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弱P 弱P 6 弱K 強P

<1>



 芳流閣に戻ってくると、エントランス付近を掃除している管理人さんと目が合った。彼女は咄嗟に目を伏せた。


「ただいまー。いやあ管理人さん、精が出ますなあ、はっは」

「……はあ、どうも」

「なんかめちゃめちゃ嫌がってませんか?」

「そりゃ、まあ」


 えー。俺が何をしたって言うんだ。俺はまだ何もやってないはずなのに。


「里見さんと仲良くお話しているのを見られたら、皆さんに何を言われるか分かりませんので」

「それって、俺独占禁止法でも発案されたんですか?」

「そもそも、犬飼さんが言っただけで里見さんの入居を反対する人たちは大勢います」


『皆』を持ち出すのはやめて欲しい。


「本来なら芳流閣の入居には審査がありますからね。内覧の際にその人の人柄なんかをチェックして大丈夫かどうか判断するんです」

「そう言われてもなあ。あ、でも俺心優しいですよ」

「自分で言いますか」

「野良猫がいても絶対餌とかやりませんからね。一度ひとの手から餌をもらったやつは野生を失うので。野生がなくちゃ16話まで合体できませんから」

「ていうか大事なのは協調性ですかね」

「俺にチームプレーなどという都合のいいものは存在しません」

「スタンドプレーはソーシャルアパートメントに向いていません。お引き取りを」


 管理人さんは箒片手に『ノー』というジェスチャーをした。


「こ、これから覚えていきますから」

「まあ、すぐには追い出せませんから。ただし、何か一つでも問題を起こしたら即・退去ですからね」


 ちっこいのに意志が固そうな管理人さんである。


「ところで里見さん、今日の夕食なんですが」

「もしかして、また作ってくれるんですか」

「ええ。まあ。でも皆さんと時間をずらしていただきたいんですよねー」


 えー。それって俺一人でさ、あのだだっ広いラウンジでさ、侘しく食べろってことかよ。

 しかし胃袋を掴まれていては逆らえない。


「何かリクエストとかありますか? 私、結構なんでも作れちゃうんですよ」


 成人しているであろう女性とは思えないほどキュートな笑顔、そしてドヤ顔を披露すると、管理人さんはその場でくるりと回った。くそっ、可愛いじゃねえか。


「俺のこと嫌がってるのに料理は作ってくれるんですね」

「里見さんの食べ方は見ていて気持ちがよかったので。食事の時には人間性が出ますからねー。その点でいくと、里見さんは真面目でまともな方なのかもしれないと」


 マナーに関してはお手伝いの梓さんに厳しく教わっていたからな。下手なことすると鯖折りとかされてたし。でも思春期の頃になると俺はわざとマナーを守らないで鯖折りを期待していた。それがばれて普通にビンタされるようになったけど。


「ではリクエストは魚以外で」

「おさかな苦手なんですか? いけませんよ好き嫌いしては」

「……そうですね。好き嫌いはよくないですよね。でもお昼は魚だったんですよね。焼き魚」

「ではお魚にしますね」

「えー。リクエストした意味がないじゃないですか」


 管理人さんは真面目くさった顔でマンションを指差した。


「お昼に食べた魚は出来損ないだ。あとでもう一度来てください。本当のお魚をお見せしますよ」

「学食のおばちゃんに失礼ですよ」



<2>



 ラウンジに行くと何人かいたが、誰も俺と目を合わせようとしなかったし、こそこそと立ち去ってしまった。そこまで嫌われてるのか俺……。普通にショックだ。こんな打ちひしがれた思いをしたのは、いつの間にかク○パ姫がトレンドから消え去った時以来だ。俺の性癖にドストライクだったのに、やっぱりあそこの法務部を怒らせるのはやばいんだよ。


「よう、クッ○姫人気がどっか行っちまった時みたいな、そんな寂しそうな顔をしてるな」


 俺に話しかけてきたのは、眼鏡をかけた薄毛の白人男性だった。そいつはニヒルな感じで口元をつり上げている。まだ太陽が出てるってのに瓶ビール片手だった。


「ええと、あなたは?」

「『あなた』? よせよ、くすぐったい。俺はハマー・G。ハマーで通ってるから、あんたもそう呼んでくれよな。ヤツフサ・サトミ」

「俺の名前を?」

「新しい入居者は話題の種になる。そいつが頭のおかしい異常者なら噂になるのも当然だろ。ああ、あっちで話そう」


 俺は外国人を見たことはあるが話すのは初めてだ。ブサイクな外人を見るのも初めてだ。すげえ。俺、外国の人と会話してる。っていうか俺はここの人たちに異常者と思われてるのかよ。

 ハマーなる外人は俺にソファを勧めた。どっかりと腰を落ち着かせる。フワフワして何だか落ち着かない。


「ほら、ビールでいいか? それともワイン?」

「お、ああ……」受け取ったが俺は下戸だ。しかしかっこつけたいのでそのまま持っておく。


 ハマーは周囲を見回して、それから肩をすくめた。


「嫌われてるわけじゃない。あんたはビビられてるんだ。昨日はヒーローもののヴィランみたいに暴れ回ったんだろ?」

「スパイディって呼ばれた」

「あんたが? 手から糸出せんの? いやー、せいぜいキックアスってとこだろ」

「打たれ強さには自信がある」

「そうみたいだな。俺だったらとてもじゃないが、ラウンジには顔を出せない」


 ハマーは瓶をグイっと呷った。


「それで、俺に何か用でもあんの?」

「ああ、俺は面白そうなやつに興味がある。コミック、ノベル、ゲームにフィギュア。アニメも映画も、オカルトも好きだ。ヤツフサ、あんたは?」

「俺も全部好きだよ」

「そうか。今期のアニメは? 何を推してる?」

「から○り」

「ゴブ○レは?」

「一話がピークだった」


 ハマーは俺に握手を求めた。俺はそれに応えた。


「俺の見込んだ通りだ。よし、今からあそこでゾンビラ○ドサガを見よう」

「あの、でかいテレビで? いいの?」

「予約を取ってる。そういうルールなんだ。誰にも文句は言えない」

「あ、ああ……!」


 そ、そうか。これがオタク友達ってやつか。ハマーとは気が合いそうだ。ちょっと体臭が気になるけど。

 ハマーは慣れた手つきで色々とセットを始めた。俺はそれを立ったまま眺める。


「ヤツフサ……ああ、そう呼ぶけど構わないよな? あんた、あの部屋に住んでるんだろ?」


 あの部屋。俺の住んでいる部屋は他の住人からはそういう風に呼ばれている。


「ジャパニーズガールの幽霊が出るんだってな。見たのか?」

「あー、それは」


 何と言えばいいものか。馬鹿正直に答えても信じてもらえないだろうしなあ。これ以上やべえやつと思われても癪だし、問題を起こしたら管理人さんが目くじらを立ててしまうだろう。


「いや、見てないな。噂は噂だろ。噂が現実になるってわけでもなし」

「ペルソナか。アレはクールなゲームだった。6はまだかな」


 たぶん5の主人公が番長並みに死ぬほど働かされた後になると思う。


「そうか。残念だな。日本のゴーストは儚げで美人だ。会ってみたい。というかヤってみたい」

「お化けに欲情するやつ初めて見たな」


 その後もハマーはアニメを見ながら、一々突っ込みを入れたり興奮してたりでうるさかったり。ふと気づいたが、彼に近づくものはいなかった。俺がいるからだとばかり思っていたが、ハマーはハマーで問題がありそうな気もしてきた。


「よしヤツフサ、次はア○ギを観よう」

「永遠の主人公の……?」

「いやそっちじゃない。退魔忍の方だ」

「ここで!?」

「3だから大丈夫だ」

「大丈夫じゃねえよ」


 ハマーはへらへら笑っていた。


「なあ。なんで俺に声かけたの?」

「ああ……まあ、寂しいだろ。こういうとこに一人でいるのは。出会いとか、繋がりが欲しいから住んでるのによ」


 ハマーの横顔は愁いを帯びていた。


「あのさハマー。あんたも一人なの?」

「一人が好きなんだ。俺は」


 いいやつかもな、ハマーは。少し嘘つきだけど。



<3>



 自分の部屋に戻ると、おかえりという声がかかった。

 金鞠は俺が下ろしかけていた鞄を取り上げて、壁に立てかけた。


「物には触れるんだよな」

「何がだい」

「いや、マンションの人たちは金鞠のことをお化けとか言うけどさ、話せるし、触れるじゃんか」

「言ったじゃないか。あたしのことを認められるのは限られた人だけだって。そりゃあ、多少なりとも存在を感じられるって人もいるけどね」

「寂しくないの? ここで一人きりでさ」


 金鞠はふっと笑みを作った。


「慣れたからね」

「そっか。ところで、金鞠はずっとこの部屋にいるつもりなのか?」

「旦那さまは嫌かい?」


 プライバシーとかは気になるけど、可愛い子が帰りを待ってくれているのは素直に嬉しい。


「ラブコメみたいでいいと思う」

「そんな甘酸っぱい間柄じゃないけどね」


 そうかもな。俺と彼女を繋いでいるのは呪いとかいうオカルトな縁だ。


「魔導書のことを探ってみたよ」

「どうだった?」


 俺はハマーみたいに肩をすくめてみせた。


「ちょっと信じかけてる。色々調べたけど、なんかこう……マジっぽくて」

「だから言ってるのに。本当だって」


 いや、でも、誰が自分が呪われてるんだってことを受け入れるよ? 是が非でも拒絶するだろそんなの。


「当分は現実逃避するよ」

「旦那さまがそれでいいなら構わないけどね」

「……おまえが呪ったわけじゃないよな? いや、確認だけど。ただの確認」

「あたしが? ないよ。百パーないとは言い切れないけどね。信じるかどうかは旦那さま次第ってところさ」


 そんな都市伝説みたいなこと言われても。


「そっちこそ何か、手がかりとか、心当たりとか思いつかないのか? 腐っても魔導書の精霊なんだろ? あ、腐ってもって言っても腐女子とか貴腐人的な意味合いじゃなくってだな。いや、もしかしたらそうなのか? 弱ったなあ。スパダリとか言われちゃうと弱るなあ」

「腐ってないし、旦那さまが何を言ってるか分からない。あんまりつまらないことは言わないで欲しいんだけど」

「あ、ふて腐れてる」


 指を差すとその指を掌で包み込まれて肩をぺしんとされた。


「悪かったよ。余計なこと言って」

「悪いと思ってるなら……この階に本がたくさんあるでしょ? それを適当に借りてきてよ」

「何に使うんだ……?」


 まさか、ケツを。


「読む以外に……ああ、そうか、旦那さまはそうだったね。違うよ。読むの。時間が有り余ってるからね。あたしが勝手に借りてってもいいんだけど、怪しまれるのもよくないだろうからさ」


 それはいいんだけど、八階の本はどれも犬飼さんのものだろう。許可を得なくちゃいけないが、俺はあの人に借りがあるし弱みもある。藪蛇になるかもだから、管理人さんを経由して頼んでみようかな。


「どんな本がいいんだ?」

「別に。どんなのでもいいよ。とにかくこの部屋には本がほとんどないからね」

「俺のは全部燃えちゃったからなあ」


 思い出すと悲しくなってくる。死んだ子の歳を数えるのはもうやめるんだ。


「本とか、読めるものなら何でもいい? 犬飼さんの本じゃなくてもいいか?」

「構わないけど、本を貸してくれるような友達がいるの?」

「い、いるわ、それくらい」

「いいよ、気にしないで」


 何だか哀れまれているような気がしてならない。お、俺を舐めるなよ。


「で、出来らあっ!」

「え?」

「本を借りて来ればいいんだろ。大丈夫。それくらいならどうにでもなるから楽しみにしておきなさい、金鞠や」

「まあ、期待しないでおくよ」


 ハマーなら漫画とか貸してくれるかな。けどエグいやつ出してきそうなんだよな……。ブラッ○ハーレーの馬車とか好きそうな顔してたし。


「金鞠は本が好きなんだな」

「どうかな」

「ふーん。金鞠って何歳?」

「さてね」


 はぐらかされた。

 魔導書の精霊とか言ってるからやっぱ年寄りなんだろうか。話し方とか格好とか、ちょっと浮世離れしてるしな。


「旦那さまはこのマンションで浮いてるけどね」

「おい俺の思考を読むな。色々とややこしくなるだろ」

「顔に出やすいんだよ。……ん?」


 金鞠はドアの近くまで行き、屈んだ。立ち上がった時、彼女は小さな紙を持っていた。


「何だそれ」

「ついさっき扉の隙間に差し込まれたんだよ。すっと氷の上を滑るみたいにね」


 受け取った紙には『ラウンジ 22時』とだけ書かれていた。


「なんだいこれ」


 覗き込んでくる金鞠の顔が近い。この距離で見てもしみ一つない肌だ。幽霊のくせにいい匂いがしやがる。


「なるほど。ラブレターとは古風だな」

「旦那さまに?」

「だってここは俺の部屋だろ」

「……旦那さまに?」


 何だその顔は。お、お前に俺の何が分かる。


「ま、22時にラウンジに行けば分かるでしょ」



<4>



 謎の手紙の指示に従い、俺はラウンジに来た。時間は約束の5分前。

 誰もいないかと思ったが、キッチンの方にちっこい人が見え隠れしている。


「来ましたね里見さん」


 そう言ったのは管理人さんだ。包丁片手に俺をじっと見つめてくる。


「果たし状だったか……」

「はい? 今から用意しますから、大人しく座って待っててくださいねー」

「ああ、そういうことですか」


 俺のご飯か。そういや他の人と時間をずらして。部屋を暗くして優しくしてとか言ってたもんな。

 管理人さんは鼻歌(恐らくアニソン)を歌っていた。ご機嫌のように見える。


「もしかして俺のことがマジで好きになったやつですか」

「はい?」


 スパンと魚の頭を切り落とす管理人さん。ちょっと包丁のリズムで気持ち表すのやめて。ダブルキャスト思い出しちゃうから。


「というかですねー、私は別に里見さんが嫌いではないんですよ。迷惑と思っているだけで」

「迷惑とは思ってるんですか……」

「私は芳流閣のスタッフ側ですから。適度な交流を望んでいる入居者の皆さんの妨げになるものは排除しなくてはいけません。だから、好き嫌いはないんです」


 好き嫌いがあっちゃいけませんから。

 管理人さんはそう言った。


「バランサーなんですね、管理人さんは」

「過度に干渉はしないですけどね。私たちは、あくまで交流しやすくなるような場所を用意してるだけなんです。芳流閣には色々とイベントもあるんですよ。季節ごとにパーティをやったりとか。でも、それは入居者の皆さんの自由意思で行われていることであって、こっちが口出ししてあれをしろー、これをしろーと仕掛けている訳ではないんです」

「へー」


 なんかアレだな。ハマーもちょっとそれっぽいこと言ってたな。


「管理人さんって」

「はい」

「ハマーみたいですね」


 ずどんという鈍い音がした。管理人さんは真顔で俺を見ていた。


「気のせいですかね。今私のことを『喋るゴキブリ』って」

「一言も! ただ、ハマーみたいなことを言ってるなーって」

「あっ。ほら、今も『音の出るゴミ』って」

「言ってねえ! やっぱり何かあるんじゃないですか!」


 俺は腕を組んだ。


「もしかして、管理人さんってハマーのこと嫌いな感じですか?」

「いいえー? でも、ラウンジでハレンチなものを観たり、私に『ご飯を作ってくれ。裸エプロンで。は? ジャパニーズトラディショナルでしょ? 入居者に逆らうつもり?』 とかおっしゃるので少し苦手ではありますね」


 すげえなあいつ欲望の権化じゃん。俺でもよう言わんわ。


「安心してください。俺は裸にエプロンとは言いません。裸でいいです。あっ、やっぱ何でもないです」

「聞き流してあげましょう」

「ありがとうございます。……管理人さんは本とかって読む方ですか?」


 金鞠に頼まれていたことを思い出した。会話の糸口になるしちょうどいい。


「読みますよー。漫画でも小説でも。芳流閣には読書家さんが多いですしねー」

「何か欠かさず買ってる雑誌とかあります?」


 俺がそう言うと、管理人さんは料理の手を止めてこちらの様子をうかがうような目を向けてきた。


「うーん。ゲーム雑誌なんかはいつも読んでますねー。最近は休刊も廃刊も多くて寂しいです」

「アル○ディアは残念でしたね」


 あれ、唯一と言っても過言ではないゲーセンの雑誌だったのになあ。


「そうなんです!」

「お、おおっ……?」


 管理人さんは、俺が何気なく言ったワードに反応して身を乗り出そうとしていた。しかし背丈が足りないので無理そうだった。


「確かに攻略はネットがありますからね、どうしても遅れちゃいますけど、けど、本でぺらっとめくるのがよかったのに。リニューアルした後のDVDとか楽しみだったのに……」

「今はもう、攻略なんかwikiで充分ですからね」

「そうなんですけど、なんかこう、味気ないというか……」


 気持ちは分からんでもない。そもそも今だってwikiとかそんな機能してないしな。攻略本の時代に戻りつつあるような気がしてならない。戻れ(願望)。


「俺、実家が島なんですけど、家がそういうのに厳しくてゲーム機なかったんですよ。だからともちゃ……叔母さんが持ってきてくれるゲームをこっそりやらせてもらったり、攻略本を読んでプレイしたつもりになってましたね」

「あー。でもそういう人いましたよー。アルティマニアみたいなのは読み物として面白かったですし。本の後ろの方に開発者インタビューとか載ってて、裏話をしてるんですよね。……おや、もしかして里見さんはゲームをおやりになる……?」

「下手の横好きですが」

「こういうのなんかもやったり?」


 管理人さんはかちゃかちゃとジェスチャーで何かやり出した。棒のようなものを指の間に挟んでいるような仕草だ。


「いや、エロゲーは、実はあんまり」

「どうしてそう思ったんですか! 違います。格闘ゲームですよ」


 あ、ああ、そっちか。


「ちょろっとやりますよ。新しい格ゲーはあんまりですけど」

「ほーん。……236」


 管理人さんが謎の数字を口にした。俺はしばし考えて、もしやと思うものを口にした。


「波動拳?」

「623」

「……昇竜拳」

「弱P 弱P 6 弱K 強P」

「瞬獄殺」

「341236421+BC」

「天覇封神斬……?」

「いいでしょう」


 よかったらしい。何がだ。


「皆さん、ゲームはやってても格闘ゲームはやらないって人ばかりで」


 あー。俺もそうだったりする。格ゲーって妙にハードルが高いんだよな。覚えることいっぱいあるし、対戦も勝てないからすぐに投げ出しちゃう。


「でもいいサンドバッグを見つけました」

「嘘でしょ? もっとオブラートに包んでくださいよ。というかそういうとこ! 格ゲーやってる人はなんか色々と優しさが足りない! 倒すだけなら人間じゃなくってCPUでもいいじゃないですか」

「どうせ倒すんなら人間を倒す方が気持ちいいじゃないですか」


 戦闘狂マニアックめ。

 管理人さんったら血の気が多い人だったのか。


「里見さん。今度ゲームで遊んであげてもいいですよ」

「頼み方―」



<5>



「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」


 管理人さんは俺が食べてる間、対面に座ってニコニコとしていた。


「えらい。残さず食べてくれました」


 俺は子供か。なんか悔しいけど美味しかったからな。


「どうですか。大学の日替わり定食よりかは美味しかったんじゃないですか?」

「おや、どうしてそれを」

「里見さんと同じ学校に行ってる方も多いですから。恐らく、お昼に食べたのはそれなんじゃないかと」

「……管理人さんって、負けず嫌いですか?」

「えー、そんなことはないと思いますけどねー」


 たぶん負けず嫌いだな、この人。


「あ、そうだ」と俺は財布を取り出した。管理人さんは不思議そうにしている。

「材料費をお支払いします」

「えぅ!? そ、そういうのは大丈夫ですから。犬飼さんから色々とその、多過ぎるくらい? もらってますので」

「でも」

「そもそも、里見さんは貧乏さんなのでは?」


 ドストレート! でもその通りだった。


「でも、一日三食おやつまでつけてもらっといてタダっていうのは」

「えっ、そういうことになってるんですか……?」


 俺の中では。


「えー? まあ、それくらい構いませんけど」


 うおおお管理人さん優しい! というかこの人って押しに弱い……? これはもう土下座したらエッチなことさせてくれるんでは?


「……ん?」


 管理人さんは何か思いついたような顔をしている。そしてニッコニコの笑顔を浮かべた。


「里見さんとしては、ご飯を食べさせてもらって何もしないのは居心地が悪いし罪悪感を感じるというわけですね」

「え? あ、まあ、そういうことになります、かね」

「ではこうしましょう。私のゲームの相手をしてください。それでチャラです」


 それだけでいいの? なんだそれ。ちょっとロリっぽくて正直そこまで好みではないけど可愛い女性とゲームで遊ぶだけで飯が食える……? ただのご褒美じゃないか。


「望むところとはこのことですね」

「合意とみてよろしいですか?」

「超オッケーっすよ!」

「そうですか」


 ん? 今、管理人さんがめちゃめちゃ怖い顔で笑ってたように見えたけど……気のせいだな!


「そういえば里見さん、何か本を読みたいんですか?」

「あ、そういやそうだった。八階の本を借りようかなーとも思ってるんですけど。あれって犬飼さんのですよね?」

「ええ。八階にあるものは全て犬飼さんのものですから」


 管理人さんはじっと俺を見た。俺のことが好きなのかな?


「あんな風に無造作に置かれてますけど、犬飼さんはコレクターさんなので、あそこの本も好き勝手に触らない方がいいと思いますよ」

「犬飼さんに許可を取るってのは?」

「聞くだけ聞いてみるのはいいと思いますけど、犬飼さんはお忙しい方なので、芳流閣にいらっしゃるのが珍しいくらいなんです」


 触らぬ犬飼さんに祟りなしか。いったい何をやってる人なんだろうな。


「よかったら私が何かお貸ししましょうか?」

「え、いいんですか?」

「いいですよー。ジャンルとか、何かお好みはあります?」

「や、何でもいいらしいので」

「らしい?」


 管理人さんが首を傾げていた。童女のように愛らしい。


「あ、いや、その、俺の中のリトル里見が何でもいいと言ってたので」

「また変なことを……分かりました。私の方で見繕っておきますね」

「お願いします」

「……本と言えば。確かに犬飼さんも色々とコレクションされてますけど、漫画で言ったら孝塚さんの方がすごいでしょうね」


 タカツカ?


「あら、里見さんと同じ学校に通っている女の子なんですけど。たぶんですけど、同い年の子だと思いますよ」


 知らねえ。島を出てから女の子の知り合いどころか人間の知り合いすらほとんどいないからな。あれ? なんか目の前が霞んできたな。


「孝塚さんいい子ですよー。お掃除を手伝ってくれたり、ハマーさんとも分け隔てなく接する奇特……珍しい方です」

「はあ……まあ、機会があればお願いするかもしれません」



<6>



 俺は部屋に戻った。金鞠は壁に背を預けて立っていた。


「ちょっとびっくりしたじゃねえか」

「驚かせて悪かったね」

「……あのさ。金鞠は飯とかどうしてんの?」

「別に。食べなくても死なないからね」


 やっぱお化けじゃん。


「いや、お化けだから死んでるのか……?」

「そもそも、あたしはお化けでも幽霊でもないんだけど」

「え、じゃあ何なんだよ」

「さあね」

「なんでそこをはぐらかすんだよ」


 金鞠はじろりと俺をねめつけた。


「知らない」

「もしかして覚えてないのか?」


 金鞠の目が見開かれた。


「何を」

「何もだよ。自分のこととか。だから話さないのかなって」

「変に勘が働くんだね」


 じゃあ、やっぱり。


「そうだよ」


 金鞠は観念したように手を上げた。


「ああ、覚えてないよ。ほとんど何もね」

「そっか」


 安心したぜ。金鞠には悪いが、彼女が何も覚えていない、知らないってんなら今までの話はフカシだ。俺の呪いも魔導書も嘘っぱちってことになる。つまり俺は呪われていない。


「いや、旦那さまの呪いのことは本当だよ」

「おい嘘つくなよ」

「ふーん。じゃあ、あたしが旦那さま以外の人に認識されてないってのはどういうことなんだろうね」


 ……確かに、金鞠はラウンジにいても空気みたいな扱いだった。彼女のことを誰も気にしていなかった。


「たまたまだろ。その、偶然お前のことが見えてなかっただけなんじゃないか?」

「あの管理人は見えてなかったじゃないか。じゃあ魔導書のことは?」

「アレだって気味悪い本ってだけで、本物の魔導書だとか、そんな証拠はないだろ」

「事故に遭って、火事になったんだろ。死にかけたじゃないか。それも偶然で済ますの?」


 俺は言葉に詰まった。


「魔導書を探しなよ」

「……なんで」

「旦那さまのためになるからさ」


 怪しい。

 というか、何一つとして信じられないし、信じたくない。しかしだ。俺は金鞠と言い合いしたり、押し問答するつもりもない。不毛だ。


「分かった。魔導書を探してもいい」

「どうして上から目線なのさ」

「俺は俺のために魔導書を探さない。金鞠のために探すからだ」

「あたしは別に頼んでないんだけど?」


 でも、俺をそういう風に仕向けた。


「何か理由があるんだろ。だから俺をここに呼んだんじゃないか。もしかして、魔導書があると、その、お前は助かるのか?」

「助かるって?」

「だから、記憶がないんだろ? それを取り戻そうとしてるんじゃないのか?」


 金鞠は黙り込んでいたが、ぽつりと呟いた。


「じゃあ、そうして。あたしのために探すんなら、好きなようにしなよ」と。


 俺は分かったと頷いた。

 魔導書なんてよく分からないもののために貴重な青春を無駄にするのは嫌だ。だけど、可愛い子のためならモチベも上がるってもんだ。妙な同居人ではあるが、金鞠はここで一人きりだった。島を出てほとんど一人だった俺と似たようなもんだ。俺は勝手にそう思ってる。


「素直にお願いしますって言えばいいのに」

「あたしは何も頼んでないからね。いい? 旦那さまが勝手にやるんだからね?」

「ああ、分かった分かった」

「その言い方は分かってないやつだ」

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