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何か双子みたい

<1>



 俺の朝は入念なストレッチから始まる。各種筋トレやジョギングを済ませて、もぎたてのレモンを齧りながら大学の講義の予習を終える。そうしてソシャゲのログイン、SNSのチェックをしながら齧りかけのレモンを手の中で弄ぶのだ。でも眠いからソシャゲのログインだけしといた。


「おはよう!」


 ベッドから跳ねるようにして飛び起きて、窓を開けて叫んだ。いい朝だ。今日はいい日になるに違いない。


「元気いっぱいだね、旦那さま」


 振り向くと、見覚えのない可愛らしい少女が、俺の新しい城の壁に背を預けてこっちを見ていた。誰? もしかして泥棒? でもこんな子にだったら俺の全てを奪い取って欲しい。でも今の俺が持っているものといえばツンドラ系ヒロインの心さえ溶かす愛嬌と貧弱な肉体くらいしかない。


「あ、あのう」


 揉み手しながら少女の反応をうかがっていると、彼女はふっと小さく笑む。


「昨日のことをすっかり忘れたわけじゃないと思うんだけど?」

「昨日の……あっ、和服のビッチ!」


 思い……出した! 俺を誘うだけ誘っといて身を翻したマタドールみたいな女だ。こいつのせいで俺は不審者に間違われるし、お腹殴られて冷たい目で美人さんに見下ろされるし、黒いドレスを着たマダムに飼われたりしたわけだ。


「ジャベリン、ありがとうね」

「どういたしまして」


 全部思い出したとなると気になることがある。俺がエロ催眠によって眠りに落ちる寸前、この片目隠し少女は妙なことを口走っていた。


「『旦那さま』って、どういうことなんだ」


 俺をそう呼んでくれるのはカメのアユミだけだと思っていた。


「ああ、つい癖でね。それに、あたしと旦那さまは主従の関係を結んだ仲なんだしさ。だったら旦那さまでもおかしかないだろ?」

「へー、初耳!」


 何だそれ。いつの間に結んだっていうんだ。つーか主従の関係ってそんな美味しくて淫靡な響きがする展開、俺は全く記憶にない。


「旦那さまが寝ている間に結んだからね」


 俺は思わず自分の下腹部を見た。少女はそんな俺を冷めた目で見ていた。


「言っとくけど指一本触れてないからね」

「じゃあ吐息とかそういう……?」

「……あんまりこういうこと言いたかないんだけど。もしかして頭悪いの?」

「打ち所が悪かったんじゃないかって最近言われるけど」

「そっか」


 少女の目は優しかった。


「仕方ない。あたしに選ぶ権利はないみたいだからね」

「何が?」

「何も。あたしは金鞠かなまり。旦那さまの名前は?」

「里見八総。カナマリっていい名前だな。何か双子みたいで、一粒で二度おいしい感じがする」


 金鞠。そう名乗った少女はベッドの縁に腰かけて、挑むような目つきで俺を見上げた。


「ていうか、他に気になることはないの?」


 そりゃあ色々ある。なんかちょっと女子特有のいい匂いがするなあとか、俺のことをどう思ってるのかとか、着崩した和服ってエッチでいいよねとか、足触ってもいいのかなとか、三○無双8は早くエンパイアーズを出すんだどっちかと言えばシステム的にはそっち出すべきだろとか。


「董伯ちゃん可愛すぎない?」

「呪いのことだよ。もしかして本当に覚えてないの?」


 の、呪い(超怖いイタチが『きしゃああ』と威嚇しているイメージ映像が浮かんだ)?

 よせよ。そういう怖い響きの言葉をチョイスするのは。自慢じゃないが俺はホラーが苦手だ。ともちゃんは秘密基地で『見てみ見てみ貞子と伽椰子どっち勝つと思う?』 『水を飲ませる除霊シーンは百回見ても百回笑うわ』とか『やっぱ白石監督最高やわ。さ、次はカルト見ようねー』とかげらげら笑っていたが(流石にカルトの後半は俺も笑った)、俺にホラー耐性はほとんどない。デバフガンガン入れられまくるレイドボスの屑。


「じ、地○少女の映画化を担当するのはどうかと思う」

「覚えてないみたいだね」

「いや、そういや寝る前にそんなことを聞いたような」


 金鞠はじっとりとした目つきを俺に向けてきた。


「で、呪いって何?」

「死の呪いだよ。魔導書にかけられた強い呪いさ」


 うおおお怖い! でも魔導書ってすごく14歳の心をくすぐる!


「俺にも魔法が使えるのか? ファイアとかステータスオープンとかシャイニングトラペゾヘドロンとか使える?」

「使えない。旦那さまにかけられたのは《余命一年くらい》の呪いだよ」

「《くらい》てなんだよ」


 どうせならもっとキリのいい呪いをかけろ。


「だいたい魔導書って何? 俺そんな不思議アイテム知らないんだけど」

「魔力……不思議な力が宿った本のことだよ」

「いや、まあそれは何となく分かるんだけど。そもそも、どうして俺がそんなもんに呪われなきゃいけないんだ?」

「あたしにも分からないよ。でも旦那さまの顔にはっきり書いてあるからね。『呪われてます』って」


 え? 俺は鏡を探したが見つからないので、窓に映る自分を確認した。うーん、かっこいい。


「どこにも書いてないけど……」

「そりゃ嘘だからね」

「タチ悪いぞ」

「嘘は言ってないけどね。旦那さまが呪われてるのはホントだよ。証明する手立てはないけど」


 いきなり呪いとか言われてもな。


「その呪いをほっといたら、俺は一年くらいで死ぬんだな?」

「ああ、そうだよ」


 正直信じられない。

 一年か。一年で死ぬのか、俺は。でも一年後のことなんて分からねえ。一年とは言わず明日にだって車に轢かれて死ぬかもしれないし、火事で焼け死ぬかもしれないし、不審者に間違われてボコられて死んだかもしれないし…………。なんか、ここ最近はツイてないような気はするけど。もしや呪いの影響?


「その顔、心当たりがあるみたいだね」

「なくもない。でも呪われるいわれなんか……」


 いや、待てよ。

 魔導書……本……?


「俺はビデオ屋でバイトしてるんだ。チェーンじゃなくて、個人でやってる。ヒゲがチャームポイントのナイスミドルのおっさんが店長でさ。中古の買い取りとかもやってて。ビデオとかDVDだけじゃない。買い取るのは、本も。……俺がここに来る前、家が火事に遭うちょっと前、客が来たんだ。色々と持ってきてね、買い取ってくれって。で、その中の一冊、妙な本があった。エロ本じゃなかった。気味が悪い装丁で、なんか、何語か分からないけどホラーな感じの本でさ。ページも破けてたし、表紙にも人の皮みたいなのが貼りつけてあった」

「魔導書じゃなかったら何なのって感じの本だね。それをどうしたの」

「買い取った。一円で。客も承諾したし。でも店長に見せたら『ひえええ気持ち悪いから処分しといてくれよ! なんだよその魔導書みたいな本は! そんなの店に並べてたら呪われちゃうよ!』 って。だから俺が持って帰ることにした」

「……持って帰ってどうしたのさ」

「ケツを拭いた」

「なんだって?」


 だからウンコした後、その本のページで尻を拭いたんだって!


「ちょうど紙が切れてたし、もうこれでいいかって。固い紙だったからお尻がヒリヒリしたけど」

「本の残りは? 全部使ったわけじゃないんだろ?」

「さあー? 火事で焼けたんじゃないかな? まあ、本に呪われる心当たりって言ったらそれしかないかな。でもそんなんで呪われるはずないよな」

「たぶんそれだね」

「ウッソだろ!?」


 そんなんで呪われるのかよ!


「旦那さま。自分に置き換えて考えてみなよ。安く売られて、自分の体でお尻を拭かれて燃やされて……そんなことされたらどうする?」

「美少女なら嬉しいかもしれないけど」

「相手が冴えない男なら?」

「呪う」

「答えは出たみたいだね」


 えー……つーか魔導書ってそんな普通にあるの? 売りに来る客も客だが、売られる魔導書もどうかと思う。


「呪いを解くにはどうすればいいんだろう」

「さあ、一口に呪いと言っても色々あるからね。旦那さまに呪いをかけたのがどんな魔導書だったかによるよ」

「燃えちまったんだけど」

「探すしかないね。魔導書を売ったやつを捜すか、焼け跡を調べるとか」


 うーーーーーん。めんどくさいなあ。


「今、めんどくさいって顔してるよ。死ぬんだよ? 旦那さまは未練ないの?」

「すぐには、その、色々と信じられないしな」


 魔導書とか呪いとか、全部金鞠が適当に言ってるだけかもしれないし。そもそも、彼女は何者なんだ。


「金鞠は? このマンションの住人なの?」

「そうとも言えるね」

「この部屋に住んでる……?」

「そうとも言えるね」

「えーと、何歳? つーか、何者?」


 金鞠は真顔でこっちを見上げた。


「魔導書の精霊、みたいなもんかな」

「あはは、なんだそれ」

「あたしの姿が見えるのは魔導書に触れたやつだけなんだ」


 犬飼さんの言葉が脳裏をよぎった。


「だから、あたしが見える旦那さまは、あたしと出会う以前に魔導書に触れてるんだよ。たいがいの魔導書は人を呪う。だから旦那さまが呪われてるって言ってるのさ」


 絶句した。いや、まさか、そんな……。


「さあ、どうする旦那さま?」

「あ、あの」


 俺は、


「トイレはどこかな?」


 とりあえず今は何もかもを忘れることにした。



<2>



「ここは普通のマンションとは違うって言ったよね」

「うん」

「ここはね……」


 俺の新たな住まいとなったマンション。名前は『芳流閣ほうりゅうかく』。俺は自分にあてがわれた部屋をしょっぱいと評したが、それは違うと金鞠に正された。

 俺たちは今、エントランスに立っている。金鞠にここを案内してもらうためだった。


「このマンションはソーシャルアパートメントっていう形のマンションなんだよ」


 ソーシャル?

 なんかあったらすぐ炎上しそうな名前だ。今の時代、何でもかんでもソーシャルとか言いたがるよな。


「よく分かんないけど、シェアハウスだっけ? アレとは違うのか?」

「ちょっと違う。あれは一軒のお家を皆で共有するけど、SAソーシャルアパートメントは一人部屋にラウンジとかの共用のスペースがあるんだ。要するに。シェアハウスにプライベートな空間がついてるって感じかな。それでいて人と人とが出会う場所も用意されてる」

「……ああ、だからトイレも風呂も部屋になかったのか。それも共用ってこと?」

「そうだね。人間ってのはおかしな生き物だよね。人と出会いたがるのに、一人きりでいたいって時もあるんだから。ともあれ、その適度な距離感を保ちたいって人のニーズに応えたマンションだってことさ」


 まあ、俺もシェアハウスとかあんまり好きくないしな。テレビでそういうの見るのはいいけど、自分でそこに住むとなると、ちょっと、な。分かるだろ?


「ちなみに金鞠はずっと俺の部屋にいるつもりなのか? だとしたら俺にはプライベートな空間がないってことになる。SAじゃないような気がするんだけど」

「そこの入り口のオートロック、昨日外してあげたのもあたしなんだ」

「あっ、そうなの? へえ、その節はどうも」

「気にしないでいいよ。それじゃあ、次はラウンジに行こうか」

「あの、ところで金鞠さんは」

「ラウンジには色々あるよ」

「えー、何があるのー? 見たい見たーい!」



<3>



 芳流閣の共用スペースには150平米のラウンジがある。ダイニングテーブルにアイランドキッチン。ビリヤードや大型のテレビもある。窓際にはふかふかのソファがいくつかあり、そこで談笑するのもよし。

 ラウンジ以外にもシアタールームやスタジオ、Wi-Fiがばっちり飛び回っている作業用のスペースもあるそうだ。

 今、ラウンジには誰もいない。月曜とはいえド朝だしね。


「夢のような場所じゃないか。なんかホテルみたい」

「旦那さま一人の場所じゃないけどね」

「これ、俺も使っていいの?」

「もちろん」


 うわーすげー。とりあえずシアタールームでアニメ見たいしゲームやりてえ。


「とはいえこういった場所にはルールがあるからね。あたしも詳しくは知らないけど」

「へっへっへ、そうっすね」


 なるほどな。それぞれの個室はそうでもないけど、マンションの住人で共用するものは高級志向だ。昨日、俺を追っかけていた人たちも年齢層は高めだった。2,30代の……男女比率は6:4くらいだったかな。シェアハウスや安アパートと違って家賃は少し高めかも。俺のような学生は少ないだろう。


「何となく把握できてきたぜ」

「そりゃあよかった」

「ところでお台所を見てたらお腹がすきました」


 俺はキッチンに近づき、ドでかい冷蔵庫を開けた。しかし、中身は空っぽに近い。ほとんど何も入っていない。金鞠は俺と同じように冷蔵庫の中を覗き込む。


「ラウンジとか、共用のスペースに私物は置けないんだよ。置いてたら管理人とか清掃の人たちに片づけられるし、置いてても誰かに使われたり、取られたりするんだ」

「カナマリ的にオールオッケーなのそれ?」

「あたしは知らないけど決まりだからね。そうなってるんならそうしないと。郷に入っては……って言うだろ?」


 俺の腹がぐうと鳴る。今ならピンクの悪魔くらいメシを食えそうだ。昨日から何も食べてないしなあ。


「食材があれば何か作ってあげられるんだけどね。おつまみとか」

「つまみか」


 俺はお酒があまり飲めないけど、お酒のつまみは好きだ。味が濃くてご飯が進むくん。

 冷蔵庫を閉めると『んあああああ』という声が聞こえた。


「ちょっとー! お部屋にいないと思ったらこんなとこにいたんですかあ!」


 おや。見覚えがあるちっこい女性だ。童顔だし、下手すりゃその辺の鞄にでも入りそうなくらいちっこい。ミディアムなヘアーの先がくるりとカールしている。もしかしたら寝ぐせかもしれない。女性はパリッとしたスーツを着ていてその上からエプロンをつけている。小学生がままごとしてるみたいで可愛い。


「もーっ、どうして朝早くから動いてるんですかっ、もー、もーう!」


 ぷんすか怒っているがおよそ年上とは思えなかった。しかも早起きを怒られていた。


「えーと? お母さんとはぐれたのかな?」

「子供じゃありません! 私は大屋おおやです」

「ああ、大家さんでしたか。家賃は御主人マイマスターである犬飼さんにツケといてください」

「あっ、勘違いされてる……あの、私は大屋は大屋でも大家ではなくてですね。あっ、一応マンションの管理者みたいなものなんですが」


 だったら大家さんでいいじゃないか。


「名前が大屋なんです。紛らわしいから管理人さんって呼んでくださいね」


 管理人さん。

 なんかそっちのが響き的にいいな。


「それで管理人さんはどうして俺を捜してたんですか。もう俺のことを好きになりかけてる感じですか」

「ははっ」


 管理人さんは大人っぽい愛想笑いをした。俺、そんな乾いたことをするくらいなら大人になんかなりたくないよ。


「ここのことを何も知らないだろうから、案内して差し上げようかと。犬飼さんにもよろしくって頼まれてましたから。野放しにしてたら危なそうな人ですし」

「しっかり俺を掴まえててくださいね。離したら嫌ですよ」

「えーと……ここは芳流閣ってマンションでですね。実は、普通とは違う作りになってましてー」

「ソーシャルアパートメントってやつですよね。略してソー」


 武器はムジョルニア。


「え? ええ、よくご存じで……それから」

「共用スペースのラウンジにシアタールーム、スタジオやワーキングスペースなんかもあるんですよね」

「あ、はい」


 管理人さんはぽかんとしていた。それから気を取り直してここのルールを説明し始めた。


「それでですね。一番大事なのは」

「共用スペースに私物を置かないってことですか?」

「なんで先に言うんですかっ。というかどうして知ってるんですか!」

「どうしてもこうしても」


 俺は、傍にいる金鞠に視線を遣った。


「全部こいつに聞いたんですけど」

「えっちょっとやめてください。どうして何もないところを指差してるんですか」


 ん?


「いや、あの、ほら、この子が見えてないんですか?」


 俺は何度も金鞠を指差す。管理人さんの顔色が徐々に悪くなる。


「ああああやっぱりあの部屋のせいで……」

「やっぱりって! やっぱなんかあるんですか!」

「い、いや、その、あるっていうか、いるっていうか」

「何がいるんですかっ」


 ぐいっと詰め寄る。その際、俺は管理人さんの両肩を掴んでしまったが不純な動機とかそういうの一切ないから。


「ひどいよ! もういいよ、私ここに住むのやめる!」

「あ、どうぞ出て行ってください」

「引き留めて俺のマイハート!」


 管理人さんはぺいっと俺の手を払った。


「触らないでくださいマイショルダー!」

「ああ、ノリがいいのか悪いのか……とにかく、管理人さんならちゃんと教えてくださいよ。でないとしかるべきところに訴えます。いいですか。俺には犬飼さんがついているんですからね」

「うっ」


 ここぞとばかりに犬飼力を行使する俺。こうかはばつぐんだった!


「……実は、このマンションが建ってから、ずっと心霊現象が確認されているんです」

「ひっ……!」


 自慢じゃないが俺はホラー的なものと提供割合が表示されていないガチャを恐れている男だ。心霊とあっちゃ恐れないはずがなかった。ちょっともう、漏らしてしまいそう。


「マンションの至る所で人影、人魂のようなものが見えたり、物が独りでに動いていたり、やたらラグい相手としかマッチングしなかったり、当たり判定が急に大きくなったり、壁の中にめり込んだり、誰もいないのに声だけが聞こえたり……」

「ふざけんなオルルァ! そんなところに人を住まわせてんのか!」

「大きな声で脅かすのはやめてくださいよう」


 くそっ、ここはお化けマンションだったのか。冗談じゃない。こんなところにいられるか。俺は自分の部屋に帰る。


「まったく。どんなクリーチャーが出るって言うんですか」

「見ちゃった人によると、それがどうも女の子の幽霊みたいで」

「詳しく」

「えーと、確か、着物を着てて、髪は金色っぽくて、片目が隠れてて……格好だけならちょっと浮世離れしてるらしいんですが」

「へー」


 たぶんそいつ、管理人さんの近くにいますわ。ていうかすぐそこでダブルピースとかしてますわ。

 なるほど。金鞠の話も全くの眉唾ってわけじゃないのかもな。管理人さんが俺をハメようとしていないのであれば、金鞠の姿が俺以外に見えないってのは本当らしい。となると魔導書や呪いの話も本当なのかもしれない。それは困る。


「と、とにかく、お願いですから犬飼さんに告げ口とかするのはやめてもらえませんか?」

「ん? 今何でもするって」

「言ってません!」

「しかし管理人さんは犬飼さんを恐れているようですね」

「まあー、そのう……」


 管理人さんは人の目を気にしながら犬飼さんのことを喋ってくれた。つーかめっちゃ喋った。

 犬飼さんは八階フロアを一人で貸し切りにしているだとか、ここのオーナーの関係者だとか、やべえやつの弱味を握っているとか、格ゲーだったら一発で厨キャラ選んじゃう感じの人だとか、そういったことを喋ってくれた。


「すごい絶大なパウワを持っていることは分かりました」

「そうでしょうそうでしょう」

「そんな人が俺のバックについているということも分かりました」

「うっ、そこに気づくとは……!」


 アホでも気づくわ。

 しかしまあ管理人さんに恨みはないし、幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつだったし、そもそもお化けごときでここを出てっても次に行くところなんてないわけだし。


「管理人さん。俺は全てを許します」

「おお、なんと懐の広いお方なんでしょう」

「誰を愛そうが、どんなに汚れようが構わぬ。最後にこのヤツフサの横におればよい!!」

「わー自分勝手ー」

「とりあえずお腹減ったんですけどどうにかなりませんか……」


 調子こいてたけどそろそろ体力ゲージが点滅しててやばい。


「ふふふ、大丈夫ですよ。しばらくの間、そういうのも犬飼さんから頼まれてましたからね。里見さんは食べられないものとかありますか?」

「なぞなぞですか?」

「ご飯を作ってあげると言っているんですが」

「ありがとうございます。これで犬飼さんに媚びが売れますね」

「人の好意は素直に受け取ってくださいよ!」



<4>



 It was good。美味かったよ。

 お手伝いの梓さんと比べるのは気が引けるが、管理人さんの朝ごはんも中々に美味だった。でもヤツフサ的には朝は和食がよかった。そんなことをストレートに言ったらさすがにやばいので思うだけにとどめておく俺は最強だと思う。

 管理人さんは洗い物をしていた。ここの生活において、水回りの清掃は管理人さんたちがやるらしく、俺たち住人は自分の部屋だけを掃除していればいいらしい。


「里見さん、必要そうなものはお部屋に届けておきましたからね」

「……必要?」

「服とかですよー。それから歯ブラシとか日用品も」

「わー、ありがとうございます。何か俺、こうして洗い物している管理人さんと話してると、夫婦って気がしてきます」

「100パー気のせいですよー」


 俺の私物というか、荷物はほとんどない。非常に助かる。あとは漫画とかゲームとかフィギュアとかよろしく。


「ごちそうさまでした。それじゃあ俺は部屋に戻ります」

「おそまつさまです。里見さん、お箸の持ち方とかめちゃめちゃ綺麗ですね」

「管理人さん。寂しくなったらいつでも来てくださいね。鍵は開けておきますから」

「ははっ」


 軽くあしらわれた。俺はすごすごと部屋に戻る。そうして、金鞠と二人きりになった。


「マジで俺にしか見えないのな」


 朝ご飯を食べている間、管理人さん以外の人もラウンジに顔を出していた。金鞠はその間もラウンジにいたが、誰も彼女を気にとめていなかった。いないもの扱いされているアナザー的な展開なのかもしれないが、さすがに不自然過ぎるし、意味なさそうだしなあ。

 金鞠はベッドの縁に腰かけて片膝を立てた。俺はめくれ上がった裾の中身を見たくてしようがなかった。


「だから言ったじゃないか」


 マジかよ。呪いのことが現実味を帯びていくじゃねえか。


「うわー何も聞かなかったことにしてえー」


 こいつマジで何者なんだよ。誰なんだよ。ホントに魔導書の精霊とか言うラノベ的存在なのか? ……よし。何も聞かなかったことにしよう。

 俺は、管理人さんが届けてくれたであろう服や下着に着替えて(サイズがジャストフィットで怖い)、大学に行くことを決めた。留年はほぼ確定的だが一縷の望みはある。


「出かけてくる。金鞠はその間どうするんだ?」

「どうもこうもないよ。あたしはこのマンションから離れられないからね。ここでごろごろしてるさ」

「いいなあ、それ」


 こいつ帰ってきてもここにいるんだろうな。俺のプライベートはどこへ。

 呪いのことは気になるが、それより先に大学だ。留年の危機にあるが俺には正当な理由がある。ゴリ押しでどうにかしよう。まずは大学。それから……一応、バイト先であの魔導書を売った客のことを調べよう。あと、念のためにアパートの焼け跡を見ておくか。何か残ってるかもしれないし。


「じゃ、行ってくるかな」

「ああ、いってらっしゃい、旦那さま」


 金鞠がふりふりと手を振ってくれた。ちょっと嬉しい。



<5>



 芳流閣は駅前にある。俺の通う大学もそこから近い。これは素晴らしいアクセスだな。俺はウキウキ気分で大学の学生課の窓口に向かい直訴した。生徒相談室でも直訴し、件の講義を担当している教授を喫煙所で見かけて直訴した。全然話を聞いてくれないので途中でめちゃめちゃ速いシャドウボクシングやエアCQCを披露していると教授がなぜだか焦り出した。


「とんでもねえやつに絡まれちゃったなオイ」

「何とかなりませんかね。留年がばれたら俺、とんでもないお仕置きを喰らっちゃうんですよ」

「君、何回生?」

「一回生です」


 俺がそう言うと教授は笑った。俺もつられて笑った。


「何が可笑しい!」


 人生がかかってんだぞこっちは! ティンベーとローチンを駆使した基本戦法使うぞ!


「いや、一回生ならまだ大丈夫だって。来年また同じ講義受ければいいんだから」

「……えっ、間に合うんですか?」

「うん。余裕余裕。必修科目の講義を受ける四回生も結構いるし」


 なーんだめっちゃ安心したわ! 全然余裕じゃん!


「やったー後顧の憂いがなくなったのでこれで安心してヤリサーとか探せます!」

「なんて無邪気な顔で不純なことを口走るんだ君は。大学生の鑑みたいなやつだな!」

「俺はテニスとかが怪しいと思うんですが」

「いや最近はアレだよ。オタク系のサークルがやばいよ。性に奔放な若者が集っているよ」


 俺は大学生と言えば最高に頭が軽くて猿みたいに楽しい生活を送っているのだとばかり思っていた。しかし実際は入学からきつきつの時間割が組まれて朝から晩まで講義講義、講義の嵐だ。学校が終わればそこでようやくサークル活動やらに精を出せる(隠喩)んだろうが、俺は実家からの仕送りがほとんどないのでアルバイトしなきゃいけなかった。つーか遊んでる暇なくね? 遠方から来てるやつは大学と家の往復以外に何もできないらしいしな。


「現代視覚文化研究会みたいな、冴えない彼女を育てる的な、そういうのがあると思ってます」

「ないよ。いいかい君ィ、オタク趣味の学生は多いがクリエイティブなとこまで昇華させるオタクの数は限りなくゼロに近いよ。そういうやつは一人で勝手に作ったりするから温いサークルには入らんね」

「だったらその手のサークルの人らは何してるんですか」

「なんかこうアレだよ。部屋でダベってるだけだよ」


 そんな! だったらわざわざサークル活動としてやらなくてもいいじゃないか!


「だいたいもう大学も後期に入ってるし。サークルもメンバー固まってるでしょ。夏休みで色んなこと経験して結束固まっちゃってるでしょ。今更君が入っていっても蚊帳の外気分を味わうだけだよ」


 教授はがははと山賊みたいな笑い方をして去っていった。



<6>



 それでも俺は諦めきれずに同好の士を捜したが特にいいのは見つからなかった。俺はセンシティブでクリエイティヴなことがしたいのだ。食堂で今期のアニメを何話で切ったかなんて話など……したい! 駄弁りたい! Twitterで一人虚しくアニメ実況するのには飽き飽きだ! 日常系アニメのゆるい部活みたいなんやりてえ! 芳文社系作品の登場人物になりてえ! 人と繋がりたい(直喩)!


「もしくはワ○マガジンの世界に行きてえ」


 あそこなら16ページくらいで人と繋がれるもんな。

 そんなことを考えながら喫煙所のベンチで寝転がっているとチャイムが鳴った。もう昼時だ。学生たちが食堂の方へぞろぞろと集まっているのが見える。その中にひときわ衆目を集めるグループがいた。いわゆる陽キャグループだ。講義には出ず陰キャに代返を頼み、出ても後ろの席で楽しそうにおしゃべりをし教授に注意されればウェーイwwと返し、学校が終われば宅飲みウェーイwwwのスクールカーストの上位に君臨する人たちである。俺の生まれ育った島にはああいう感じの人間がいなかったからカルチャーショックだった。恐らくだが俺とは体や頭の作りが違う。宇宙から飛来した物質によって生まれたイレギュラーなんだと思う。どうしてイレギュラーは発生するんだろう? お腹減った。

 俺も学食に向かった。トレイに日替わり定食を乗せて二階に上がる。さすがに混んでるが、なぜかとあるテーブルには人が寄りついていなかったのでそこに座った。結界でも張られてんのかな。ラッキー。

 ランチタイムに興じていると、食堂中に響き渡る楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「えー? ちょっとそこー、うちらの席なんですけどー?」


 ギャルっぽい恰好をした女性が俺をガン見していた。


「え? 無視とかウケるんですけどwwww」


 どうやら俺のことを指して笑っているらしかった。そうこうしているうちに、ギャルの友達が続々と合流していき、いつしか俺は陽キャグループに囲まれていた。


「ここうちらの席だから―、どいてくんない?」

「……? 誰もいなかったし、ものも置いてなかったけど?」

「いや、そういうんじゃなくてー」


 じゃあどういうことなんだ。俺は食事を続ける。邪魔したらしばき回すぞ。


「うっ、こいつなんて目でこっちを見てんだ……!」

「ひっ、なんでこの人がここに」


 ともかく、飯を食いながら彼らの話を聞いていると、ここのテーブルはずっと前から彼ら専用のような場所なのだということが分かった。道理で誰も近づかなかったわけだ。『空いてるじゃんラッキー』と間違えて座ったら今の俺みたいに囲まれてしまうわけだ。そら誰も近づかんわ。


「だからどいてくれって」

「つーかこいつ魚の骨めっちゃキレイに取ってね?」

「超マナーいいよね」

「なあわざとだろ? そんな時間かけて食べるとかありえなくね?」


 落ち着かないな。


「分かった。分かりました。食べ終わったらすぐにどっか行くんで、あと少しだけ待ってください」

「早くしろよ」

「うん」

「くそっ、こいつめっちゃ咀嚼するじゃん。牛かよ」


 なんか、人に見られながらご飯を食べるのって妙な気分になってくるな。ちょっと興奮してきた。


「いやー、お待たせお待たせ」

「たくよー」


 俺は席を立ちあがった。美味しかった。なんか、いつもは一人でご飯食べてたから、誰かと一緒に食事するのって新鮮な気分。


「やっとどきやがった……なんなんだこいつ」

「ああっ!? もう昼休み終わるし!」

「は!?」

「うわっ、あいつもういなくなってるし!」

「しかもさっきのやつ自分のトレイ置きっ放しじゃん! 私らが片づけんのこれ!?」



<7>



 さーて、午後の講義はどうしようかなー。とりあえず留年の危機は免れたし(免れてない)、今日はもういいか。お祝いだお祝い。しかし呪いのことも気にはなる。バイト先に行ってみるか。魔導書を売った客のことが何か分かるかもしれない。ここ最近、店に顔出してなかったし。店長の髭でも見に行くとするか。


「こんちはー!」


 そうと決まれば善は急げというやつで、俺は大学を出てダッシュでバイト先に顔を出した。店長はいつも通りの髭だった。


「あい、いらっしゃいま……あれ? どうしたの君?」

「暇なんでバイトに来ました」

「えっ……? いや困るよそれは」

「俺の方が困りますよ」

「そうじゃなくって、君さ、自分が何やったか分かってる? 一か月以上も無断欠勤してたわけだからね? 確かに怪我して血ぃだらだら流してたのは可哀想だけどさ、それから音沙汰ないって『ああこいつ飛んだな』って思うのは無理からぬことだからね!」


 確かにその通りだ。


「俺が全面的に悪いです」

「ああ、素直に認めるんだ……それならいいけど。いいかい。もう新しいバイトの子も雇っちゃったし、君はアレ、ほら、もうクビにしたから」


 マジかー。仕方ないな。それはそれとして魔導書のことを調べないと。


「分かりました。今までお世話になりました」

「うん」


 俺はカウンターの中に入ろうとする。それを店長が止めにかかった。


「ちょっと! 嘘だろ俄かには信じられないことをしたよ君! クビだっつって『分かりました』っつってどうして店の中に入ろうとするのかな! ここは関係者以外立ち入り禁止だから!」

「いや、ちょっと……前に本を売ったやつのことを調べたくて。データとか残ってますよね?」

「君には何か決定的なものが欠けているとしか思えないね! 君と話してると俺の中の常識とか倫理とかが書き換えられていくような気がしてならないよ!」

「寝取られ的な意味合いですかそれ?」

「とにかくもう帰ってくれ!」


 困った。店長は俺のことを中に入れたくないらしい。しかし俺にも事情がある。


「実は俺、呪われてるんです」

「何に!? 俺は今自分の運命を呪っていたところさ!」

「ほら、あの魔導書みたいな本のことですよ」


 店長はぴたりと止まり、そして目を大きく見開いた。


「あのヤバそうな本か! それ見たことか! やっぱり呪われたんじゃないか! って、ええ、マジで呪われてんの?」

「呪いとは直接関係ないかもしれませんけど、あの本でケツを拭いた次の日に車に轢かれて家が火事になりました」

「それだよ! それしかないよ! 関係大ありじゃないか。君、今までよく生きてたね」

「昨日まで入院してたんで連絡できなかったんです」

「そうなるとますます君を遠ざけたくなるね。呪いに巻き込まれるのはまっぴらごめんだ」

「店長。俺は週四でシフトに入ってましたよね」

「ああ、そうだね。それがどうしたんだ」

「俺をクビにしたら週七で店に来ます。店長のいる時間帯を見計らって」


 店長の顔が引きつった。


「脅迫だよ! れっきとした脅迫だよそれは!」

「人の生き死にがかかってるんですよ!」

「知らないよ!」

「うまるちゃんに謝れ!」

「なんでだよ! 俺じゃないよ!」


 それから長い間押し問答をしていたが、持久力で勝ったのは俺だった。


「……もういいよ、分かったよ。君の熱意には負けたよ。そういえば君を採用したのもそういう意味の分からない前向きさを買ったんだっけって思い出したよ」

「またお世話になります。それであの本を売った人のことを調べたいんですけど」

「本当はアレ、お客様のプライバシーとかあるんだけど、まあ事情が事情だからね」


 俺と店長は魔導書を売った客のデータに辿り着いたが、なんと偽造されたデータであった。電話番号も住所も何もかもが嘘だった。そのような人間はこの世にいないらしいということが分かった。


「これはかなりドン引きだよ。半信半疑だった呪いのことがマジっぽくなってきたね」


 俺もかなりドン引きしている。


「けど、あの本を売った客には見覚えがあるんだよね。常連とまではいかないけど、前にも何度か来てたと思う」

「そうなんですか? じゃあ今度店に来たらそいつを取り押さえましょう。一緒に」

「さらっと俺を共犯者に仕立て上げないで欲しいんだけど」



<8>



 魔導書を売ったやつのことは分からなかったが、とりあえずバイトには復帰できた。ここまで来たついでに、俺はアパートの焼け跡まで足を延ばした。

 もうすっかり何もかもなくなっているのかと思いきや焼け跡はそのままだった。解体するのにも金が要るだろうし、放置されているようだ。今となってはオンボロアパートでの生活も楽しかったなあ。

 俺はその辺を漁ってみるが、やはり手がかりになるようなものは見つからなかった。火の海に呑まれた美少女フィギュアがエイリアンみたいな姿になってるのを発見できたくらいで、魔導書の燃えカスすら見つからない。目ぼしいものならとっくに持っていかれてるだろう。


「手がかりなしか」


 焼け跡には何もない。

 バイト先でも情報を得られない。

 あとは……いや、よくよく考えてみたら金鞠が怪しいよな。あいつなら他にも何か知っているかもしれない。そもそも魔導書なんて訳の分からないことを言い出したのは金鞠なんだ。

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