そして本丸へ…
――まさか公安が裏切った!? いや、ブライアンがモニタリングしている……商談は国家安全保障調査室と協議を重ねて実行したはず…何かあれば彼らが来るはずだ……ゾルゲンの手が早かったなんて事はないよな……。
何が起こったのか理解できないムギは目をまん丸に見開きつつも座った状態のまま不動の姿勢でいる。
仮に攻撃されたとしても彼らの武装なら余裕で防御可能な気がしたので、逃走経路についてどうしようかと周囲を見て頭の中で組み立てていた。
『ディエス・トゥルーマン! 貴様を内乱幇助罪で拘束する! アークの移民、、貴様にも内乱幇助に関わった者としてその身柄を拘束させてもらう!』
隊長格と思わしき者が武器を突きつけながら叫ぶ。
捜査令状はあるとばかりに隣にいる者が何やら紙を提示しているが、ムギには光の反射のせいでそれがよく見えない。
『馬鹿な! 私が内乱幇助だと!? どういうことだ!』
突然の状況を飲み込めないディエス・トゥルーマンは立ち上がって何かの間違いだとばかりに身の潔白を証明しようとした。
『貴様はテロ当日、テロの主犯格とされる男に向けて多額の資金を送金したな? ある者からの内部告発によって判明した。すでに銀行取引記録の詳細は調べさせてもらった。貴様が持つ資金が誰の者なのかまでは重要ではない。重要なのは貴様がドゥームで割引債を買い付け、それを指定の業者にむけて販売した事だ。その業者はその割引債を再び金銭と等価交換する形でテロの首謀者と目される者の口座に振り込んでいる』
『ち、違う! 私は顧客から頼まれて割引債を購入したに過ぎない! こういうのはよくある商取引だ! 我々のような人間が行うパッケージビジネスの1つだ! 私は無実だ!』
そのまま一歩前に出ようとするディエスであったが、所持する何らかの武器によって押し出される形で無理やり着席させられる。
さすがに逃げられないと悟ったディエスは両手を挙げた。
『割引債によるパッケージビジネスだというなら、なぜ貴様に収益分を含めた金額が戻ってきていない! 業者が金銭と等価交換したならば収入分の一部を除いて全て貴様に還元する必要性があったはずだ! 騙されたとは言わせんぞ……該当の業者からの証言は既に受け取っているが、貴様から個人口座への振込先を指定された事、そして貴様が被害届などを一切提出する素振りがない事をこちらは掌握している。だからこそ貴様には内乱幇助罪の疑いがかかっていると言っているんだ。現状では仕事の依頼をしたのはテロの被疑者本人という事になるが? それとも誰からか金を預かって逃走資金でも用意してやったのか』
『……私は顧客に頼まれただけで……』
『それは一体誰のことを言っている。我々には貴様が振り込んだ記録だけしか目に見えていない。貴様はプライベートバンカーだからな。貴様が払ったようにしか見えんが? ではどうしてその送金された金が丸々テロリストに向かったというのだ!』
『ッく……コ、コンラッド卿だ……コンラッド卿から割引債の買い付けを頼まれた……振込み先については知らない。本当にテロリストだというのか? コンラッド卿からの依頼なんだぞ!?』
『ふん、悪いが署までご同行願おう。そこで洗いざらい喋ってもらう。何度も言うように、我々には貴様がテロの主犯格に対して送金をした事実しか見えないのだからな……よし、連行しろ!』
『そんな馬鹿な……コンラッド卿が騙したというのか……』
そしてディエスと同じくムギの両手にもつめたい手錠がかけられた。
重要な情報は得たものの、このまま行くと少なくとも行動を制限された状態に置かれる事になるのは明白であった。
これまで真っ当な立場で生きてきたムギには人生初の経験であり、屈辱以外のなにものでもなかったが、ムギは「これがアークがいう宿命によるものか?」と落ち込んだ。
ブライアン達が動く事はなく、何かしくじった事で捨てられた可能性やコンラッド・ゾルゲンに先回りされて手を打たれた可能性を考え、これからどうしようかと頭の中をめぐらしつつもテンションを下げる。
しかし、ディエス・トゥルーマンとは別の護送車に乗せられたムギはすぐさま手錠を外されたのだった。
『先ほどは失礼。これから署には向かいますが、アークの移民殿には途中で降りてもらいます』
手錠を外したのは隊長格と見られる男であった。
なぜこちら側の護送車に同乗しているのか疑問であったが、どうやらこれが理由であるらしい。
『……どうして俺ごと拘束した?』
ムギはその意図が読めないのでややぶっきらぼうな口調で問いかけた。
『当然、情報の提供者を保護するためです。ああやらないとディエス・トゥルーマンは間違いなく貴方を一生恨みますよ。それは我々の組織の理念に反するものだ。貴方が見つけた情報を頼りに金融サイドを洗ってみたことでディエス・トゥルーマンとその他の繋がりを示す証拠を完璧に集められました。だからこそ、こうする他なかったんです。しばらくの間檻の中から出てくることはないとはいえ、彼の持つ資産もまた莫大……何があるかわかりませんからね』
隊長格の者は非礼を詫びつつも事情を説明する。
ムギの今後を考えた場合、これが間違いなく正しいやり方である。
このやり方で逮捕すればディエス・トゥルーマンは「ムギとの商談中に逮捕されただけ」という事になり、彼が実はディエスをハメるために商談に臨んだという事実は完全に覆い隠される。
少なくともディエス・トゥルーマンは内部告発者の存在が隠れたまま檻の中で過ごす事になるのであろうことは明白だった。
『はあ、正直裏切られたかと思ったよ』
ムギは一安心して力が抜けてしまった。
『申し訳ない。でも今頃、ディエス・トゥルーマンはアークの移民殿の無実を訴えている頃合だと思いますよ。貴方はあくまでPMC関係の話しかしなかった……PMC関係だけなら罪になるとは言えませんから』
『そうかねえ……いや冗談抜きで驚いたぞ』
ムギはディエス・トゥルーマンに対して「自分はいろいろ調べている」などと暴露してしまったので彼がこちらを怪しんでいないか心配になった。
それと同時に、後一歩で人生二度目の逃走犯になろうかと考えるほどであった。
『敵を騙すならまずは味方からってやつです。申し訳ありません。そうそう、部長から言伝を預かってます。我々はスタンダール国民のために働く組織であり、我々もまた、市民の生活を揺るがすならばどんな英雄であろうと法廷の場にまで引きずりだす所存……との事』
『そっか……安心した。ところでコンラッド卿と奴との繋がりを示す証拠などは見つかってないか?』
『今現在、家宅捜査中です。ソル・トープの強制捜査も本日中には。アークの移民殿、時間がありません。コンラッド卿が逃げる前に拘束してもらう必要性があります。国家安全保障調査室の者達と共同捜査チームを打ち立てたのですが、貴方にはそちらに参加してもらう予定となっています』
『おいおい……事が大きくなってきたが、俺がそんなのに参加していいのか? センターズサークルの名誉市民なだけなんだぞ……国家安全保障調査室との関係はまだあるとは思うが、ここまで来るとスタンダール国民じゃない人間は外からのサポートに徹するべきじゃないか』
『正論です。なので活動記録上貴方の存在は伏せる予定だそうです。ただ、貴方の今回の功績は絶大だ。つい先ほど、例のヒトデとやらが我々の所まで届いたそうです。よくわかりませんがドゥームが再び交渉の席を設けたいと打診してきたとの事。アークの移民殿、貴方は我々が抱える大変大きな事件において状況をふりだしに戻したんです! 貴方の力は必要だ。 国家安全保障調査室は貴方に仮の国籍を与えてでも活動させるつもりのようですよ……』
『俺は負債を取り戻せればいいだけだっただが……まあ、この際だから乗りかかった船には乗らせてもらおう』
ムギは緊張で硬くなった体を伸ばしながらも決意を固める。
『ではアークの移民殿、しばしの間こちらの車で我慢してください……あちらで別働隊がお待ちしています……』
ムギは粗末な内装の護送車に揺られながら、20分ほど人生初の容疑者移送というものを体験したのだった――。
20分後、ムギはとある地点で周囲から見つからぬよう降ろされ、車を乗り換える。
車にはブライアン達が乗っていた。
『ブライアン。正直肝を冷やしたぞ。裏で何かやってたのか?』
さすがのムギも突然の出来事にブライアンに不満をぶつける。
『申し訳ない。作戦を伝えられたのは突入するほんの10分前ぐらいです。どうやら公安はムギさんが調べられて見つけた情報から金融サイドのサーバーを洗い出して完全な証拠となる情報を掴んだらしく……なんというかムギさんの商談は正直必要無くなっていたようで……』
『え、じゃあPMC関連の繋がりの辺りはわかってたの?』
『どうもムギさんのデータから捜査権を手に入れる事ができたみたいで……彼の金融取引記録の全てを集めきったようです。コンラッド卿との繋がりはまだ間接的だそうですがね……彼のPMCを創設するにあたって大きく関与したとして、ディエス・トゥルーマンが己の資産を用いて創設してコンラッド卿に与えたとは考えにくいのですが……コンラッド卿の資産を預かってるかどうかの確たる証拠がないとそこは証明できないので』
『優秀なのはわかるけどさ……それなら捜査権を手に入れた時点でこっちに伝えて欲しかった。おまけに共同捜査チームなるものを結成したんだって?』
『はい。そちらは私達の上の者と相談した結果だそうで……それもディエス・トゥルーマン関係の情報が手に入った結果、公安部が我々と協力する事に前向きになったからだとか……』
『全くもって捕まり損であるなーームギは』
よしよしとばかりに頭を撫でるエルに対し、ムギは体を寄せたくなったものの、我慢してそのままの姿勢を保つ。
『たまにはそういう機会があったほうがいい。頭を冷やすのにいい機会だ』
カヤはざまあないなとばかりにやや上機嫌だった。
『で、これからどこへ向かうんだ?』
ムギは改めてブライアンに確認を取る。
具体的に何をするかはよくわかっていなかった。
『コンラッド卿の豪邸に乗り込みます。同時進行って奴です。ディエス・トゥルーマンの自宅や仕事として借りているオフィスは我々と公安が二人三脚で捜査中です。我々はこれからPMC創設に関与した者がテロリストに送金していた事実を見つけたので任意での事情聴取をしにいく……という名目で向かいます』
『俺達だけで?』
さすがに何が待っているかわからないため、ムギには不安がよぎる。
エルとカヤがいれば無敵というような慢心はしていない。
『いえ、すでに現地に公安の部隊などが集結済みですが……まずは我々と公安部の私服警官だけで面会しに行く予定です』
『……敵と戦闘になったりしない?』
『そうならないように周囲にそれなりの武装を持つ部隊を展開します。大丈夫です』
――大丈夫かぁ?……。
ムギは不安を抱えつつも、一行はついに本丸へと突入する事になったのだった。
次回。
共同捜査チームを立ち上げたスタンダール公安部と国家安全保障調査室の目の前に、魔の手が襲い掛かる。
戦闘回に乞うご期待。




