尋問2
『アークの移民さんよ、アンタはこう思ってるはずだ……スタンダールが手を焼いてるドゥームの特殊部隊、こいつを俺が呼んだんじゃねーかってな。それは違うぜ。否定しとく。アレは俺じゃねえ。奴らは痕跡すら残さん。俺が必要になるのはドゥームでそれなりに地位を持つ奴らだ』
――やはり俺達を襲ったこっちでも活動していたか!?……そうか、そうなのか!!……ヒトデの件からリッテルダムとの関係を洗い出せば何かわかるとは思ってたが……これは間違いなく重要な情報だ。忘れないようにせねば……。
ムギはグッと腕に力を入れながら今の言葉を頭に刻み込む。
『ふむ、嘘ではないようであるな』
一方のエルはその男の表情を読み取るように嘘ではないと主張した。
ムギは不思議に思うが、なぜかこの男は嘘をつかない。
無論、エルがそう思っているだけの可能性はあったが、
人の心を見透かす力においては郡を抜いているというのはこれまでのエルとの関係からムギはよく理解している。
『それでお前が関わったのはどういう連中だ? 工作員か?』
『違う。秘密裏にスタンダールとの取引をしてえ連中だよ。何しようとしてんのかはわかんねー。そこは仕事の流儀ってもんだ。ただ、奴らしきりにあれこれスタンダールの内情とか聞いてくるんだ。明らかに探し物をしている様子があったのはわかってる』
『それは人であるのか? 物か?』
『物だよお嬢ちゃん。多分……たぶんな』
『物か……スタンダールに何かあるのかのう』
エルは珍しく大きく椅子の背にもたれかかった。
『さあな、そこの隣の黒人の方が何か詳しいんじゃないか?』
男はくいっと顔を動かしてブライアンを顔で指し示した。
『残念ながら何も。国家安全保障調査室は自国の秘密を散策する機関ではありませんので……それと、元々我々は内部因子を監督する立場にある組織ですから……それは公安の仕事のはずです……』
ブライアンは壁の方をにらみつけ、公安が何か隠しているのではないかと疑う。
『はっ。怪しいもんだ……まぁいい。最後に入国させたのは8人だ。全員ドゥームの人間だと聞いた。まあそうじゃなくても依頼人ってのはそう言うもんなんだが……8人入国させた後だ……以前から亡命してえってお願いしてた所にさせてやるって言い出してきたのは……奴ら仕事を重ねたら考えてやるっていうから、ついにこの時が来たかと思ったのによ……ひでえぜ』
まるで唾を吐きかけたくなるような表情で語る姿にはウィルガンドにもドゥームにも裏切られたのだという敗北感が表れていた。
『8人……それだけじゃ何かわからん……あの男との繋がりもわからんなあ……じゃあコンラッド・ゾルゲン卿については何か知ってるか』
ムギは新たな情報を求めるため、別方向から切り開こうとする。
ついにジョーカーとなるコンラッド・ゾルゲンという名前を出したのだった。
『アレぁ、ウィルガンド国民の敵だろ。ウィルガンドの地を荒らしまわりやがって』
男の顔は急に赤くなる。
明らかに先ほどよりも憤っている様子となった。
ムギはなぜなのか理解できない。
『なんでだ? PMCを展開して各地で自警活動を展開してると聞くが、そいつらは三国各地でテロ鎮圧してるらしいしウィルガンドの味方だろ?』
ムギは事前に調べたゾルゲンのPMC情報により、彼のPMCが各地で自警活動をしているのを知っていた。
いわばゾルゲンとはM.E.Fの殺されたCEOであるナクルロとほぼ同様の活動をしている人間であり、スタンダールどころか三国全体で英雄とも言えるべき立場にあるはずであった。
『いーや違うな。ゾルゲンのPMCの最大の狙いはテロ鎮圧じゃねえ。テロリストの把握だ。野郎がPMCで何しようとしてんのかは知らねぇ……だが奴はPMCを通してテロリストの勢力状況を把握しようとしている』
『なんだって!?』
これまで知らない情報を突如として知らされたムギは思わず席を立ってしまったが、
すぐさま椅子に座りなおした。
『まるで場をコントロールしたいような感じがするな。ゾルゲンのPMC自体は真っ当に活動しているように見える。だが、奴らは治安維持組織というよりも調査団といったところだ……各地の経済状況、テロリストの活動場所などを探して調べる事のほうが最優先で過激な事は全くやらねえ。むしろテロリストに金渡してその地域では活動しないように裏で手を結んでんだよ。目的は知らねえが、金渡したらその場所に向かって攻撃しなくなるだけで活動資金は増えるだろうが……本末転倒だ! その分、別の地域がダメージを受ける……俺の故郷もそれで焼かれたようなもんだ……』
『故郷?』
『≪ラデール≫……であるな?』
ムギはエルの突然の言葉に思わずエルの方を向いてしまう。
間違いなく心を読んだ。
そう思えた。
『……なんでわかったんだ?』
『ニュースで見たから……かのう』
エルはそのように述べたが、間違いなく心を読み取ったとムギは確信に至る。
物言いが明らかに「言い訳を今考えようとして思いつかなかった」というような感じだったからである。
『……そのコンラッド卿がアンタに多額の報酬を支払った最後の依頼人の可能性があるとしたら?』
ムギが呟いた瞬間、壁の向こうからざわざわと人の話し声が聞こえる。
間違いなくリスクがある話である。
スタンダールで長らく政治活動をしたゾルゲンは表向きは英雄的著名人であり、絶対にそんな事はやらないと思われた男だったからだ。
ヘタをするとムギはスタンダールから追われる身となる可能性もあったが、あえて強気で挑んだ。
ブライアンと共にそこは事前に打ち合わせしていたのだ。
『……気に入らねえがありうる話だ。ゾルゲンはストゥルフ復活に拘ってる男。かつて存在したストゥルフ皇帝の血族だ。やつは皇帝になりたいわけじゃねえが合衆制だか連邦制にして三国を1つにしたいと考えている。俺はPMC引き連れてんのは最終的な目的がそこにあってのことだとウィルガンドで教わった』
『どうやって? 文化も何もかもまるで違うならもう無理だろ』
ムギは段々とこの男が何者なのかわからなくなってきていた。
少なくても工作員の物言いではない。
『ゾルゲンは探し物をしているって話だ。テロリストがその探し物を悪用して現在の混乱を引き起こしたんじゃねえかと考えていると。その探し物がなにかは知らんが奴ももう高齢。物探しに手段を選ばなくなってきたと聞いてる。だとしたら俺に報酬を支払って依頼する可能性も0じゃねえ』
『一体どういうことだ。なんでお前はその手の情報を握ってるんだ。話せ』
『チッ……俺は元ウィルガンドの工作員ではあるが、元々はその後ろにいる黒人と同じような仕事やってたんだよ。ウィルガンドの国家を守ろうとしてた。何年も何年も必死でな』
『本当かブライアン?』
ムギはブライアンの様子を伺うが、ブライアン自体も初めて聞く話なので困惑した表情を浮かべた。
その手の仕事は公安の領域であるため、ブライアンが知らないのも無理はない。
『この者はウソはついておらぬぞ!』
エルが加勢するがごとく男を擁護する。
エルの言葉から事実だとはわかるが、証拠がないためムギはそれを把握しようとする。
『ブライアン、後ろにいる連中引きずり出せないか? 一番詳しい奴の尋問も必要だろこれは。国家安全保障調査室として、公安の連中が何か隠しているのか把握すべきだ』
『でしょうね……公安部部長! 我々が知らない情報をこの者は話そうとしているぞ! 国家安全保障調査室の権限を行使されたくなければ今すぐ入って来い!』
ブライアンの怒鳴り声は間違いなく壁を隔てたあちら側まで響くほどのものであったが、しばらくボソボソとした声が壁伝いに聞こえると、公安部部長と見られる男が中に入ってきた。
『この者が工作員となる前の素性ぐらい、貴方方は把握しているはずだな? 知らないわけがない。だが、そんな記録は全く見ていない。ただの扇動屋でテロリストだとしか知らない。言っておくが、我々はスタンダールの未来のために活動している。例えコンラッド卿が現時点では英雄に見えたとしても、スタンダールに混迷をもたらす者なら容赦はしない。我々は見張る者を見張る者だ。我々が最後の砦であり、スタンダール最後の良心だ。隠し事はやめてもらおう』
その強い言葉に、公安部部長と見られる者は背中を丸める。
『Mr.ブライアン……隠し事をしているつもりはない……その男が述べた事は事実だ……確かに彼はウィルガンドの保全情報部の元職員だ……』
『馬鹿な……なら貴方方はなぜ彼をテロリストの主犯格として逮捕した……ニュースの報道からして彼はテロ組織のリーダー格として発表されているが、それは貴方方の発表をそのままニュースにしたものであるはずだ』
ブライアンの顔には血管が浮かんでいる。
それほどまでに彼の激情をかりたてる行動を公安はしていた。
『それは……』
公安部長は口を紡ぐ。
何か重大な情報を隠している様子があった。
『ブライアンと言ったか、アンタ、俺を今すぐ保護しろ。俺はきっとこいつらが消したい情報を知ってる。知ってる情報なら何でも話すぞ。ウィルガンドの事だって俺は把握してんだ……それも隅の隅まで!』
男はガタガタと椅子が揺れるほど体をゆすり、自身の保護をブライアンに求める。
ブライアンもその様子を見て唇をかみ締める。
『そ、そうかわかったぞ、てめえらだな! ドゥームの外交官らしき連中と密会してんのは……いいか聞け、ブライアン、アークの移民達! 俺が扱った仕事の中で一人だけ素性がわかってる奴がいる。ドゥームの外交官が1名! そいつを出入国させたんだ! 名前もわかるぜ! ≪リヴェルト・ウェルナー≫ってんだ! きっとこいつらと何か取引をやってたんだろ!』
ムギはザ・ウーに左手をかける。
公安部長が妙な動きをした場合はすぐさま攻撃する構えでいた。
『それは違うッ! 我々は外交ルートを通じてドゥームが拉致した者達を開放しようと交渉を持ちかけただけだ! 事は公に出来んのだ!』
『バカな……ドゥームの連中が事に及んでいたことを貴方方は把握していたというのか!? なぜ黙っていた!』
『Mr.ブライアン、それは彼が言った通りだ……ドゥームが最高峰の部隊をスタンダールに派遣した最大の原因は、コンラッド卿にあるのだ! コンラッド卿はありとあらゆる方法でもってウィルガンドとドゥームで何かを探し求めている。それによって発生した影響を省みずに……』
ドンピシャであった。
ムギは現状でコンラッド・ゾルゲンなどに対して把握する情報について確たる証拠はなく、今回の尋問においてもハッタリをかました部分がかなり多い。
コンラッド卿とディエス・トゥルーマンの繋がりすら確たる証拠はなく、間接的な証拠から1歩1歩近づこうともがいていただけだった。
元々、彼の尋問から何か得られないかと期待した程度だった。
しかし状況は大きく動き出し、点と点が線で結ばれつつある。
この公安が覆い隠そうとした情報をPATOLISは少ない情報からアルゴリズム的に計算した末に見抜いて引っ張り出してきたのである。
実はPATOLISにはムギによって「最初に決めかかって行動する」性格のようなものが与えられており、強い先入観をもった上で行動する不思議な特性が存在した。
その先入観は人間的な心理や集団原理などの理論を数値化した、地球で言う米国が大好きな数式理論関係を用いてメディアンで構築したもので、
ムギは知らないが、PATOLISはかなり最初の段階からコンラッド・ゾルゲンについて怪しいと感じていたりする。
むしろ逆なのだ。
コンラッド・ゾルゲンが裏に潜むのではないのかと考えてディエス・トゥルーマンなどの情報を見つけてきたのだ。
あの「ディエス・トゥルーマン怪しいです」は実は非常に強いバイアスでもってコンラッド・ゾルゲンを意識した結果、偶発的に見つけ、さらにその決め付けによって高い数値としたもの。
そしてそれがムギの新しい道を切り開いたのであった――




