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足枷を己へ

 翌日。

 パティルムの仕事は速く、夕方には被害者の一団を集めることに成功した。

 その数、企業や個人を合わせて23。

 当然ここにはM.E.Fを含み、ムギを足すと24になる。


 ムギは商工会の会議室を借り受けると、彼らをその場所に集め、「債権譲渡」という形でスタンダール王国第12連隊が支払いに応じなかった契約を一旦信託銀行を通した後に引き取ることを表明する。


 この信託銀行はムギがPATOLISを生み出す際に結託した企業であるG.Wゼネラル・フォールセールに融資を行っているメインバンクであり、


 債権の信用度確保のため、まずはここで正当な支払い報酬額をきちんと算定、確定させた上で一旦一括買取させ、それをG.Wがさらに債権譲渡という形で信託銀行より譲り受ける方向性で銀行と話を進めていることを説明した。


 これは単純にG.Wを通して債権譲渡させてしまうと、仮にスタンダール王国が支払いに応じた際に「君達の算定価格は信用できない」と難癖をつける可能性があったためであり、


 きちんとした格付けがなされた信用度の高い信託銀行に「正当な対価として認められる数字」を出させることで有無を言わさない立場になるために必要な行為であった。


 無論、それは「辺境の商人にぼったくらせない」ための保険的な意味合いも併せ持ち、企業はまだしも被害者の中に混じっている、これまでまともな取引経験がないような者達を救済する上でのリスクヘッジでもある。


 この行動によってスタンダール王国の軍の一部が「不手際を起こした」ことが金融業界にも情報として浸透し、共有されるようになるわけだが、


 それは昨日よりネットワーク上では多少話題になってもニュースなどで一切触れられない状況に火種と油を投入することになり、何か新たな展開があるかもしれないとムギは読んでいたのである。


 集まった商人たちは「敵対行為になるかもしれないし、普通では絶対にそんなことをしない……アンタイカれてんのか!?」――などとムギの行動にすくみ上がる者もいたが、


 一方のムギはしれーっとした表情を保ちながら、


『勝つつもりだ』


 ――と言って債権譲渡を迫り、商人達は「これによって一切の責任を負わない」ことを確約する誓約書をムギに書かせた上で自身の債権を放棄、信託銀行に取引関連の書類など全てを引き渡した上でムギからの彼らからすれば破格の提案に乗ったのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『それでは、大至急算定次第、皆様には相応の金額をお支払いしますので…一週間ほどお待ちくださいませ。ああそうそう、原資が今すぐ必要だという方がいらっしゃれば債権を担保に一定額を無利子で貸し付けることも可能ですので、お気軽にご相談ください……』


 諸々の手続きが終わると、信託銀行より派遣されたバンカーはペコリと頭を下げ、連絡先の情報を商人達にそれぞれ渡して去っていった。


 ガヤガヤとしていた会議室も次第に人が減っていく。

 ムギは最後の商人がいなくなるまで会議室内で待機し、全ての者がいなくなると会議室を閉じるための片付け作業を開始する。


 その時であった。


 通話の受信を知らせるメロディが鳴り、ムギは小型情報端末を取り出す。


『おい、何やってるんだ。なんだこの決済取引は!?』


 それは荒げた声ではなかったが、ムギに対して強く不信感を表明する大きな声量であった。


『お、気づくのはやいねー≪クラリア》ちゃん。もといボス。もうしばらくしたらこちらから連絡しようと思ってたところなのに』


 小型端末が展開する画面にはCEOクラリア・スターンと表示されている。

 端末より発せられるやや低めの女性の声の主はムギが所属するG.WのCEOその人であった。


『……お前達が作ったシステムは高速処理が売りだからな。財務処理状況は暇さえあればリアルタイムでいつも見ている。一定以上の高額取引案件があれば警告が出るようにしてな。それはいい。一体何なのだこれは? まだ概算とはいえ馬鹿げた出費の決済予約がされている。しかも債権取引だと?』


『ちょっとポカやっちゃってね。でも、この債権を不良債権化させたくなかったんだ。ケツは俺が持つ。G.Wで処理させてくれ。個人で債権取引すると相手が応じない可能性がある』


『……また私に相談も無しに……何があった?』


 ムギはG.Wとしての立場でスタンダールと取引をしていなかったため、クラリアは実態を理解できていなかった。


 彼女にわかるのはムギが突如としてかなりの額の債権を信託銀行経由で購入しようとしているということだけ。


 それを開発部門の経費として計上しようとしていたのである。


 そもそもG.Wは卸売関係の新興ベンチャー企業であり、さらにムギはあくまでそれに関するソフトウェアやシステムの「開発者部門所属」でしかない男。


 クラリアにとってムギの突然の話は寝耳に水であったし、このような債券取引など本来はG.Wとしては門外漢に近かった。


 債権回収は信託銀行の十八番分野。

 こういう事をする場合、普通は譲渡担保という形で債権を預けたまま弁済するのが一般的であったが、ムギは「年利が付く」のを嫌がって最低限の手数料しか取られない債権譲渡に拘っていた。

 

 譲渡担保であれば弁済時には様々な財産物、ようは動産不動産問わずに払うことで負債を解消することが可能にも関わらず、あえて己の足かせを重くするためよりハイリスクな手法を選択したのである。


 それは当然、クラリアがムギに即刻電話をかける理由とするには十分な行為だった。


『スタンダールと物品取引をしたんだが、奴さん納品物に対する報酬支払いを渋った。被害者数自体はそれほどでもなかったがこの件の注目度をあげたくてね。補填するだけの金はある。何かあったら取締役会で追求してくれていい』


『金の問題は気にしてない。お前ならどうにかできることはわかっているし、お前の総資産よりは少ない額だ。ただ、今後事前相談無しにやるのは簡便してくれないか。こんなのお前を除いた他の株主に説明できない。どちらがCEOなのかわからなくなるしな……今私はお前に丸印を携帯させていることを少々後悔している所だ』


 ムギは電話の先で頭を抱えながらやれやれといった表情を浮かばせるクラリアが想像できるほどだったが、


 己の行動のお粗末さに反省はしても引き下がるわけにはいかなかった。


『コンプライアンスを無視して動いたのはすまないと思ってる。でも時間がなかったんだ。こういうのは新鮮さが重要だから……どうせ認めてくれると思ってたから事後報告でもいいと判断したのは俺の誤りだ。素直に謝る。今後は改めるよ』


『あーあ……CFO(最高財務責任者)のゴードンがまた自棄酒をしそうな案件だ。後で奴にも侘びを入れておけよ。取引は継続しろ。財務処理はどうにかする。こちらでの本業と平行してG.Wの名をスタンダールに轟かせてこい』


『あいよ、ボス。アンタが社長でいつも助かってる』


『そう思うならもう少し私の不安を減らしてくれるとありがたいね。では、何かあったらまた連絡するからな』


 ブツッという音と共に交信状態が切れる。

 ムギは静かに通話を終えると、完全に出口を塞いで引き返せなくなったことを改めて自覚しつつも、意気込んだ。


 かくして、地球から転移した男のさらなる躍進が始まりを告げるのだった。

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