ナクルロの死の謎
尋問が全く別の方向へと向かってしまった事により、一同は一旦状況を整える事にしたのだった。
工作員とされた男は国家安全保障調査室の者達が保護する事になり、丁度留置場へきていたブライアンの同僚達が監視する事になって新たな体制で聴取を行っている。
ブライアンは公安に現時点で把握している情報を全て出すよう要求するが動きが鈍い。
彼らとしてはそれが自身の達成する目標になんら近づかない事から本腰を入れて行動できずにいた、
そこでムギは公安部の足並みがやや乱れている様子から1枚カードを切る事にしたのだった。
公安部部長含め、公安部の中でも高い役職に就いている者達を集めて留置場内の会議室を借りたムギは会議を始める。
『まあそのうち情報は出てくるから照合できるとは思うが、国家安全保障調査室もまだ持っていない情報の中にドゥームを揺さぶることができる情報がある。これを見てほしい』
ムギが魔導具を用いて会議室のスクリーンに映し出したのは先日ムギを襲ったヒトデと黒ずくめの者達の映像である。
『ジャミングされたせいで映像に乱れがあるが、解析能力がある者たちなら鮮明化できるはず。この黒ずくめの集団……見覚えは?』
ムギが公安の者達に目を向けると、黙って俯いているがあきらかに知っているそぶりを見せた。
『やはりこいつらがスタンダールで暴れてる連中か。じゃあこのヒトデについてだが、センターズサークルにいる者達に解析させた結果、こいつはリッテルダムの新型兵器と見られるものだとわかった。しかもこれは俺にはよくわからんが条約違反の代物なんだってな……』
ムギのその言葉に公安部の者達は顔を上げる。
わずかながら見えてきた希望をムギの映像により見出しかけていた。
『ギブ&テイクといこう。一連の情報は国家安全保障調査室に渡す予定だがそちらにも回す。どういう論調で話を持っていくかはこちらが関与する事ではないが、場所はウィルガンドの都市近郊とはいえ、スタンダールが治安維持活動を展開する地域においてコレを投入した。言い換えれば条約違反の代物をスタンダールに向けて使ったと言える。もう一度交渉の場に奴らを引きずり出すだけのインパクトはあると思うけど、どうかな?』
『アークの移民殿……』
公安部の者達は積極的に国家安全保障調査室との橋渡しを行おうとするムギに尊敬の眼差しを向ける。
『さっきも言ったが、今俺が仕事を手伝っている国家安全保障調査室には逮捕権が限定されていて、いざという時動けない。問題が複雑化しているなら尚更組織間の連携が必要だ。この情報をスタンダールが公開したら外交問題は必至。あっちは少なくとも交渉の場に出ざるを得ない……違うか?』
『このヒトデの残骸は現在我々が所有しています。センターズサークルに人員を送ってこちらまで輸送する途中だ。当初は軍に引き渡す予定でしたが、我々にとって軍は全く信用できない。軍と同レベルで科学捜査を行う事ができる貴方方が交渉材料の1つとして確保しつつ解析をする……その代わり貴方方は現在持つ情報を我々に渡しつつ、ディエス・トゥルーマンの確保などに協力する……という形でどうです?』
ムギの行動から状況を飲み込んだブライアンもムギを補佐する形で国家安全保障調査室としての立場を表明しつつ、公安との協力体制を構築しようとする。
ブライアンにとって何よりも信用できないのはスタンダール軍。
コンラッド・ゾルゲンは政治家時代、特に軍政と財政に大きく関与した人物。
ゾルゲンという人物が怪しくなってきている以上、仮に軍全体がゾルゲンの意思で動いていなくともゾルゲンと結ばれたパイプによって各種情報が渡るとゾルゲンの策略によってドゥームとの対立関係が激化する可能性が生じる。
当初はスタンダール軍に預ける予定であったブライアンはゾルゲンという男の危険度の高さから、スタンダール軍との協力体制は諸刃の剣を通り越して自身に大きな傷だけを与えるただのトラップと化していると考えていた。
『他に何か情報などはないのですか?』
『申し訳ないが、こちらも全てを把握しているわけじゃない。ディエス・トゥルーマンが本当にコンラッド卿の資産を管理するプライベートバンカーかどうかも不明だ。まあほぼほぼ確定なんだが彼は自身の資産を隠すのが随分得意らしいじゃないか。他にもあるのは間違いない。さっきのやりとりの様子からも公安も把握しきれてないのだろう?』
ムギは現在持つ手札は本当に殆ど出し切ってしまったので、これで打ち止めであることを表情やしぐさで表す。
本来なら「もっとあるが教えてやんねー!」などといった含みを持たせた言い方がいいのかもしれないが、あくまでここは穏便に済ませようと努力した。
『まずディエス・トゥルーマンを確保しようぜ。あいつソル・トープとの武器取引にも関わってるんだ。そうだ、ソル・トープの家宅捜索もやってしまいたい。ディエス・トゥルーマンをマネーロンダリングに関与したという形で拘束し、その名目でソル・トープの家宅捜索で情報を洗い出す……奴はドゥームに金を送金しているのはわかってる。そこで何か見つけていく。ドゥームがさらに交渉の場で妥協せざるを得ない情報が出てくる可能性はある』
その後もムギの懸命な説得が続き、最終的にディエス・トゥルーマン確保への協力を確約してもらうと、ムギは大急ぎでディエス・トゥルーマンとの商談の場を設けた。
ディエス・トゥルーマンはすぐさまそれに対応し、明日には商談を行う事になったのだった――
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その日の夜。M.E.Fからナクルロに関する個人データが届く。
ムギはスタンダール市内にて国家安全保障調査室が用意した仮のアジトのような場所に宿泊する事になったが、
カヤやエルとエクセルと分担し、さらに持ち運び可能な小型端末に搭載された独立型PATOLISを用いて個人データを洗い出した。
ナクルロは交易移動中に航海日誌のように日記をつける癖があり、それらを手分けして分担して閲覧したが、
特にこれといった情報は見つからない。
しかしムギは個人データの中に奇妙なメモ書きを複数見つける。
内容を要約すると、
各地でテロを沈静化させるコンラッド・ゾルゲン率いるPMCを賞賛した上で各地で補給物資を求める彼らとの取引を是非行ってより信用を確保したい事、
加えて自身の憧れとも言えるゾルゲンと一度合って話をしてみたい事、
自身もPMC設立を考え始めた事。
そしてウィルガンドにて交易を行った際に取引相手の資産家から聞いた「旧ストゥルフ」の遺産に興味をもち、自分もちょっと探してみたもののまるで情報が集まらずすぐに飽きてやめてしまったこと。
最初は自身も大きく関わって宝探しをしたが、今は財団を通して情報を集めるに留まっているとのことだった。
情報の1つとして「旧ストゥルフ地域のどこか」に戦乱期に消失した伝説的なストゥルフの鎧があり、それが性能はさておき大変価値あるものらしいので是非コレクションしてみたいなどと書いていた。
このメモ書きは手書きであるが、探した際には財団を通して冒険者などを募ってみたなどと書かれていた。
――ブライアンの話ではいろいろ宝と言えそうなものはあったそうだが、ドゥームが求めた部屋との直接的関係性はなさそうだな……それよりこの冒険者……生きてるのか?……。
このメモを見たムギは大急ぎで三国周辺で不審な死を遂げた冒険者がいないか調べ始める。
するとPATOLISはネットワーク情報から大量のニュースを見つけ出す事に成功した。
その全てはナクルロ財団の依頼を受けた者達による連続死亡事件で、特段魔物などがいないような場所で相次いで冒険者が死亡しているのが発見されたことを報告する記事であった。
冒険者と見られる者たちは辺境でもかなりの腕利きであったにも関わらず、魔物などから受けた外傷などが見つからない状態で死亡していたという。
『……ドゥームの仕業にしちゃおかしい……』
ムギはこの記事だけでなくナクルロの事件について改めて疑問をもった。
公安から渡された資料を見る限り、ドゥームの特殊部隊は様々な者達が口を揃えて言うように「痕跡を残さない」ことに定評がある集団。
死亡したスタンダールの著名人の殆どは心臓発作などの突然死であり、彼らが関与したという痕跡はないという。
ただ、あまりにも突然多くの者が死亡したためにかねてより噂からドゥームとの関係性が疑われていた。
ニュースになった際も表向きは「不審な死」と怪しまれて入るが、誰かの目の前で突然苦しんで死ぬといったような、端から見ると「脳出血や心筋梗塞などの突然死」にしか見えない状態となっており、突然死する際の鮮明な映像すらあった。
その上で遺体からの毒物などが検出できないという「恐らくは殺されたが、そうとは言い切れない」状態であった。
行方不明の者達も1件を除いては黒ずくめの集団を目撃した例はなく、その痕跡は本当に見事に隠されている。
一方のナクルロ氏や冒険者は外傷などはないが明らかに不審な形で死亡している。
特に行方不明や音信不通となった後にしばらくして遺体が最後に生存が確認された場所から離れた所に現れる点は明らかにドゥームの者たちによるものと異なっていた。
行方不明のままになっている者もおらず、全て死亡している点もドゥームらしからぬ違和感を感じる部分であった。
ムギは試しにそれぞれの情報を打ち込んで「同一の人間がやったか?」というのをPATOLISに調べさせてみた所、
『99.97%と違う』という答えを算出してきた。
『うーん……ゾルゲンがやったかあ? それともゾルゲンとは別に同じように探してる連中の仕業か? なんにせよ素人目にしても違うっぽい感じがするな……そうドゥームが見せかけて殺したとは思えん』
ナクルロの個人データは大量にあったのでその日に結論に達することは出来ず、空いた時間を使って調べつつも翌日のディエス・トゥルーマンとの商談に備えてムギはある程度で作業を切り上げると就寝したのだった。




