ムギ、逮捕される。
翌日、ムギは午前中にディエス・トゥルーマンと商談する予定であった。
朝食などを採ってやる気十分気力十分体力十分という、最高の状態で朝を迎えたムギは、スタンダール市内のとある高級レストランにて商談する予定となっており、時刻を見て単身でそこへと向かう。
エルなどを引き連れると怪しまれると考えての苦渋の選択であった。
事前に公安と協力する確約を得ていたものの、一体どうやって彼らが手助けをするのかについての説明は受けていなかった。
ムギはブライアンから小型集音機、使い方によっては盗聴器とも言えるようなものを渡され、常に会話の内容を録音しながらブライアン達国家安全保障調査室が聞ける状態で商談へと望んだのであった。
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『いやいやまさか、リーンフィールドの資産家と商談する機会をいただけるとは……まことに光栄です』
ディエス・トゥルーマンはあらかじめ写真で目にしていたものの、ブライアン。そしてゾルゲンと同じく黒人であった。
スタンダールは地球で言うアフリカ系の者達が半数を占めるが、彼も旧ストゥルフ王族と同じ遺伝子を共有している者であった。
『実は今金を預けている信託銀行がどうも信用できなくなってしまいましてね、最近相次いで元本割れしたみたいなんですよ。一応元本保証があるとはいえ全然資産が増えなくてね……増やしたいんじゃなく守りたいんですが増えないと……税金とかありますから……ねえ?』
『はっはっはっ。それでプライベートバンカーと呼ばれる私共のような方に相談されたわけですね』
体格が良く肩幅の広いディエスは笑うだけでテーブルが微振動するするほどであった。
『ええ、聞いたところによると貴方はコンラッド卿の資産管理もされているとか? 旧ストゥルフの王族達から資産管理を任されるほどの方ならば私の資産も任せられるかなと思いまして』
『ははは。それについては私の口からは言えませんねー。顧客情報は守秘義務がありますからねえ……ただ王族の方は多数いらっしゃいますよ』
――やはり公に名前を出す事などしないか。目が笑ってないぜ、ディエスさんよ……。
ムギは明らかに先ほどとか顔つきが変わってきた様子を掴み取る。
周囲の空気は冷たくなりつつあった。
うかつな発言をすれば逃げられてせっかくの機会を殺す。
ムギはここに来てより慎重にならねばと心を構える。
――しゃあない。ややハイリスクではあるがウソでかまかけてみるか……。
ムギは平静を装いつつも、これまでの情報から推測できうる事実としてありそうなことを混ぜて問いかけ、相手の出方を伺う。
『いやね、私も案外いろいろ調べながら資産管理をしているんですよ。だからコンラッド卿などが持つ不動産売買において貴方が商談を行ったことを知っている。トゥルーマンさんはとても口が堅い方のようだが相手側がそうでない事があるようでしてねえ……どうしても見えてきてしまうんですよ。でも、それだけ管理を任されるという事はコンラッド卿から相当な信頼をもたれているのではないかと思いましてねえ……』
『なるほど。リーンフィールドさんは随分と情報収集能力がおありのようだ』
――脈アリ……。
ムギは心の中で小さなガッツポーズを作る。
ソル・トープの件から、基本的にこの男がゾルゲンの代理として各種商談を行っているプライベートバンカーにして商人であることは確定していたので、そのような取引もあって当然であった。
『まあG.Wに所属しながらPATOLISを作ってるぐらいですからねえ……それぐらい無いと元本割れとかも発見できませんよ。でも、イコールそれが資産運用が上手という事には繋がらない。でしょう?』
『そうでしょうね。ところでリーンフィールドさんは私に何を望まれているので? ただ資産を預けたいわけでは……なさそうだ』
『ええ、当然のごとく不動産売買になんて興味ありません。紛争が多いメディアン辺境においては城を構える勢いでないと不動産などまるで意味を成さない。私が欲しいのは……組織です』
『組織? どういった趣旨のものです?』
先ほどまで冷たくなりかけてきた空気がやや変わる。
――ソル・トープの件から予想してきたが…やはりこいつはそういう系の商人か……。
『冒険者とかいう不安定すぎる人材に代わってこちらが依頼を受ける仕事を代行してくれる者達ですよ』
『ほう、興味深いですね……』
ディエス・トゥルーマンは興味津々といった態度でムギの耳に傾けた。
一方のムギには「死の商人」という言葉が頭の中で駆け巡っている。
ムギの理解ではディエス・トゥルーマンは「人材確保」と「武器調達」などを可能とした文字通り死を運ぶ商人と言えた。
死の商人。
一体いつの時代からいるのかわからない。
ただ1つ言えることは、地球においては現在、欧州で活躍する者が多いとされる。
知らない者も多いかもしれないが、現在欧州では相次ぐ「軍縮」が行われている。
それこそ2018年代になってようやく「軍拡シフト」をしたぐらいで、大規模な軍縮が大陸ぐるみで行われていた。
現在、アジア、ユーラシア、欧米といった各国が「軍拡」という方向性で足を進める中、まるで冷戦期の日本のごとく戦力を最低限のものとして活動している。
背景にはそれまで正規軍が活動していた中東、アフリカ諸国での活動による経済的負担を支えられなくなってきたことで、不況渦巻く欧州においてはそれらの活動を民間軍事企業に委託するようになった事。
特に軍縮が顕著なのはドイツだが、その勢いがどれだけすごかったかというと2005年の陸軍において4000台あった戦車が現在は250台程度しかないぐらいに軍縮した。
これはドイツがWW1やWW2などの教訓によって軍事勢力の保有規模を制限されるだけでなく、派兵地域も限定された結果「経済を圧迫するだけの軍隊」を持つことになったために対話型政治に徐々にシフトした影響が強い。
不思議な事にドイツでは左派とされる政治家ほど軍拡に拘る様子を見せ、右派ほど対米協力姿勢による対話型政治を行おうとする様子がある。
諸外国とは真逆の構図だ。
だが、そこに一喝したのは他でもないアメリカ。
初の黒人大統領に代わって大統領になった男は「なんで経済的に裕福なお前らのためにヒィこら言いながら守らなければいかんのだ?」と言って状況が変わる。
実は「これ以上こちらが金を負担してまで軍を展開したくない」などという、旧大日本帝国の政治家が聞いたら「てめえらそれがやりたくて戦争やったんじゃねえかボケが」と言いたくなるような我侭は欧州に向けても言っていた。
しかし大幅な軍縮をした所から盛り返すのは至難の業。
米国は経済的支援を強めるのを見返りに軍拡を見逃すと言ってきている。
当然、国民はそんなものに納得するわけはないので軍拡シフトとしたのがつい最近の事だが、1度ガタガタに崩せば戻る事などないのは当然。
そんな武器の調達すらままならない中で活躍しているのが死の商人というわけである。
例えばドイツを例にすれば、彼らはドイツ統一以降の軍縮時にはドイツの不要となった兵器を購入して周辺各国に売りさばく形で財を成したが、
それが一段落すると今度は民間軍事企業に手を出した。
現在ではNATO軍などに数万人規模でサポート要因として投入されるPMCの武装もこういった欧州各国が軍縮しているのにかこつけて手に入れた武装を施したものと言われている。
軍拡にシフトしたらしたで武器調達は彼らが主として管理してやるわけなので、当然仕事はなくならない。
PMCの世界でよく言われるのはエリア88に登場した爺さんのように「金さえ払えばほぼなんでも調達してくる人間がいる」ともっぱら言われるが、イラクではレオパルド2を運用したポーランド系PMCが確認されているので、これらも恐らくそういった人物らによるものと思われる。
ムギは、今目の前にいる男も恐らく同じ類の者として、自身が密かに計画していた夢物語を語って情報を抜き出そうとしていた。
『トゥルーマンさん。冒険者協会とかいうふざけた組織についてはどう思います?』
『それは……スタンダールなどに住んでいると彼らの存在は煙たくなるのは理解できます。ご存知かもしれませんがスタンダールには協会施設とかありませんし……』
『そう、あそこの人員管理能力は最低。実は高い能力を持つ者も、単なるゴロつきも平等で扱う。私も最初は冒険者関係の活動については興味をもって協会に入ってみたが、あのシステムは実に酷い。こんな中世のような存在が良く今でも成立していると思いたくなる……』
ムギは一端、出された飲み物を口にして乾いた喉を潤す。
『三国の都市に必ずある商工会。こちらは国際条約でも認められた組織だ。会員は信用における者達ばかり……当然商人だからこそ信用を最も大切にする。だから例えば商工会所属の者らが交易のために雇う用心棒は冒険者ではない。用心棒としてそれなりに実績を挙げたフリーの者か……あるいは』
『PMCや民間警備業者または警備協会に所属する者達でしょうね』
『そう、怪し過ぎるので本業一辺倒の者しか採用しない。……現在のメディアンの辺境においては冒険と称して盗掘を繰り返して一攫千金を狙ったり、中流階級以上の者からの依頼を悪用する者と、純粋に活動する何でも屋のような者に大きく分けられる。私もかつてそこに所属していたが、中流階級以上の者からの依頼をこなすうちに彼らからフリーの立場になってほしいと懇願されるようになった』
『なぜです?』
ムギは興味深く耳を傾けるディエスに対し、こちらのペースにもっていけていると余裕ができはじめる。
『協会は依頼金として得た分の4割を差し引いて私への報酬としていた。それ以外にもあれこれ口実をつけた費用を差し引き、依頼金と私の報酬金額は倍近くの差があった。にも関わらず私のように仕事をきちんとこなそうとする者が必ず採用されるとは限らない……むしろ冒険者協会所属という立場が足かせになったんですよ』
『なるほど……半分の額で優秀な者を雇えるならその方がいい。確かにそうでしょうね』
『まあ中抜きは構わないですけどね、冒険者協会という看板には信用が全くないんでフリーでやってほしいといわれた。私の名前がそのまま信用になるってね。ただ、私は一人しかいない……彼らの悩み全てを救うことは出来ない。だからこそ……』
『彼らの依頼解決に特化した組織、つまり企業や中流階級以上の者の依頼だけを受けて行動する人材をまとめた新たな組織が作りたい……と』
『そう。そのためにはセンターズサークルの信託銀行なんかじゃダメなんですよ。私は探しているんです。コンラッド・ゾルゲン卿率いるあの優秀なPMCをたった一人で作りあげたとされる存在を。そして辿り着いた……貴方に。……率直に申し上げてPMC級の組織が私も欲しいんですよ』
ムギはPMCの活動の詳細も誕生経緯もまるで知らなかったが、あたかも知っているとばかりに演技を行ってディエス・トゥルーマンの一言を待った。
その一言が出るだけで終わる。
『はは……貴方には隠し事は出来ないようだ……彼の資金を預かっているかはさておき、あのPMC設立に関わったのは確かに私です。必要とあればリーンフィールドさんの活動も支援して――』
その時である。
ムギは確かに殺気のような者を感じ、周囲に気を配らせた。
話に夢中で今の今まで気づかなかったが、周囲に全く人がいない。
そして突如として入り口側の階段より突入してきたのは軍ではなく明らかに武装警察と見られる者であり、ムギは武器を向けられた形で取り囲まれてしまったのだった。




