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6/11

一回出た

<1>



 何だかあまり眠れなかった。店長から聞いた話がずっと気になっていたからだろう。


「旦那さま、隈ができてるよ。何かあったの?」


 金鞠は心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。まだ、確証がない。彼女に話すべきタイミングではないのかもしれない。

 しかし、そんな逡巡を見抜いたのか、金鞠はまっすぐに俺を目を見据えた。


「言って。知らない仲じゃないんだし、あたしたちは一蓮托生みたいなもんでしょ」

「……実は」


 俺は、店長から聞いた話を金鞠にも喋った。話を聞き終えた彼女は、あることを口にした。


「それって、魔導書を売ったやつは魔導書を触ったってことになる」

「つまり」

「そいつにもあたしの姿が見えてるかもしれないってこと」


 そういやそんなデスノ○トみたいな設定あったっけ。


「でも、お前のことが見えてるーみたいな人はいないと思うけどな」

「はっきり、くっきり、旦那さまみたいに私のことが見えてるかは分からないからね。こういうのは個人差があるんだ。でも、全く見えてないってことはないと思う」

「嘘をついてたり、誤魔化してるのか……ああ、そうだ。俺からも一つ。そいつは俺に魔導書を売ったんだ。俺はそいつのことが分からないけど、向こうは俺のことを覚えてて、知ってるかもしれない」


 金鞠は小さく頷く。


「その人にとって、旦那さまは邪魔な存在だろうね。もしも旦那さまがそいつが本を売りに来たってことを喋ったら、自分が本を盗んだってことがバレるかもしれない」

「しかも、盗んだのはこのマンションで一番やばそうな犬飼さんの本だ。ただじゃすまないだろうな」

「ってことは……そいつは、旦那さまを追い出そうとするだろうね」


 俺はハッとした。


「『里見八総を追い出す会』……!」

「可能性はあるね。このマンションには一〇〇人近い入居者がいるんだ。一人一人調べるより、旦那さまを積極的に追い出そうとしている人を調べる方がずっと早い」

「容疑者の数はずいぶんと絞られるかもな」


 ただ、俺は犯人を捕まえたいわけじゃない。魔導書のことが知りたいだけだ。そうすることで金鞠の記憶が戻るんなら万々歳である。


「よし、今日から色々と調べてみるか」

「あたしもできる限りやってみるよ。コナ○くん読んだし」


 すっかり影響を受けている金鞠だった。



<2>



 朝。リビングに降りると管理人さんが料理を作っているのが見えた。あの感じだと、今日はスクランブルエッグかな。


「お待たせしましたー。今日は親子丼ですよー」

「えー、思ってたのと違う―」

「鶏肉が危ない感じだったので急いで使いたかったんです。お嫌いですか?」

「まさか」


 俺は何でもぺろり、しちゃう男です。


「おお、男らしいですね」


 管理人さんはニコニコとしていた。昨日の雰囲気が嘘のようだった。

 俺は食事を終えた後、管理人さんに本がなくなったという騒動のことを訊いてみた。


「んー、あのことですかー。実は、私はあまり詳しくないんですよねー。あの二人にもお話を聞いてみてはどうでしょう」

「あの二人ですか」


 俺は後ろを見た。雑誌で顔を隠す孝塚さんと、ソファの後ろに隠れている忠山さんが見えた。


「あのー、里見さん。どうして一人増えているんでしょうか……」

「まあ、色々ありまして」


 というわけで二人を呼んでみることにした。


「何? 私は里見くんと話すことなんてないんだけど」

「私も。悪党と話すつもりはないぞ」

「前にここで本がなくなったってことがあっただろ。そのことが知りたいんだ」


 孝塚さんは嫌そうな顔で俺を見た。


「なんでそんなことが知りたいわけ?」

「別に何でもないよ。聞きたいだけ」

「何でもないんなら知らなくてもいいじゃん。実際、何でもない話なんだし」

「何でもないなら教えてくれてもいいじゃん。それとも、話せない理由でもあんの?」


 少し攻め過ぎたか? 俺は孝塚さんの様子を観察するが、口を開いたのは忠山さんだった。


「八階の本が盗まれたんだよ。犯人は見つからなかったし、本もどこ行ったのか分かんなかった」

「そうなの? でもさ、どうして盗まれたって分かったんだ? だってあんだけ本がずらーっと並んでてさ」

「犬飼さんが、本がなくなってるって言ってたから。本人が言うんなら間違いないだろー」


 雑多に置かれてると思ったが、犬飼さんは何の本がどこにあるか把握してたんだな。

 ま、怪しまれてるし今はこんくらいにしとくか。


「人の物を盗むなんて許せないよなー」


 今朝の忠山さんは制服姿だった。おや、どこかで見たことがある制服。


「忠山さんって、もしかして近くの女子高に通ってる?」

「うん、そうだよ。……なんで知ってるの?」


 忠山さんは椅子から立ち上がり、ファイティングポーズをとった。めっちゃふざけたかったが、ここで余計なこと言うと追い出されかねないからな。


「バイト先に忠山さんと同じ学校の子がいるんだよ。孝塚さんなら知ってるだろ」

「どうして私が」

「だって俺をつけてんだし」

「まあ、いたけど。確かアレよね。髪の毛が天パの子」


 天パー? 忠山さんは首をひねっていた。


「もしかしてあいつかな。同じ学年にクソオタとか呼ばれてる子がいるんだけど」


 あ、絶対そいつだわ。


「クソオタて……それって悪口じゃないの?」


 孝塚さんは俺と同じリアクションだった。そりゃそう思うよな。


「いじめられてるの?」

「そんなことはないと思うけど。でも、クラス違うし、よく分かんない」

「いじめられてる子がいたら忠山さんは助けるんだよな?」

「や、学校でそういうことはちょっと」


 おい!

 忠山さんは照れ臭そうに頬を指でかいた。


「ヒーローは正体がバレたら犬になるし」

「それ忍者じゃね?」

「とにかくだめなの! 里見はうるさい!」


 忠山さんは立ち上がり、俺をビシィと指差した。


「バイトの子に私のこと喋ったらだめだからね!」

「俺もせつかちゃんって呼んでいい?」

「べー」と忠山さんは舌を出してラウンジから去っていった。


 さて、俺も学校に行こうかな。

 俺が立ち上がると孝塚さんも同じようにし、俺が外に出ると彼女もまたついてくる形となった。


「……いつまで続ける気なんだよ」

「昨日、私を撒いたでしょ。食堂で見失ったと思ったらいなくなってたじゃん」

「まあ、四六時中見張られるの疲れるし」

「その間、変なことしてなかった?」


 何もしてねえし。


「メシ食ってただけだよ。その後すぐ学校に戻ったじゃん」

「そこは確認した」

「してたのかよ」


 孝塚さんは腕を組み、挑むような目つきで俺を見る。


「で、何してたの?」

「何もしてないって。……ああ、そうだ。梯さんと会ってた」

「梯さんと? どうして?」

「どうしてって、たまたま会って話しただけだよ」


 なんでそんなことまで孝塚さんに言われなきゃいけないんだ。俺を縛るつもりか。


「…………ふーん。梯さんと。あっそう」


 じっとりとした目つきの孝塚さん。


「何でもいいけど、大学というか、外で私に話しかけないでよね」


 何だそのいい女風の台詞は。



<3>



 大学に行き、講義を受ける。

 昼休みになり、飯を食べる。

 また大学で講義を受ける。

 俺の一日のサイクル。あとはもうバイトするか、家に帰ってYouTu○eでも見るくらいだ。


「虚しい」


 しかし大抵の大学生はこんなもんだろう。こんなもんのはずだ。こんなもんだと言ってくれ。

 学校と家が近い分、特に何も起こらないのがまた寂しかったりする。もっとこう、電車で音楽聞いて思いを馳せながら夜道を歩きたい。

 駅前を歩いていると人混みの中、頭一つ抜けたやつの後ろ姿が見えた。俺はもしやと思ってそいつを追い抜き、ちらりと振り向いてみた。


「あ」と互いの目が合う。梯さんだった。

「今帰り?」

「うん。里見くんも?」


 頷き、梯さんと並んで歩く。


「マンションまで直帰すんの?」

「ううん。ぼくは、駅前の本屋に寄ろうかなって」

「お。いいね、俺も一緒に行っていい?」

「いいけど……ぼくなんかより、孝塚さんといた方が楽しいと思うよ」


 ええー? 孝塚さんとー?


「今朝ラウンジで見かけたけど、仲がよさそうだったから」

「? 梯さんラウンジにいたっけ?」

「ううん、見ただけ」

「なんだ、話しかけてくれればよかったのに」

「あはは、ぼく、そういうのあんまり得意じゃなくって」


 なんだそりゃ。


「得意じゃないのに、ソーシャルアパートメントに住もうと思ったん?」


 だってあそこって、そういう交流を求める人が住むところだろ。俺がそう思っていると梯さんの顔が曇った。


「それが、色々と探してたんだけど、芳流閣しかいいのが見つからなくって」

「あー。時期的なもんもあるしなあ」


 俺も島を出て大学の近くのアパートを探したが、同じように考える学生は多く、大抵の部屋が埋まっていたのを思い出した。おかげであんなボロアパートに。いや、今となってはいい思い出だ。


「でも、あのマンションは無理に人と話さなくても大丈夫そうだから。ちょっと気に入ってるんだ」

「ふーん? まあなんにせよ孝塚さんとは外じゃ話さないよ」

「……そ、そうなの?」

「だって向こうから話しかけるなって言ってくるんだからな」

「ラウンジでは話してたよね?」


 よう分からんわ。


「でも……」


 梯さんは後ろを一瞥する。たぶん孝塚さんがつけてきてるんだろうな。


「い、いいの?」

「全然いいって。それより本屋で何買うの?」

「あ、うん。新刊が今日発売で……ハードカバーでは出てたんだけど、文庫の方がぼく、好きなんだ」


 ちょっと分かる。安いしな。


「ハードカバーって重たいから、読んでると疲れちゃって」

「あー、そういうことね。完全に理解した」

「里見くんはどうするの? 何か欲しいの、ある?」

「うーん、なんか新刊あるか見てみる。でもずっと本屋にいると何故だかトイレに行きたくなるんだよな。何だっけアレ。青木瑠璃子現象だっけ?」

「青木まり子じゃなかったっけ?」


 ああ、そんな名前だったか。


「そっかそっか。梯さんもトイレとか行きたくなるん?」

「え? あ、あの……ぼくは、あんまり。それどころかお腹も空かないし、ずっと立ってても平気、かな。いつもなら立ちくらみが起こるんだけど。本屋にいるときは平気」

「立ちくらみってそんな簡単に起こるの?」

「ぼくはほら、無駄に大きいから」

「関係あるの……? でもスタイルいいじゃん。モデルみたいで」

「そんなことないよ。ぼくなんかより、大学で明るくしてる女の子の方がずっとモデルみたいだよ」

「そうかなあ?」


 本屋に入ると梯さんの目の色が少し変わった。話しかけるなオーラが全身から噴出されている。本当に本が好きなんだな。俺は俺で適当に見て回るか。

 新刊の漫画を物色していると肩を突かれた。振り返ると孝塚さんがいたので、俺はまた漫画の物色に戻った。


「どうして無視するのっ」

「話しかけるなって言ったくせに……」

「私が話しかけるのはいいの」


 俺はため息をついた。


「で。何? 一人で寂しくなったの?」

「別に? ただ、梯さんと仲良さげにしてるみたいだから」

「……だから?」

「何か変なことしないかって釘を刺しに来たの」


 何もしねえよ。普通に話して寄り道してるだけじゃん。


「じゃあ用事は終わったな。それじゃあまた来月にでも」

「そんな邪険にすることないじゃん」


 えー。お前がそれを言うか。

 今なら分かる。お手伝いの梓さんが言っていたことが。


『宿題めんどくさいよー。やりたくないよー』

『いけませんよ坊ちゃま。世の中にはもっと面倒くさいことがあるのです。宿題くらいで音を上げていてはこの先の人生で大いに苦しむことになるでしょう』

『何その嫌な予言』


「もう言ってくれよ。孝塚さんは俺にどうして欲しいんだよ」

「それは」


 孝塚さんは口元に手を当てて何か考え込み始めた。


「私の都合のいい時に話し相手になって欲しい、かな?」

「最高に都合のいい発言だな。つーか、話し相手なら山ほどいるんじゃないの?」

「漫画とか、そういうことを話せる人はいないから」

「……一人くらいいるんじゃねえの?」


 このご時世だ。パーリーピーポーだって漫画の一つや二つ読むだろう。いわゆる陽キャだってアニメを見るしゲームをする。オタク趣味を楽しむやつなんてきょうび珍しくもなんともない。


「じゃあ、里見くん。……ジャ○プ読む?」

「読む」

「サン○ー、マガジ○、チャンピオ○は?」

「読む」

「だったら月刊の漫画雑誌は?」


 読むだろ普通。


「アワーズは? アフタは? ビームは? リ○ウは?」

「読むよ」

「WEBコミックは? きららとキャロットとMAXの違いは分かる?」

「読むし、まあ、その違いだって分かると思うけど……それぐらい普通だろ」

「普通じゃない」


 孝塚さんは悟りを開いた顔で首を振った。


「普通の人はそんなに読まない。存在自体知らない。ワン○ースとドラゴン○ールの話がループしてる」

「別にいいじゃんか。面白いだろ」

「私はっ、私は、もう少し、こう……浅野り○の描く女の子も男の子も可愛いし、みたいなことが言いたい」

「あー。であい○んの人? PON○キマイラとか好きだったなー。サブタイトルが映画の名前でさ」

「そ、そう! それ、そういうの! 普通の人は浅野○んとかポンと出てこないの! はちまんって言ったら比企谷じゃなくて笠置なのおおお」


 えー、出てくるだろ。浅野先生に失礼だろ。


「まあ、こういうことが話したいのは分かった」

「ならいいの」

「でもわざわざ見張る必要とかなくね? 大学ではお互い無視してさ、ラウンジとかで普通に話せばいいじゃん」

「それは……無理」


 なんでストーカー続行しようとすんねん。


「とにかく、様子見は続けるから」

「もういいよ。分かったよ孝塚さんがめんどくさいやつだってことは」

「は? 私のどこがめんどくさいの? みんなはアレ、結構私のことサバサバしてるとか言うんだけど」

「してねえよ。めちゃめちゃぬちゃぬちゃぬらぬらしてるじゃん」

「人をそんな触手みたいに言わないで」

「触手とか言うな」



<4>



 満足したのか孝塚さんは去っていった。F○13の戦闘みたいにめんどくさいやつだ。

 そろそろ済んだかなと、俺は梯さんの姿を探した。ちょうどレジで会計しているところだったので近くで待つことにした。彼女は俺の姿を見つけると、申し訳なさそうに小走りでやってくる。


「ご、ごめん、もしかして、待っててくれたの?」

「デヴ○ン青木現象が起きなかったからな」

「あはは、何それ」

「欲しいのあった?」


 梯さんは嬉しそうにして本屋の袋を見せてくれた。ずっしりと重そうである。


「買い過ぎちゃったかも。アルバイトのシフト増やさなきゃ……」

「お。梯さんどこでバイトしてんの? やっぱり本屋?」

「ううん。ぼく、本屋だとお仕事にならないから」


 そりゃそうかも。ずーっと本とにらめっこしてそうだもんな。


「へー、じゃあどこで?」

「えっと、それは、その……言わないとだめ、かな」


 うっ。梯さんが困っている。困り顔可愛い。正直、隠されると気になってしまうが。


「駄目じゃないって。気が向いたらまた話してよ」

「う、うん。ごめんね?」

「そんな謝らなくてもいいって。あ。そういや借りたやつ、あと少しで読み終わりそう」

「どう? 面白い?」

「懐かしい」


 ああいう時代のはもはやレジェンドである。出てくれればそれでいい。


「俺も今度何か貸すよ」

「そんなの気にしなくて大丈夫なのに。よかったら、また何か読みたいのあったら言ってね。ぼく、いっぱい持ってるから」


 ほほう。


「そんなに小説読むのか。やっぱりレンガみたいなやつも好き?」

「うん、好きだよ。あと、小説だけじゃなくって、本なら何でも。暇な時は家電の説明書読んだり、とか」

「説明書読むの?」

「最近まで大学のシラバスにハマってたよ」


 文字が好きなのか。……なんか金鞠と似てる気がする。


「あ。そういや芳流閣の八階の本なんだけどさ」

「うん。えっと、犬飼さんの本だよね」

「そうそう。盗まれたとかで」


 梯さんはご飯を取り上げられたハムスターみたいに悲しげな顔でうつむく。


「酷いよね。本を盗むなんて」

「梯さんはあそこの本って読んだことある?」

「ううん。表紙とか、手に取ってみたことはあるけど。人のものだから勝手に読むのはだめかなって。あそこの本、すごいラインナップだよね」


 そうなのか。俺にはよく分からんかったが。


「あの中に魔導書とかあるかな?」

「……魔導書? それって、ゴエティアとか、レメゲトンみたいな?」

「たぶんそういうやつ。パッと見だけどさ、あそこの本ってオカルトっつーか、ちょっと怪しい感じのが多くて」

「えっと、どうなんだろ。あっても不思議じゃない感じはするし……でも、あそこに魔導書があったとしても、ぼくたちじゃ分からないかもしれないよね」

「どういうこと?」


 しかし、さすがと言うべきか。梯さんの本好きは伊達じゃなさそうである。魔導書なんて話に乗っかってくれる人なんかそうはいないよな。


「有名なものは画像が出回ってるかもしれないけど、表紙を見ただけじゃ魔導書かどうかなんて分からないかもしれないし、日本語に訳されてないなら読むのも大変そうだよ。読めたとして、何が書かれているか分からないかも」

「あー。暗号みたいな文章かもしれないし」

「うん。それに、あんまり知られてないものだってあるんじゃないかな」


 なるほど。魔導書と一口に言っても色々あるよな。これは大変そうだ。たとえば八階の本を一冊一冊調べていくだけでも数か月はかかるかもしれない。


「里見くん、そういうのに興味あるの?」

「あー、まあ、少しは。ほら、そういうのアニメとかゲームとかでも出てくるじゃん。ファンタジーでさ」

「あ、ちょっと分かるかも。本当はバハムートが竜じゃなくて魚って知ってびっくりしちゃうんだよね」

「魚なん!?」


 マジかよスクウェ○……俺の純情を弄びやがって。



<5>



 俺はアルバイトへ行く前に、一度芳流閣に戻った。管理人さんに今日の帰宅時間を伝えておくためだ。

 ラウンジには管理人さんの姿がなかった。


「掃除でもしてんのかな……」


 エントランスの方に戻ると、トレーニングウェアっぽい恰好の忠山さんとエンカウントしてしまう。彼女は嫌そうな目で俺を見る。


「ついてこないでよ、変態」

「俺は何もしてないって。だいたい、俺にもほら、正義の心があるんだろ? そんな毛嫌いすることなくね?」

「人には正義の心もあるし、悪の心もある。里見がまだ光に落ちるのか闇に落ちるのか分からない」

「俺だって正義と言うか、ヒーローもの好きだぞ。特撮とか見るし。ライダーとかぷいきゅあーとか」

「ニチアサじゃん……!」


 ニチアサでもいいだろ!

 忠山さんは吐き捨てるようにして言った。


「うちのクラスにも特撮好きって言ってる子がいるけど、ニチアサしか見てないぞ。イケメン俳優につられただけでさ。キャラがいいとか、そんなんばっかりだ」

「いいじゃないかよ。イケメンから入って、徐々に興味を持ち始めたらそれで。最初は誰だって素人でにわかなんだから」

「じゃあ、里見は特撮のどういうとこが好きなの?」

「えー。怪獣かなー」

「ゴ○ラとかガ○ラとか?」

「それも好きだけど、俺はウルトラ○ンの怪獣かな。80あたりまでなら、たぶん怪獣の名前全部言えるわ(実話)」


 グレートのデガンジャとかトラウマ。顔怖すぎへん?


「せつかちゃんは?」

「せつかって呼ぶなー! ちゃん付けで呼ぶなバカ!」

「じゃあ何と呼べば」

「えー……隊長? とか?」

「隊長!」

「あ、あはは、ちょっといいかも」


 忠山隊長はほっぺたに手を当てていた。


「じゃあ外で隊長が友達といても大きな声で隊長とお呼びすればよろしいですか」

「それはだめっ」


 そこで俺はバイト先の後輩、角村さんのことを思い出した。彼女には『さん』づけ禁止令を施行されていたのだった。


「そもそもJKってどう呼んで欲しい人種なん?」

「えー? 好きな人とかだったら呼び捨てじゃないの? 友達だったらあだ名とか」

「じゃあ、なんかあだ名で呼ぶわ」

「里見は友達じゃないぞ」


 そんなこと言うなよう。


「ヤメタランスって呼んでいい?」

「いいわけないだろ。忠山さんって呼んでよね」

「はい。じゃあ忠山さんは怪獣好き?」

「好きだけど、一番はやっぱりアクションかな」


 忠山さんはその場で演武のような動きを見せた。軽くやった感じだがキビキビしていてかっこいい。


「夜中に見た牙○がかっこよくって、それでハマったの」

「イケメン俳優とかには興味ないの?」

「うーん? かっこいい人もいるけど、そんなに。話もよく分かんないし! アクションがかっこよかったらオッケーなの!」


 分かりやすいといえば分かりやすい子だな。


「じゃあなんかやってみ」

「えー? じゃあ、こんなの、とかっ」


 忠山さんはその場で後ろ回し蹴りを放った。おお、速過ぎて見えない。


「カブト?」

「そ! 今のはカウンター版ね。昭和のライダーキックもシンプルでいいんだけど、かっこよさとか、美しさで言えば平成ライダーのがいいよね!」

「すげーなー。他にもできるの?」

「だいたいできるよ。ここじゃ狭いからやらないけど。でもねー、平成のやつはまだできないのがあるの。ほら、必殺技って最近はさ、子供が真似できないように難しくなってるんだよね。ドラゴンライダーキックやりたいんだけど、なかなか竜が出てこないから」

「いや出ねえだろ」

「一回出た」


 嘘だろ……。


「里見もなんかやってよ」

「無茶ぶりだなあ」


 俺は適当にパンチを打ってから手首をぷらぷらとさせた。


「あっ、ファ○ズ! ファイ○だよね!」

「そうそう、チンピラっぽい戦い方いいよな」

「じゃあねじゃあね、次はクリムゾンスマッシュやって!」

「できるか!」


 きゃっきゃと喜ぶ忠山さん。


「そういや管理人さん知らない?」

「さあ、見てないけど? あっ、もしかしたら買い物に行ってるかも」


 うーん。しゃあない。野となれ山となれだ。



<6>



 バイト先に行くと店長がおらず、角村さんがぽつねんと座っていた。俺に気がつくと、彼女はパッと笑顔を振りまいてくれた。


「あっ、先輩こんにちはです!」

「こんちはー。店長ヒゲは?」

「店長のことですか? あの、何か用事があるとかで」


 サイドビジネスとか言ってたな、確か。何か良からぬことをしてなきゃいいんだけど。


「まあいっか。今日も勝手にバイトさせてもらおう」

「わー、また二人ですね。……先輩?」


 角村さんは何か、期待に満ちた目でこちらを見上げている。


「どうしたの、角村さ……えーと、つのっち」

「ええー、つのっち、ですかあ?」

「うう、今はこれが精いっぱい」


 だって人をあだ名で呼んだこととかないんだもん。


「どっちかと言えばクソオタの方がいいんですけどね」

「気に入ってるのそれ?」


 俺はエプロンをつけてカウンターの近くに立った。さて、何から始めるかな。


「店長はどれくらいで戻ってくるって?」

「えーと、たぶん、私たちが帰る頃には。何だか忙しそうでしたよ」


 じゃあそれまではサボれるな。

 俺はパイプ椅子を組み立てて角村さんの近くに座った。


「なあ」

「なんですか?」


 角村さんの目がくりくりっと動く。


「やっぱり角村さんでいい?」

「えへへへ、いいですよー、それで」

「はあ。ホッとした。……そういや、角村さんは怪獣好き?」

「好きです!」


 やっぱりそうだよな。


「特撮とか見る方?」

「うぇー? 特撮ですかぁ? あんまり意識して見ることはないですね。あの、ニチアサとかのはあんまり興味がなくって。あくまで映画でなら」


 ふーん。角村さんは忠山さんと話が合いそうと思ってたけど、オタクって案外ギスり合う生き物だからな。なまじ同じジャンル、似たものを好きになればなるほど憎み合う。同族嫌悪、同担拒否とか言うやつだろうか。


「あ、忠山って子、知ってる?」

「私の学校の人ですか?」

「そうそう」


 そういや、忠山さんは角村さんに自分のことを話すなとか言ってたな。でも俺、その時に返事とかしてなかったからええやろの精神。


「同学年に一人いますよ。クラス違いますし、接点がないので下の名前は分かりませんけど」

「へー。結構、アレ、その子って人気者な感じ?」

「えっ? どうなんでしょう? 何度か見かけたことはありますが、あの……私と似てるっていうか、大人しい感じで。あっ、あっ、もちろん忠山さんはそんな風に思われるの迷惑かもですが。それに、あんまり学校にも来てないみたいですよ」


 何ィー、サボりとは許せんな。帰ったら問い詰めてやろう。

 っていうか大人しい? アレが? 人の腹を躊躇なくぶん殴るやつが? 学校では猫かぶってるのかもしれんな。そこ突いたら大人しくなってくれねえかな。せめて暴力に訴えるのはやめて欲しい。


「あの、先輩は忠山さんを知ってるんですか?」

「まあ、うん……」

「忠山さん可愛いですもんね」


 顔はな。顔は。


「角村さんはなんか最近映画観た?」

「エクスペンダブ○ズ観ましたよー。ジェットがあんなことになったので、カンフー枠にイップマン欲しいですね」

「ドニーかあ。ジャッキーは?」

「敵役で出て欲しいですね。サモハンと一緒にすごい悪いことして欲しいです。ナチスのやばい実験とかで不死身の兵器をですね」

「それ武器人間だよね?」


 うわー、見たいけど見たくないような気がする。


「ユンピ○ウは?」

「三人揃ったらサイクロン……的な、スパルタン……的なやつになっちゃいます」

「結構アレ、アクションも観るんだね」

「何でも観ますよ。でもジ○リとかそういうのは自分からわざわざ観ないかもです」

「なんで! 面白いじゃん!」

「だってほっといてもテレビでやりますし。その時に見ようかなって」


 あぁー。そういやそうね。あのチャンネル、コナ○くんとポッターくんとハヤオくんで金ローの枠ローテ組むからな。どんだけ眼鏡好きなんだよ。


「なんか俺も見に行こうかなー、今度」

「映画館にですか?」

「そりゃ、映画だし」


 俺、あんまり映画館に行った記憶がないんだよな。そもそも島に娯楽施設なかったし。


「角村さんはあんまり映画館行かないの?」

「好きなんですけど、家で誰にも邪魔されずに見るのが好きで……」

「ふーん。でもさ、なんかこう、3Dとか4Dのやつが増えてきたじゃん」

「そっ、そうなんです! レディプレイヤー○とか見たいんですけど、見たいんですけど」


 角村さんは照れ臭そうにして体をくねくねさせ始めた。


「何より音が違うんですよね。画面も大きいですし」


 そんな当たり前のことを知っていながら、どうして映画館に足を運ばないんだろう。


「そのー、ちょっとトラウマがありまして」

「それ聞いていいやつ?」

「あっ、はい、大丈夫なやつです。……小さい時、一人で映画館に行ったんですけど、間違えて全然違うところに入っちゃったんです。あの、とびっきりのホラーをやってて。怖すぎてその場から動けなかったくらいで。ですから、それから暗いとこで映画を見ると、どうしてもその時のことを思い出してしまって」

「ホラー自体は?」

「めっちゃ好きなんですよう。死霊館シリーズとか」

「ええええ……俺ホラー駄目なんだよ。イットとかさ」

「え? あれってホラーなんですか? スタンドバイミーみたいな青春ものなのでは?」


 ピエロめっちゃ怖いじゃん!


「じゃあ、暗いところってのが駄目なんだ」

「はい。映画好きとして情けないことです」

「ま、楽しめてれば何でもいいんじゃないかな」

「あのー……」

「ん?」


 角村さんは俺を見たり、視線を逸らしたりして何か言い淀んでいた。


「や、やっぱり何でもないです。失礼しましたっ」


 うーん? 何が言いたかったんだろ?



<7>



 バイトが終わりマンションに戻る。ふと気になってラウンジを覗くと管理人さんがいた。まさか、俺の帰りを待っていてくれていたのではなかろうか。


「あのー、ただいまです」


 声をかけてみると、管理人さんはもう遅い時間だというのにヒマワリじみた眩しい笑顔を浮かべてくださった。


「おかえりですー、今日もアルバイトだったんですか?」

「そうなんです。あの、もしかして……」


 察したのか、管理人さんは気にしないでくださいとおっしゃった。


「別に約束もしてませんし、都合のいい時に私のご飯を食べてもらえればいいんですよー」

「そんな、俺は管理人さんをセ○レみたいには扱えませんっ」

「口を開く前にあと少しだけ言葉を選んでください。それにいいんですよ。里見さんの行動はだいたい把握できていますから」


 え?


「孝塚さんかせつかちゃんに聞けば、里見さんがどこにいるのか、何時に帰ってくるのか、だいたい分かりますからね」


 管理人さんはスマホをふりふりと振った。

 あのストーカーどもめ。


「でも、ご迷惑になるようなら俺のメシのことは忘れてもらって大丈夫ですよ。管理人さんは朝早くから色々と仕事してるじゃないですか」

「ふふふ、いいんですよ。料理の腕というのも振るわないと錆びてしまいます。好きでやってるようなものですから」

「俺のことをそんなに好いてくれてるなんて……」


 感動で体がほろほろになるまで震えてしまいそうだ。このままでは大学で講義を受けててもバイトしていても管理人さんに会いたくて会いたくて震えてしまう人間バイブになりそう。


「そのポジティブさは現代社会に生きる人間が見習うべきものかもしれませんね。とりあえず、晩ご飯作っちゃいますね。お腹減ってます?」

「電光機関使いまくったあとのように空き過ぎてます」

「任せてください、急ぎで作ります」


 管理人さんはげんじんしんのようなモーションでキッチンに向かった。

 ソシャゲしながら待っていると、管理人さんがダカダカダカと駆けてくる。今日のメニューは八宝菜にエビチリに……。


「中華ですね」

「最近中華にハマっていて。どうして格ゲーの中国人って料理人が多いんですかね」

「そんないっぱいいましたっけ」

「食は万里を超えるんですよねえ。あ、デザートに点心的なものもありますよ」


 俺は蔵○縁紗夢ちゃんについて思いを馳せながらエビチリをむしゃった。声変わったけど違和感ないんだよな。ゲーセンでもホアーホアー響き渡ってそうで何より。


「管理人さんはご飯食べないんですか?」

「うーん、作ってるときにつまみ食いしますし、私はもともとあまり食べないので。自分一人だけだと適当に済ませちゃいますね。片手で食べられるようなものばかりで」

「小食キャラですね」

「キャラづけしてるつもりはないんですけど……あっ」


 管理人さんはエントランスの方を見て身を隠そうとした。


「なんですなんです」

「よ、義川さんです」


 何? あの元ヤンっぽい人か。


「くあー、疲れたー。なんかいい匂いすんだけどー?」


 前に見たジャージ姿とは違い、ニットジャケットを羽織った、パンツスタイルで綺麗めに見える義川さんの姿があった。仕事の帰りだろうか。ずいぶんとくたびれた様子である。

 しかし、俺と彼女は『お疲れー』と互いをカジュアルに労う間柄ではない。一死一殺。出会えばやるかやられるかの関係のはずだ。


「あれー?」


 案の定、義川さんは俺を見て怪訝そうな顔つきになった。


「こんな時間に晩ご飯? 太るよー。でもおいしそー」

「あ、あの」

「ちょっと食べていい?」


 義川さんは俺の使っていた箸でお皿に残っていたエビチリなどを食べ始めた。


「うまー。何これ、大屋さんが作ったやつ?」

「管理人です!」


 隠れていたはずの管理人さんが、ソファの陰からにゅっと飛び出してきた。


「あー、やっぱり。ただいまー、大屋ちゃん」

「お、おかえりなさい?」


 俺と管理人さんは顔を見合わせた。


「あのー? 義川さんは、里見さんを追い出す会の会長さんなのでは?」


 遠慮がちに管理人さんが聞くと、義川さんは目を丸くさせた。


「何それ? ……っあー、そういやそんなん言ってたっけ私。すっかり忘れてた。最近忙しくってさー」


 全ての元凶。首魁であるはずの義川さんはけらけら笑っている。どういうことだ。


「ま、私も最初は嫌だったけどさ、犬飼さんのお墨付きだし? なんか、里見くんだっけ? 家燃えちゃったんでしょ? ここ追い出されても可哀想だしさ。今まで別に騒ぎも起こしてないみたいだし、いいんじゃない?」

「ふう、よかったです。みなさんの仲が悪くてギスギスなのはスタッフからしても見過ごせませんからね」

「そーそー。だから君もそんな身構えなくていいって」


 俺はそこでようやく肩の力を抜いた。


「俺を追い出したいわけじゃないんですね」

「私に何かしたらブッコロス。けど、そうでないならいいんでないの? ここって適度に交流を楽しもうって場所だしね。君がぐいぐい来るやつだったら『ここはナンパする場所じゃねーよ』ってどつき回すけどさ」


 それに。そう言って義川さんは意地悪そうに目を細めた。


「間接キスでうろたえてるくらいだもんねー? なんだ、思ってたよりかわいーじゃん」


 うっ、大人の余裕って感じが眩しい!

 つーか、出会いが悪かっただけですげー気さくなお姉さんなんだな、義川さんって。


「私とはそんな時間合わないだろうけどさ、ま、見かけたら挨拶とかしてよね。そこそこ仲良くしよう、そこそこ」

「義川さん。よかったら私が何か作りましょうか? その、最近、ご飯食べてます?」

「……ん、へーきへーき。食べたくなったらお願いするかも。そんじゃーね二人とも、お休みー」


 ふりふりと手を振ると、義川さんはラウンジから出て行った。

 管理人さんはホッとした様子である。


「ここでラウンドワン、ファイってなるんじゃないかと思ってました」

「俺もです。ともあれ、色々とよかったです」

「悩み事は解決しました?」

「まあ、とりあえず一つは」

「それはよかった! では、その記念に一戦いっときます?」


 テレビの方をくいっと指差す管理人さん。


「……一戦じゃ終わらなさそうなんで遠慮しときます」

「えー? なんでですかー? やりましょうよー、里見さんの侍魂見せてくださいよー」

「も、もう前転烙印は嫌です」

「使いませんってば。他のキャラでちゃんと殺します」

「それも嫌だ!」


 しかし、義川さんのあの態度……俺を追い出すこともどうでもいいってくらい疲れてたっぽいな。彼女が、何か理由があって俺を追い出そうとしているんじゃないかと疑ってしまっていたが、あの様子だと義川さんはシロだ。それどころかさっきの立ち振る舞いで好きになりかけてさえいる。めっちゃ演技してたぜイェーって線も捨てきれないが、それを言い出すとコミュ障の俺では判断できなくなるし。

 でも。じゃあ、誰だ? 魔導書を盗み、売った人間ってのは。本当に、このマンションの中にいるのか?

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