確認』するだけの魔法。


 戦闘で使える訳でもないし、毒や怪我で弱ったら自分で気付けるし、心が読みたければ自白の魔法薬をつかったりで滅多に使う人がいないマイナーな呪文だ。


 白魔法自体この世界に流通してはいるものの、冒険者が旅の教養として覚える回復魔法や強化魔法ばかりで私の覚えた魔法のように即効性のない術の使い手は少なくある意味で重宝される。


 それとこの魔法には面白い特性がある。

 食べ過ぎた後のお腹の痛みとか、憂鬱になって頭に靄がかかるみたいな言葉にし辛い感覚も共有出来るの。

 この呪文の特性を応用して私は触れた人物の悩みを感知することが出来る。


 老後の不安とか、恋の悩みとかね。




「スワロさんは相変わらず健康そのものですね」


 私は魔法で彼の感覚を読み取り、健全極まりない彼から一つの悩みを感じとる。


「でもそうですね……、確か今週末奥さんの誕生日でしたっけ?」


「おぉ、さすがマシロちゃん! よく覚えてくれてたね!」


「お二人は冒険者時代からの付き合いですから」


 スワロさんの奥さんもまた私の冒険者時代の知り合いだ。

 冒険者時代に剣士だったスワロさんと武闘家だった奥さんは出会った時から仲がよくわかりやすい脳筋コンビだった。

 二人は八年前に結婚し今では三人の子供がいる。

 転生前の感覚なら相当婚期が早いのだがこの世界ではそうでもない。

 なんにせよ昔から嫌というほどいちゃいちゃしてたのを見せつけられた結果、私は彼等の個人情報に関して彼等より詳しい自信があるのだ。


「それで今年は何をあげようかなって……」


 私の読みは的中したようで彼の抱える悩みとは奥さんのことだった。


「そうね、それじゃあ……」


 私は彼の話を聞いて席をたち観葉樹として育てている白いアカンサスのような花を摘み取る。


「この花には日持ちする呪いといい香りがする呪いをかけて育てたので花束でも作って食卓に飾ってください。 そうすればきっと穏やかな一日になると思います」


「ありがとう、マシロちゃん! 確かにとても心が落ち着く! きっと彼女も喜ぶよ!」


「いえいえ」


 貴方達二人は単純だからこれぐらいですんでこっちも気が楽よ。

 二人はとてもいい人だから僻む気持ちはないけれど、あえて心の内でこう言うわ。


 末長く爆発してろ、リア充共め。




 各地の冒険者組合に顔をだすスワロさんがポーションを引き取りにくるついでにやっていた占いだけど、彼がその事を話してまわった結果、街中で私の占いは噂になった。

 時々この村を訪れた冒険者さんが、そのついでに私の元にやってくるのだ。


 ……そうはいってもこの村は魔王軍が支配する北の大地から遠く、やってくるのは殆どひよっこ冒険者達。

 一度冒険者をやっていたお陰で丁度いいアドバイザーにされてるのかもしれない。

 初期防具は皮か銅かなんて自分で考えなさいよね。


 私は転生して二度も人生を歩んでるお陰か他の人と比べて色んな経験を積んでいる。

 前世はインドア派だったせいでその記憶の殆どがゲームや漫画、アニメで得た知識だけど、それでもこの世界で暮らす人と比べればかなり博識な方なのだ。


 この世界は異世界転生でよくある中世ヨーロッパ風の、いかにもファンタジーって感じの世界なんだけど魔物や病気のせいで平均寿命が短い。

 それこそ昔の私みたいに32歳で病死するのは割とよくあることだ。

 だからこそ私程度の占い、もとい人生相談でも来てくれる人は大体喜んで帰ってくれる。


 この経験が一つのきっかけになって私は「白魔導占師」となったのだ。


 それに噂では「白髪の美魔女」ってもてはやされるらしいから少しだけ気分はいい。

 スワロさんみたいに心の通ったパートナーは未だにいないんだけどね。




「相変わらずマシロちゃんは素敵な魔法使いだ! こんな村で引きこもってないで街に来たらどうだい?」


 占いを終えて家族へのお土産も手にしたスワロさんはご機嫌で話をふってくる。


「いいんですよ、スワロさん。 私にはこれで丁度いいんです」


 私はいつものようにその誘いを断り、静かに窓の外を眺める。

 窓から少し遠くにみえる村では子供達が駆け回り鬼ごっこでもしているのだろう。


「マシロちゃんの薬は例の狭見病(きょうけんびょう)ってやつによく効くって評判だし生活に不自由はしないだろうに」


 少し不満そうなスワロさんの表情に軽く笑いながら私は答える。


「それはこの穏やかな自然のおかげですよ」

「……全く、昔からマシロちゃんは変わった人だ。 お伽話(とぎばなし)の森の魔女にでもなるつもりなのかい?」


「……ふふ、それもいいかもしれませんね」


「協会の連中に目をつけられても困るだろうに……」


「大丈夫ですよ、私はここを気にいっているので」


 私は色々なところを歩いてきて今の暮らしに落ち着いていた。

 色々挑戦して、色々諦めて、その上でここでの生活が何より心地よいものだった。


 こんな日々を続けて、またいつか静かに眠ることが私の第二の人生の小さな目標だったのだ。




~~~※※※~~~




 スワロさんが私の元を訪ねてきた4日後。

 その日は一段と酷い嵐だった。

 この辺りの気候は基本的に落ち着いているので珍しいことだ。

 風が窓を叩き続け、私の住む小屋を吹き飛ばそうと必死になっている。

 ささやかな雨よけの呪いも意味をなさない程荒れた天候に私は少し心が躍った。

 ……思えば幼い頃、台風が来た時は少しだけウキウキしていたっけ。

 いつもと違う日常に私はほんの少しだけ童心に帰っていた。


 嵐の中で誰かが扉を叩く音を聞けたのはきっとそのせいなのだろう。


 お日様もみえない昼下がり、私の小屋に一人の来客が訪れた。




 ドアを叩く音に気付き私が扉を開けるとそこにはずぶ濡れになった毛むくじゃらの化け物がいた。




 最初はそのシルエットに少しぎょっとしてしまった。

 でも落ち着いてみるとその正体は随分と可愛らしいものだった。




 それは私より目線の二つ低い裸足の少女だった。




 彼女は二枚の分厚いコートを(まと)っていた。

 獣と見間違えるほどに毛深いコートと町の役人がきてるような中流階級のきるコート。

 それでいてそのどちらもが彼女に不釣り合いな大きさだった。

 ぶかぶかのコートの上に更に大きなコートを羽織っているせいでとても大きくみえてしまったのだ。

 正に服を着こなしているのではなく服に着られているのだ。


 服の上に(まと)うコートはこんな嵐でも羽毛のようにふかふかで、ささぎこむ雨粒をはじいている。

 どうにも撥水(はっすい)の呪いがかけられた代物、魔導具の類のようだ。

 物に魔法をかけて魔導具を作る際、相応の時間が必要なためその服を(まと)う彼女が一般人でないことは容易に理解出来た。

 ただふかふかのコートは雨をはじいているもののその下のコートの少女は全身びしょびしょだったのだ。


 雨に濡れてたコートははだけ少しだけ膨らみのある胸が見える。

 辺鄙な村だから人目を気にすることはないにしてもちぐはぐな格好だ。


 更に物騒なことに少女の頭を覆うもふもふコートの襟元には酷い血痕がのこされていた。

 撥水の呪いがかかっているのに残っているということはついさっき浴びたものではなく時間がたって固まったものだろうか。

 ただ者ではない上にただ事ではないのだろう。


「あら、こんな嵐の中どうしたのですか? 何もないところですがどうぞあがってください」


「……」


 少女は無言だった。


 無言から三拍くらいの時間をあけて彼女は口を開けた。


「お前が()()()()()か?」


「……えぇ、まぁ。 ささやかなものですが」


 私の回答を聞くとすぐに少女は答える。


「……(わらわ)を占って欲しい」


 ……(わらわ)ってどこの貴族の育ちなのかしら。

 嵐の中便りもなく来ることといい、ぶっきらぼうな喋り方といい随分とお上品で無愛想なお客様だこと。


「……三つ程条件があります」


 私は得体の知れないお客様にたじろぐことのないように強気な姿勢をみせつける。

 これでも元冒険者、その辺の盗賊に負けない自信はある。


「……なんだ?」


「まず今のまま占っても雨に濡れて凍えているとしかでないので身なりを整えて私の部屋で暖をとっていただきます」


 部屋をずぶ濡れにされるのもいやだしね。


「……承諾した」


「次に旅路でお疲れのご様子なので占いの前にお食事をとっていただきます」


 丁度お昼にしようと思っていたからね、お客さんがいた方が料理のかいもあるし。


「……それも承諾した」


「最後に私が貴方を出迎えるために貴方のお名前を教えてください」


 なんて呼ぶのかわからないと色々困るからね。

 こうやって話すためにも。


 私が名前を聞いた時、彼女は先程と異なり押し黙った。


「……?」


 私が首を傾げて初めて彼女はかすれた声を上げる。


「……ぉう」


「……聞こえませんでしたのでもう一度いいですか?」


「……(わらわ)の名は……ス、スノウル! スノウルだ! 覚えておけ」




「わかりましたスノウルちゃん、では早速あがってくださいな!」


 私は彼女の手を引いて浴室へと誘いいれた。

 その時初めて日々の掃除を怠らなくてよかったと心底昨日の私に感謝した。


 でもそれ以上に、私が握った彼女の手は冬の冷えた毛布のように冷たかった。

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