尋問1
スタンダール首都に到着した一行はブライアンが手配した車に乗り、テロリストの容疑者であり工作員とされている人物のいる施設へと向かうことになった。
そこは一般的な留置場であるとのことであった。
逮捕したのは公安だが、公安はスタンダールでも日本と同じく警察組織の一部。
刑事が併任しているので留置場にて取調べを受けているという事なのだ。
ムギはこの世界にきて車という存在に乗車するのはこれで2度目であったが、メディアン世界の自動車は本当に美しいなと思ってしまう。
繋ぎ目が全く無い空力を意識した流線型。
タイヤこそ整備性確保のために露出しているというが、ホイールアーチ内も泥を落とすために必要な凹凸だけがあり、繋ぎ目などは一切無い。
マッドガードなどは存在しており割と「車」という感じはしなくはない。
方向指示器なども完全にボディに埋め込まれた状態だが存在している。
ただ方向指示器を出すたびにリアウィンドウに該当する部分に「LEFT」といったような文字が流れたりと、より表示をわかりやすくするような安全措置も講じられていた。
一方でフロントライト部分はふくらみがあり、これは高速走行時に風流を整えて走行風を適度に逃がし、車内を快適に保つよう工夫されていた。
観音開きに開くドアはキャノピーとも言える部分と完全に繋ぎ目が見えない状態で接合されているようにムギからは見えたが、その素材すら不明。
アーク曰く「メディアンの技術は地球換算26世紀相当」とのことだったが、ブライアンが用意した自動車は先進国最新モデルのものであった。
8人乗りと見られる車の後部座席に着席した一行は運転手の運転の下、街中を進む。
街中ではここ最近地球でも見るようになった地表集電方式のトロリーが走っている姿があったが、街中に電線などは一切みられず開けた景観であるのはどの国も共通であるようで、その殆どが魔力を駆使しているか魔力を変換して用いたエネルギーによって稼動している。
ムギ達が乗る車は魔力は別エネルギーに100%変換できるという凄まじい効率から電気に変換されてモーター駆動という形で稼動していたのだが、
これは魔力をそのまま動力に変換するよりもエネルギー効率が良いためであり、そういう場合は積極的に別エネルギーで稼動する機器を用いている。
とはいえ電気自体の活用は極めて限定的でモーターなどはあっても割ともてあましがちなエネルギーなのであった。
留置場へと向かった一行だが、エクセルとカヤや尋問に参加しない事になった。
カヤは「尋問は得意ではない」と言い、エクセルはムギが「経験にはなるが教育上よろしい人物とはいえず、成長に影響しそう」と配慮したことによる。
ただ何があるかわからないのでカヤは常に近辺においておきたかったムギは、留置場までは彼女らをつれてくことにしたのである。
尋問に参加するのはムギ、エル、そしてブライアンである。
既に容疑者とされる人物は面会場所に訪れており、透明な壁越しで対話する事になったのだった。
『とりあえずあらかた聴取はすませているんですがね……工作員として彼がスタンダールで何をしたかったかはいまいちわかっていません。我々はあくまで罪を認定するのが基本の仕事なので動機などは伺ってはいるのですが……』
面会室に向かう前に会った男性の刑事と見られる男(公安所属)は彼がきちんと聴取に回答していないと主張しており、また警察としてはムギやブライアンが何を求めているのかわからないため、
今のところムギ達の目にかなう情報は出ていないのと主張しながら聴取書類を手渡した。
聴取書類はどちらかというとこれまで公安がかき集めた情報ばかりが目立っており、本人からの情報は殆ど得られていない。
そこでブライアンは「あえて無関係の一般人が聞いた方が何か得られるかもしれない」と考え、当初はブライアン本人が尋問しようとしていた所、急遽ムギが担当になった。
ムギは当然このような経験がないので「何をどうして聞けばいいのか」と困惑したものの、エルも隣で見ているからと言われ、ムギに対し周囲には聞こえない形で「接続者でなくともその者が嘘をついているかいないかぐらいはわかる」と伝えたので、まずはそれでやってみる事にした。
尋問室に入ると、割と健康そうな中年男性が座席についている。
腕は椅子の後ろにまわされており、そこに手錠がかけられているのだと思われた。
『誰だアンタ』
明らかに素人くさい人間がはいってきたことで男性は違和感を表明する。
『アークの移民といえば早いか? 隣にいるのは俺の仲間だ』
ムギは新たな印を見せ付けつつ用意された2つの椅子のうち1つに着席し、隣にエルも着席した。
『なんだ。今日は特別な面会客が現れたというからドゥームの人間かと思えば……はん、アンタも三国に介入して一儲けしたいってクチか? それともどこかの国にうらまれて追われる者になりたいってか』
『最初は俺を騙したスタンダールとドンパチやらかすのも考えていたがねえ……今はスタンダールと共に駆け回ってる。現状で敵になりそうな国はないな……多分』
ムギは自身の後ろの様子を伺いながらも呟く。
実は後ろには容疑者からは見えないようになっているだけでマジックミラーとなっており、あちらからは面会室の様子が見えるようになっている。
ブライアンとその同僚、そして公安の者達が見守る中、ムギとエルは尋問に及んでいた。
『そうかい』
男は興味なさそうな表情で俯く。
ムギ達に期待はずれといったような様子を見せた。
『じゃさっそく本題だ。お前…なんでドゥームに亡命しようとした?』
ムギは世間話は無用と判断し、一気に本題へと突入させた。
『んなもん当然ウィルガンドの扱いがよくねえからだよ。大したこっちゃねえ。生まれた国が保護してくれなくなってきたからだ。これまでずっとウィルガンドのために生きてきたのに、それがお役御免とばかりに切り捨てられたのさ』
『あんたみたいな男をドゥームは保護してくれるのか? あんたドゥームに売られたようだけど?』
『らしいな。公安から聞いたよ。そうでもなきゃ捕まるわけがねえ……これでもウィルガンドでそれなりに鍛えられたもんでね』
その乾いた笑いの裏には「祖国に裏切られた」という強い喪失感が宿っている。
ムギは多少同情しつつも、それが演技であるという可能性を捨てずに尋問を続ける。
『どうして売られたと思う?』
『しらねえよ。聞きてえのはこっちだ』
『もしそれを我らが知っておると言えば、貴様はどう反応するかのう?』
『なに?』
エルの一言に男は反応を示す。
顔をあげ、なんでそんなことを知っているんだというような表情である。
ムギも思わずびっくりの物言いであった。
エルはふっかける形でムギが洗い上げたデータを使い、「お前はスタンダールから金を受け取る形になってドゥームに捨てられた」という方向性で攻めようとしていた。
『こやつに会ったことはあるか?』
エルはディエス・トゥルーマンの写真を見せて指をさす。
それはムギが手に入れていた資料の一部である。
『……ねぇな……』
『ふむぅ、ウソはついておらぬな……』
エルはぷうと少し頬を膨らませながら疑念を表明する。
すかさずムギがフォローした。
『アンタの口座、テロの翌日に尋常でない額の金が支払われていた。それもドゥーム経由だ。だが俺はその金がスタンダールから出ていることを見つけたんだ。なぜそんなことになってるんだと思う? そりゃ国だから内部に反乱因子的な国賊はいくらでもいるだろうが、俺も仲間もそれでアンタがドゥームから裏切られたんじゃないかって予想している。そこはどう思うよ?』
『そりゃ初耳だぜ。少なくとも俺は知らねぇ。報酬はドゥームから受け取ると聞いていた。逮捕前日に口座を見た時はドゥームから金がきてたように見えたぞ…というか、俺はドゥームから依頼を受けていたと思っていたんだが……スタンダールからなら、なんで俺がこんな場所にいなきゃならねえ? スタンダールだとするなら、アンタの後ろにいるお偉いさんこそ俺の雇い主になるはずだが?』
男はくいくいと顔を動かし、全く見えない壁の後ろに見ている者がいることに気づいているとジェスチャーで表した。
工作員として鍛えられただけあってそういうのには詳しい様子である。
『ってことは今回のテロ、アンタには依頼人がいたのか』
『テロは俺がやったんでもなけりゃ俺が扇動したわけでもねえ。それは公安の連中にも言ってやったがな。俺ぁ生粋の工作員でよ、基本的には不正な方法で外部から人を呼び込む仕事をやってんだ』
『つまりはどういうことか?』
『公安の連中は俺にテロの罪を被せようとしているようだが、俺は外部から人を呼び込んでるだけよ。素性なんか散策しねえけど正規じゃ入れない奴を不正な方法で入国させたり出国させてるわけよ』
エルは言葉の意味がわからないので首をかしげる。
『不法出入国幇助ならびに斡旋ってやつか』
ムギは理解を示してエルにわかりやすいよう言葉を選んで述べた。
『ま、そんな所だわな。入った連中が何しようと知らねえ。そういう事やらねーから見つからねーのよ』
男は裏で何度も修羅場をくぐってきたことを誇らしげな表情で自慢する。
『じゃ誰が何を依頼してきた? そこは話せるか?』
『ウィルガンドからの仕事はとっくに無くなった。ウィルガンドのテロリスト共が今どうやって入国してくんのか知らねえ……これはドゥームからの依頼だ。ある人物たちをいつものごとくスタンダールに入国させて出国させてほしい。それだけだ。俺は例えば人探しとか物探しは得意じゃねえからやらねえ。いつもの仕事だよ。後ろにいる公安も良く知ってる……ただそいつらはまるで素性がわからねえ集団の割にゃ金払いが良かった』
『いつの話だか教えてほしい』
『仕事柄、曜日とかは忘れるようにしている……覚えてねえ。定期的にだよ。定期的にだ……出国と入国、どっちもやった。入ってくる時よりも出て行く時の方が人数が多かったなぁ……』
『ふむ、そこは嘘をついておらぬようだな』
――これってもしかして……。
ムギは唐突に頭の中にフラッシュバックのようにして記憶が走った。
頭の中に浮かんだのは、何人も行方不明になっているスタンダールの者達。
そして1件だけ確認された「黒ずくめの者達がスタンダールにて拉致・誘拐に関与した」という情報。
『なあアンタ、最後の仕事とその1つ前の仕事覚えてるか。これは俺の予想だ……最後の仕事…特に金払いが良かったんじゃないか?』
『そうだな』
『依頼人は同じか?』
『いや、依頼人はいつも違う。やる事は一緒。金を提示されてリスト貰って、入国して出国させる……それだけだ』
男はなぜか素直に話を述べる。
まるでこれまできちんと話を聞いてもらえなかったとも思える態度を示した。
『最後にその仕事をやった際、いつもと違う感じはしたか?』
『俺の仕事では素性は散策しねえ。見た目の違いなんてアテにならねえしな……最後の仕事は珍しく入国だけだった……そういうのもいるが出国だけというパターンはない……最後を除けばドゥームはいつも出国もやったはずだ』
『間違いなくクライアントが違ったな。俺の予想だが、アンタの亡命の話を持ちかけてきたのは最後の仕事が終わってからだろ?』
『そうだな……そうだよ』
『貴様が最後に請け負った仕事をドゥームは裏切り行為と受け取ったのであろうな』
『何人呼んだのかとそいつらの見た目だけでも知りたい。性別、種族、その他諸々』
『それを話して俺に得があるってのかよッ?』
男は怒りの表情を浮かべはじめる。
触れてはいけない琴線部分であった様子だ。
『内容によってはウィルガンドとのテロの罪を解消し、司法取引という形でお前を解放する事もできる』
そう言ってムギが後ろの壁に顔を向けると、ガチャリと音がしてブライアンが入ってきた。
『彼に手伝いを頼んでいる者です。話の内容にもよりますが、国家安全保障調査室の立場をもって、司法取引という形で貴方にかけられた疑いを晴らすことも出来ます。ただ、内容次第です』
ブライアンは身分証明書を見せて自身の立場を表明すると共に、司法取引という餌を提示した。
『開放だけじゃダメだ。身の安全も保障しろ』
しかし男は頭の回転が悪い人間ではないので、今開放されてもドゥームやウィルガンドから狙われる可能性を考慮し、それだけでは足りないと主張する。
『それは内容によりけり……』
ブライアンは仕事人の表情を保ちながら鮮やかにその言葉をかわした。
『チッ、わかったよ、お前らは公安よりまともだから少しずつ話してやる』
男は姿勢を整えると、静かに口を開き始めたのであった……




