ストゥルフ三従士(戦闘回)
ムギ達の奮闘により敵は少しずつ戦闘不能者を増やしていくものの、要塞内部には1個中隊クラスの人数がおり、なかなか数が減っていかなかった。
原因はムギが周囲を見る限り、楽しそうに鬼ごっこに興じる原初の神といつの間にか姿を消した用心棒によって戦闘不能者を増やしているのがムギだけしかいなかった事にある。
――エルはこういう時ぐらい空気を読んでくれると助かるんだけどな……俺の魔導カートリッジは有限だって忘れてないよな……。
ガストラフェテスを一切使わない事でムギの魔力消費は大幅に抑えられていたのだが、それでも常用している2本のうち1本は残り3割程度となっている。
消耗の原因はほぼ90%が魔力障壁にあるため、ムギはなるべく魔力障壁を使わずに敵に近づいてザ・ウーの一撃で仕留めるという一撃離脱戦法を展開していたが、かえってそれが戦闘不能者を減らすのに時間がかかる原因ともなっていた。
ジワジワと魔力と時間を消耗していくため、段々焦り始めるムギ。
ゾルゲンを逃がしたくないので時間をあまりかけたくなかったムギは、
エルに対し、そろそろ本気を出して欲しいと伝えようと考える。
その時である。
コオオンという硬い金属が地面に落下したかのような音が聞こえたかと思えば、次の瞬間、要塞の城壁とも言える壁が真っ二つになって内側に倒れてきた。
しかも魔力障壁やジャミングなどを展開する装置も同時に切断されたようで、要塞を覆っていた魔力障壁が消失していく。
――アイツ……どうやったら綺麗に切断できるか迷ってたな……
ムギはすぐさまカヤがやった事であると理解すると同時に、もうちょっと早くしてほしかったと思わずにはいられなかった。
ただ、カヤの性格からすると今回のような件で剣を抜く可能性は低いと見ていたので、予想外の出来事にやや驚きを見せる。
剣術士カヤ。
辺境にまで轟くその数々の過去の行いは賛否両論かつすさまじいもので、
山の形状が整っていない事がきになった末に山を切断して山崩れを起こし、とある国の国土で災害級の事象を引き起こしたとか、
絶対に防御できない無敵の戦略兵器と言われた最新鋭技術満載で建造された巨大な塔から発射される戦略レーザー砲の照射を真っ二つにして、とある都市国家の最終防衛兵器と位置づけられた存在の攻撃を無効化したことで結果的にその都市国家を陥落させる要因を生んだりとか、
剣は人を斬るものではないと言いつつも、モノを切断することでそれ以上の被害を間接的ながら与えている人物である。
ただし前者の場合はその後にその山が名勝となったり、後者の場合は後者の国がもともとまともな国ではなかったりと、賛否はあれど彼女なりの理念に基づいた行動であったことがわかっている。
そんな彼女は間違いなく辺境最強の剣士と言えたのだが、剣をもって人と戦う事殆どなく、自分が切りたいモノがなければ絶対に愛剣を引き抜くことが無い。
それこそ「剣を使えば勝てただろう」と言われる状況であっても、そうしなければ死ぬとしても、彼女にとっては「斬りたくないモノ」であるなら絶対に抜刀する事はない。
要塞の壁を斬ったのは恐らくカヤにとって斬ってみたくなる何かが心の奥底より湧き上がってきたためであろうことはムギも理解できるのだが、その詳細についてはもはやまるで思考の展開方法が異なるので理解できないものであった。
しかし、この要塞の壁が崩れたことで戦闘集団の中には心を斬られ逃げ出すものが現れるようになり、武装警察の集団が要塞内に進入する事が可能となって戦況は大きくムギ達に傾くことになるのだった。
だが、ゾルゲンまたは真の黒幕は次なる手を既に打っていたのであった。
武装警察と武装集団が熾烈な銃撃戦を展開している区域に突如として爆発が発生する。
そして黒煙と土煙から3つの何かが飛び出してきた。
ムギはそちらの方を向きながら敵の攻撃を障害物を用いて防いでいたが、3つの何かは人型であり、1つが肥満の巨体、1つが筋肉達磨のやや巨体、1つが身長190cmのマッチョ体系といったシルエットをしている。
――呼び寄せた8人のうち3人ってとこだといいんだがな……。
ムギはそれが8人のうちの3人なら倒せば残り5人になると皮算用のような事を行っていたが、
3つの人型をした者達がかもし出す雰囲気は明らかにこれまでムギが目撃してきた者とは違う気迫のようなものを纏っていた。
巨体は肌の色が赤茶色、筋肉達磨は灰色、最後のマッチョ体系はなぜかまともに服を着込んでいるが普通の肌色であり、なぜかそいつだけ人と認識できる。
他の2名は明らかに種族が異なっていた。
彼らはまっすぐに突撃してくると、ある程度進んだところで着地し余裕をもった様子で歩いてくる。
武装警察の攻撃は魔力障壁も展開していないのにまるで通っておらず、防御力の高さを理解することが出来た。
ムギは唾を飲み込むほど緊張したものの、今現在まともに戦えるのは自分含めた他2名のため、大急ぎでそちらへと向かった。
今ほどガストラフェテスを持っていない事を後悔した事はなかったが、
ムギが3名の所へ駆けていくとエルも鬼ごっこを終わらせて合流する。
『さて、オタクらは一体何なのかな? 味方ではなさそうだ』
『アークの移民……ストゥルフの名の下にその命頂戴する……』
最初に口を開いたのは灰色の肌をした筋肉達磨である。
髪型はガンダーラの釈尊像ソックリであり、顔つきもそれに類似する。
だが身なりは仏教徒ではなく、メディアン独自文化のものと思われた。
『なんだ、もっとパワーあるヤツいなかったんかァ? オラやる気でねえべよ』
『黙れセルテト……品格を大切にしろといつも言っているだろう。すまんなアークの移民。セルテトが失礼な真似をした』
人間っぽいとムギが感じたのはどうやら普通に人間であり、まともに喋ることができる様子である。
ムギは左手に持ったザ・ウーを構えつつも、一定の距離をとる。
『狙いは俺でいいんだな?』
『……そうだ……皇帝に仕えしストゥルフ三従士の名をもって貴様の命をいただく……』
『そうかい』
ムギがそう言ってまずは筋肉達磨に突撃を慣行しようとしたその時である。
まるで体が動かない事に気づいた。
『な……に?』
『フフ、そうやって動けない状況で我々を見守るしかないというのは恐怖を感じるだろう? 我々を甘く見ない方がいいぞ』
ムギは何をされたかわからず体を必死に動かそうとするが、まるで接着剤で全身を固められたように動く事が出来ない。
魔力の気配は全く感じないので、得体の知れない何かの力であることを理解する。
顔は動くようなのでエルの方向を見ると、エルもどうやら動けないようで真剣な顔つきとなっていた。
『さて、どの方法がより苦痛を与えぬかな?……』
『オラが叩き潰すと痛そうだから、やめとくかナァ』
『私がやろう……』
仏像顔の筋肉達磨が構え、ムギが絶体絶命を覚悟したその時、
凄まじい空圧の風が真横から彼らを襲い、3名は吹き飛ばされる。
『う、お?』
途端にムギは動けるようになった。
風が吹いた方向を見るとカヤが突きの姿勢で構えている。
なにやら攻撃をしたようだが、何をやったのかはわからない。
ただ、カヤならそういう事ぐらい出来そうなのでムギは手を振ってお礼をしつつも、何となく気に入らない見た目の仏像顔の男に向かってムギは突撃する。
『ムギッ、さっきの攻撃はあの肌色の人間からであったぞ。アレは我がやる。ソナタはその者を倒してまいれ!』
エルはそう伝えると、人間と見られる男の方へと一瞬のうちに移動する。
すると男は街中へと高速で移動しはじめたため、エルはそれを追いかけて郊外の方へと消えていった。
『おおい待て待て! そっちには無関係の市民が! クソッ、あいつそれが狙いか!?』
『どこを余所見している……』
仏像顔の男はムギがエルの方向を見ていた隙を突いて大きな手ではたいてくる。
しかしムギはその攻撃を回避すると、仏像顔の男の腹部に手を当てた。
『舐めんじゃねえよこの野郎……そんな反応の遅さで気道の使い手を相手に倒すだとか簡単に口にするんじゃねえッ!』
気道「柔」によって吹き飛んだ仏像顔の男は体の内部にダメージを受けることはなかった様子だが、大きく吹き飛んで地面に叩きつけられる。
『なかなかやるなァ! オラ、トラウトを吹き飛ばす人間なんて久々に見たべ!』
セルテトという名の肥満体の巨漢はトラウトと呼ばれる仏像顔の男の援護のため、ムギに接近する。
しかしこれから攻撃を仕掛けようという所で大きくでっぱった腹部がベコリと凹み、セルテトは吹き飛ばされた。
カヤによる攻撃の第二段が直撃したのだった。
『セルテトはカヤに任すッ!』
ムギは狙いをトラウト一本に絞り、そして三従士との戦いが始まった――。




