尋問3
『部長さん。まず最初にハッキリさせておくことがある。彼が引き受けた仕事……それをあんた達は把握しているか? 言っておくがうちの仲間は嘘か真かを見抜く力がある。そういう魔法があるのも知ってるだろ? 冗談抜きで心の中のウソを読むから俺達には通じないぞ』
ムギはあえてローズルの加護などとは言わなかった。
魔法の中にそういうモノがあるのは知っているので、あえてそういうモノだと偽っておく。
無用な混乱を避けるために。
『アークの移民殿、誓って言うが我々は彼が幇助した者と接触しているわけではない。彼らは恐らく、ドゥームからのメッセンジャーなのだ。何か裏でコソコソと情報伝達か情報整理をやっている者を彼が引き入れた事については……把握している』
『ではテロの主犯格というのはフェイクか? 冤罪で逮捕したのか?』
ムギとしては信じられない一言だったので、まるで天の裁判官のごとく上から言葉をぶつけるような形で言葉を吐いていた。
『それは100%違うわけではない……彼がこれまでに入国させた人物の中にはテロに関与する者もいた……ただ、どちらかといえば彼よりも彼が呼び寄せた人物の方がテロを首謀し、仲間を密入国させ、そしてスタンダール国民の中の者を洗脳したりしてテロ活動へと投入したりしたので……確かに彼が言うとおり彼の罪は……』
『ではなぜ逮捕したんです! 貴方方はドゥームから何の情報を得ていたんだ!』
ブライアンは憤りを隠せない。
完全に自分達が騙されている状態にある。
心の奥底では事と次第によっては公安部全体の事情聴取も検討していた。
『アークの移民が辿り着いた答えが正解なのだよ。Mr.ブライアン。最後の仕事はコンラッド卿が依頼したものらしいのだ……ドゥームはそれを理由に外交ルートを通じての交渉を打ち切った上で、裏切り者として彼をリストアップして報告してきて……我々は彼を拘束する他なかった……彼がさらにコンラッド卿との仕事を重ねられると拉致された市民の身の安全が保証されなくなる! これは我が国国民の命に関わる問題なのだ!』
部長は警察として、公安としての立場上仕方なかったのだと主張し、自らを正当化した。
見張る者を見張る国家安全保障調査室サイドと、市民の安全を守るために活動する公安側との差が顕著に出た形となる。
ブライアン達にとってはもっと大きなうねりを内部から押さえ込むことで最終的に国とその国の一端を成す国民を守るのが目的であるが、
彼らは国民を一人単位で見積もって守らねばならない。
どちらもそれぞれの立場に立った上での大局観の下で行動した上での摩擦が生じている。
『部長さん、呼び寄せた人間はわかるか? おい、アンタ、そっちのアンタでもいい。誰を呼び寄せたんだ。8人って一体何なんだ』
ムギは公安部部長と、工作員とされている男双方に顔を向けて問う。
一番の問題は、自身の抱える負債と同額の報酬を支払ってまで、コンラッド・ゾルゲンが何を呼び寄せたかである。
『申し訳ないが把握できていない。ドゥームからの情報提供も打ち切られた状況にある』
『俺も最後の8人はマジでわからねえ……だがゾルゲンについてはわかってる事がある。奴は愛国者だ。だがスタンダールの愛国者じゃねえ、ストゥルフのだ。スタンダールには少なからずそういうのがいる。元々、スタンダールこそがストゥルフ誕生のきっかけになった地だ。初代ストゥルフ皇帝はここで生まれたんだよ。莫大なまでの国土を作り上げた初代皇帝は、このスタンダールから全てを始めたんだ。ブライアンという黒人なんかはよく知ってるはずだ……同じ血統だよ。初代ストゥルフ皇帝は黒人だ。同じ部族で少なからず血縁があるんだろ、アンタも』
『あるとは思うが……私は貴族の出身ではない……』
ブライアンはやや困った顔をしながらもゾルゲンといった者達との遺伝子的繋がりを認める。
エルは普段はあまりしない真顔であり、恐らくその言葉に偽りはないと感じている表情でブライアンを見ていた。
『初代皇帝は尋常じゃねえカリスマ性があったと聞く……まるで未来が見えてたようだったと。ゾルゲンはその力の源を探しているんじゃないかって俺達の組織内では理解していた。それを手に入れれば……三国がまた1つになるだけの力があるとのことだ……それが何なのかは全くわからねえ。ゾルゲンはテロ側にそれが渡ったのではないかと思っているなら、PMCの活動に対する理由はつく。三国もまたそれを探しているんだ……そこの公安部の連中は知って――』
『黙れ! 我々はそのようなおとぎ話を信じてはおらん! そんなもので三国間の均衡を崩して再び戦争を起こそうなどおこがましいわ! 市民の安全を守る警察が、市民の安全を脅かす真似などするわけがない! Mr.ブライアン、アークの移民殿、我々はあくまで穏便に事を済まそうとしただけです!』
公安部部長と称される小太りの中年男性は組織の理念の下、行動しただけに過ぎないと両手を広げて身の潔白を証明しようとする。
自分達はあくまで拉致された者達の開放を行おうと秘密裏に行動しただけなのだと主張した。
『聞きたいのだが、貴様達はなぜゾルゲンとやらを確保せなんだ? それこそ、今目の前にいるこやつのように適当な理由で逮捕する事もできたであろうに。おかしいではないか』
エルは彼の言葉に偽りはないように感じている様子だったが、ムギも感じた疑問を率直にぶつける。
椅子から立ち上がり、手で工作員とされる男を示しながらも公安部部長に問いかけた。
『お嬢さん。我々はね、彼の様に不法入国幇助など明らかな罪が多少ある者なら拘束することは簡単なんですよ。だが、コンラッド卿はそういった罪をこの国では重ねていない……例えば不透明な送金も現状では騙されただけだと言い切る事ができる。彼が直接送金に関与したとする証拠を握っていない。送金に関与したのはあくまで奴の資産を管理する複数の人間だけだ。おまけに8名と見られる者たちとの接触行為も確認できていない。彼の動向は監視されている』
『他国での活動を理由にしょっぴけないのか?』
ムギの言葉に部長は首を横に振る。
『アークの移民殿。被疑者が言うように彼の持つPMCは積極的かつ残虐的な行動をしていない。各国での活動も間接的証拠なら多数あるが、本人が大きく関与したという証拠がないわけです。必ず中間に何かを挟み、自身の身の潔白を証明できるように慎重に事を進めている……』
公安部部長はお手上げだとばかりに言い放つ。
顔中汗だらけで歯を食いしばるその姿は「公権力」の限界に苛まれる公安という組織におかれた今の状況と、この世で不変の絶対正義を押し通すという組織が掲げる理念に板ばさみされている様子を現していた。
『一応聞いておくが、その男への送金に関与した人物をそっちは把握しているのか? 俺達はディエス・トゥルーマンを捕捉しているが複数関与ってのは与太話みたいなレベルじゃないだろうな?』
『アークの移民殿。それは初耳です。ドゥームからの情報ではドゥームを経由して複数の何者かがスタンダールにいるコンラッド卿が擁する者達へ送金を行っている……としか』
――もしかして……スタンダールからの送金はドゥームから見るとどうなっているかわからない状態なのか……何か中間にもう1つ挟んでいる? それかドゥームが何か隠している? というか…目の前の男以外にもゾルゲンが金を送った奴がいるのか? どちらにせよ、公安すら知らない情報を俺達は持ってるかもしれないな……
ムギは数秒考え込むと息を吐いて呼吸を整えた。
『部長さん。俺はまだ公安を完全に信じてはいないが、ここはまずはコンラッド卿が実際に何をしているのか探るために共闘しないか? 公安の最終目標はなんだ。著名人の殺害と拉致に関与した連中の逮捕と拉致されて人質になってるかもしれない者の開放か? それは普通なら外務省といった外交部門を通じてこういうものは交渉をすると思うんだがな』
『このような人道を顧みない行動は当然条約違反なのだよアークの移民殿。当然、作戦の有無に関係なく我々には捜査権と逮捕権が及ぶ卑劣な行為だ。逮捕権があるのはMr.ブライアンの組織を除くと我々にしかない。外務省はあくまで文通をやる程度の力しかないのだ。対話の席を開くのが外務省だとして、我々は事実を突き止めて彼らを逮捕し、市民に安全な明日を保証するためにいる。奪われた者を取り返すのに首脳レベルの会談をしていられるほど三国間同士は仲が良くない……』
『こんなの表ざたに出来ないでしょ。国家間の闇に紛れた動きを公にすると? まー外務省による外交カードに利用されて命を弄ばれるのもアンタ達にとっちゃ我慢ならんとは思うがな。とりあえず落ち着いてくれ。まず1つ、この件でどうやったらドゥームは抱えてる連中を手放すんだ? 相手はどういう条件を突きつけてきた?』
ムギはこの状況下にてエルと並んで冷静であった。
先ほどはやや声量を強めにして公安に対しての不信感を表明したが、怒っていたわけではない。
今はただ冷静にこの状況において最善の策を模索する。
ムギの頭の中にある考えとしては「公安でなければ逮捕できない者達がいる」ということ。
国家安全保障調査室に与えられた逮捕権は限定的である。
外患罪や内乱罪など、国家の秩序そのものを破壊させかねない者達とそれに関与した者達に対しての逮捕権しかない。
しかしドゥームの特殊部隊の者達などはこれには該当しない。
よって逮捕権などは全て警察機構の1つである「公安部」にあるわけだ。
ムギは事前に調べていたのでそれをよく知っていたし、そういうのはそれなりの国家なら「当たり前のこと」なので自身の中では一般常識の1つとして認知していたが、
つまりはドゥームの特殊部隊や工作員の男が呼び寄せた8人というのは国家安全保障調査室としての立場で逮捕できない可能性が高いため、現状で対立するのは避けたかったのである。
ブライアン本人は組織の活動方針に従って戦争回避を最終目的として活動していたため公安に対してそこまで気にかけていなかったが、
ムギの最終目標はブライアンとも公安とも異なり「三国に恨まれない形で状況を打開・収束する」事だった。
今後のメディアン内での活動を考えると国家から敵愾心を抱かれるのはムギにとって最も危惧すべき行為。
スタンダールに加担しすぎてウィルガンドとドゥームから睨まれる展開はなによりも避けなければならないことであった。
正当防衛こそするものの、敵は作っても個人単位でなければならないというのがムギの考えである。
『ドゥームからの条件はコンラッド卿の身柄を差し出すことと、スタンダールが隠し持っていると奴らが主張するストゥルフの財宝を明け渡すということだが……そんなもの王族も知らぬものだ』
『財宝について具体的な言及は? 何をほしがっている』
あまりにもそれが具体性に欠くのでムギは公安に不快感を感じる。
工作員の男が近くにいる影響なのか、どうしても言えない事があるらしきことを理解したが、
さすがにドゥームの狙いがわからないままではどうしようもないので率直に伺った。
『かつてストゥルフの王宮内に存在したとされる部屋だそうだ。よくわからんが部屋だと言っている。しかしスタンダール国内にある旧ストゥルフ王宮からは彼らがあると示した場所に部屋なぞ見つからなかった。そもそも旧ストゥルフ王族でもある現スタンダール王族の者達は部屋の存在自体を知らん。恐らく皇帝だけが代々受け継いできた秘密の部屋か何かをドゥームの者たちは探しているのではないか』
『コンラッド卿とやらに聞いてみたりはしたのかのう?』
『コンラッド卿も知らぬとは言っていた。知っていても知らぬと答えている可能性は高いのだが……我々にはまるで何かわからん。コンラッド卿を差し出すというのも現時点では罪が確定していないので同意できんしな……』
『コンラッド卿は王宮に出入りが許される者。彼が外部で何かを探しているというならばスタンダール国内には無い可能性が高い。ストゥルフ最終戦争で失った何かかもしれませんが』
しばらくの間無言だったブライアンは平静を取り戻しつつあった。
口調がいつもの状態に戻ってきているのでムギは安心する。
『それはもう本人に聞くのが早いだろう。まずはディエス・トゥルーマンとの接触だ。公安部長。出来れば彼を拘束したいんですが可能ですか?』
『状況によりますな。犯罪を犯している証拠となりうる証言でもあれば』
『俺達は近々彼と接触する予定となっている。当然手伝っていただけますよね? 現状でドゥームとの交渉可能性など0に等しい。手札を増やす必要性がある。それと、そこの工作員。悪いんだけど国家安全保障調査室に引き渡してくれないかな。ありったけの情報を手に入れたいもんでね』
『引渡しは可能です。国家安全保障調査室の上から正当な理由と要請があれば……ですが』
公安部部長は力なく肩を落とした姿勢で可能なことをムギに伝えたことでムギの意思は固まった。
『ブライアン。今はこれしか最善の策は無いと思うんだ。国家安全保障調査室としても現状の状態だとそこの工作員の身の安全がまるで保証されていないような状態だし、そっちで預かって情報引き出して新たな策を立てないか?』
『ええ。それが一番だと私も思います。公安部部長。本日中には申請を出す予定だが、現時刻をもって彼は我々の監視下のもと、その身を預からさせてもらう。よろしいな?』
一瞬目を瞑って悔しさを滲ませた公安部部長はゆっくりと首を縦に動かして認めたのだった――




