宿命は見放さない(戦闘回)
エルが空中に巨大な閃光を発生させるしばらく前の事。
ムギはトラウトと呼ばれる仏像顔の男との戦闘に興じている。
この男は見た目通り動きが遅く、ムギはせっかくなので気道の修行に使えるとばかりに気道の技のバーゲンセールを展開していたが、残念ながらどれもこれも有効打とはならなかった。
ムギは「あの人ならこんな奴目じゃないんだが……」などと思いつつも自身の未熟さを理解させられる。
――どうやって倒すかなコイツ……俺ってマジでガストラフェテス頼りの男なのか?……。
ムギはガストラフェテスが無い事で自身の弱さに悶々とする。
ガストラフェテス。
実はこの武器、当初ムギは使っていなかったのとロラン本人も「そこまで威力がある」とは思っていなかった代物。
ロランはあくまでこの武器を「魔獣などに攻撃を食らわせて怯ませた間に逃げるための個人が携帯する生存戦略武器」として位置づけ、バカみたいにエネルギーを消耗する代わりに逃げの一手としてのストッピングパワーを確保したつもりだった。
だが、今ではアークの移民の代名詞とも言える必殺武器となっており、開発者たるロランが想像するよりも遥かに高い威力を誇っており、いつの間にかムギはそれにばかり頼るようになってしまっていた。
ムギにとっては「この武器が通じない時、初めて逃走することを考える」ぐらい信頼されていた武器を失っている今の状態は最悪といって他になく、
未熟な気道は鍛え上げればガストラフェテスすら目ではないような恐ろしい威力の攻撃が繰り出せるものの、ムギはまだ鍛えている途中で次第に成長はしていたがそこまでの威力の攻撃を繰り出す事が出来ない。
それでも同じ気道の使い手からは「わずか2年程度でここまでの技の精度を誇るなんて凄まじい成長速度だ」と言わしめるほどであったが、残念ながらトラウトを倒しきる力は無かったのだった。
ムギには今、1つとても不安な事がある。
彼らがストゥルフの者を名乗る事だ。
既に崩壊した国とはいえ、国がこちらに牙をむけるという事実はムギにとっては最悪の展開。
もし仮にストゥルフが復活したとしてお尋ね者となったら全てが崩壊する。
――これも宿命って奴か? 俺の動かした天秤を戻そうとしているのか……。
頭の中に不安がよぎるムギは何度も立ち向かって攻撃を繰り出すものの、トラウトは瞑想するかのごとく防御の姿勢で全ての攻撃を無効化するようになっていた。
『アークの移民殿、どいてください! 食らえッ!』
ムギの苦戦を見かねて武装警察の者達が援護に入る。
対魔獣用の武器を用意した武装警察は、対物ライフルのようなガス圧式の発射機を用いると、高速弾をトラウトに向かって射出した。
しかし、ここで初めてトラウトは魔力障壁を展開。
圧倒的防御力はムギすら上回っており、高い圧力の魔力障壁は高速弾を押さえ込む。
『チッ……(これじゃHVPでも駄目そうか)』
武装警察の武器がまるで歯が立たない様子を見たムギは時間を稼いでエルと合流するまで耐えることを考え始めた。
エルならあの男に負けるはずがないと思えるし、この男を倒すだけの力もあると考えていたからである。
だがトラウトはそんなもの待つわけがなく、「フン」といって強烈な衝撃波のようなものを繰り出し、武装警察を一蹴するとムギに対して攻撃を繰り出した。
近接戦闘では分が悪いと考えたトラウトはムギに接近すると、先ほど繰り出した衝撃波を食らわせてムギを吹き飛ばす。
無論、その程度でダメージを受けるムギではなかったが、吹き飛ばされて着地した地点で膝をついてしまう。
その様子を待ってましたとばかりにトラウトはなにやら手を合わせて祈るようなしぐさを見せ、
そして突如として巨大なビームのような閃光がトラウトの背後から高速で近づいてきた。
ムギは回避する事が出来ず魔力障壁を展開するも、そのまま閃光に飲まれて郊外の方へとビームに飲まれて消えていったのだった。
『≪ストゥルフの裁き≫では死なぬか……これほどの魔力障壁を見たのは久々だ……ならば……』
ムギの生存をなにやら感知したトラウトはそのままドッシドッシと衝撃波のようなものを纏いながらやや鈍足な脚ぶりで駆け出していく。
足が接地する度に衝撃波がほとばしり、地面がえぐれ、周囲の構造物や人は吹き飛ばされていったのだった。
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全身からシューという音と共に煙が湧き上がる状態のムギは、高熱による何らかの攻撃を受けて郊外まで大きく吹き飛ばされた。
ビーム攻撃を受けた建物の構造物は融解しており、その熱量の凄まじさを物語る。
ムギはダメージを最小限としていたものの、魔導具である衣服はムギの素肌を守るために融解し、未だに熱を帯びた部分から煙が出ている状態だった。
ムギは焼けどを負う事はなかったものの、2度あの攻撃を受けて耐えられる自身は無い。
魔導カートリッジはフルの状態のものを丸々1本使いきってしまい、もう1本は残り1割
使い捨ての魔導カートリッジはそれなりにあるものの、状況は有利とは言えなかった。
周囲には攻撃によって負傷した市民が大量におり、凄惨な状況となっている。
ここで逃げるわけには行かないと考えたムギだが、どうすればいいのかと困り果てていた。
だがその状況を許すことなく、トラウトは衝撃波を伴いながら遠くよりドッシドッシと音を立てながら接近してくる様子が見える。
こちらが立ち尽くした状態なのを見ると、数百mほど離れたところでトラウトは静止した。
――くそ、第二段か……避けるなら空中だ……これ以上街に被害は出させん……。
そのムギの予想に反し、トラウトはチョップする形で両手の拳を地面に叩きつける。
すると2つの衝撃波がこちらに迸り、ムギの間を駆け抜けた。
そして次の瞬間、地震のような凄まじい揺れと共にバゴッと周囲の地面が2つに割れ、ムギは地面の下に落下していく。
『なっ!?』
予想外の展開にムギはどうする事も出来ないが、ムギはそのままスタンダールの地下へと落下してしまったのだった。
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『いつつ……』
目を覚ますとムギは不思議な空間にいる。
地下には謎の空洞があった。
洞窟とも言える場所だが下水道ではない。
そしてすぐ近くに、王宮の一部といったような部屋の片隅のようなものがあるのだ。
埃にまみれているが、とても装飾豊かな部屋の一部部分と言えるものがポツンと存在している。
灯りがあり、部屋の中がハッキリと見える。
その部屋は宝物庫の一部と思われ、古いくたびれた武具などがかけられていた。
そしてその隣に、なぜか信じられないぐらい綺麗な状態の鎧が見えた。
全身鎧、ソレもフルフェイスで纏うと素肌を一切晒さなくなるような姿となるような鎧である。
周囲の武具は全てくたびれている中で、なぜかその鎧は白く、白銀に輝いていた。
『これは……』
立ち上がったムギはすぐさま鎧を見る。
周囲を見ると、その鎧は一昔前に流行し、現在も一部の先進国が愛用する「バリアブルアーマー」と呼ばれるパワードスーツの類の装備品である。
バリアブルアーマー最大の特徴である、裏側が展開し着込むというよりかは装着するような状態となっているので確定的であった。
『ははは、ははははははは……神様がいるって信じたくなったぜ……いや違う、宿命があるって信じたくなった……』
ムギは融解してダメージを受けた装備品の殆どを脱ぐと、迷わずその鎧を装着したのだった――。