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PATOLISの功績と闇の一端

 金融データの照会が終わったのはその日の夕刻。

 ムギはリッキーとロン達が調べ終わったデータを手に入れる。


『見ての通り、決済取引は全て別の企業から別の金融機関を経由する形で行われています。その企業も多少洗ってみましたけど全部タックスヘイヴンの地域にこさえられた明らかにダミー臭い企業ですよ』


 タックスヘイヴン。(税の避難所)

 地球だけでなくメディアンにも存在し、経済停滞の原因となっていると糾弾される地域。


 都市国家が少なくないメディアンにおいては自己資本の拡充と国家としての信用度を上げるために盛んに行う地域は多く、誘致合戦すら大々的に行われている。


 国際条約によって大きな制限が加えられているがそれでもどうしても悪用者の増加を防ぎきれていないといわれており、かねてより金融界の闇として認知されていた。


 展開する国家としては「国外企業が拠点を構えてくれるだけで実質GDPが増加するから」と正当な理由を主張するが、


 他国から言わせれば「増えたんじゃねえ、俺たちのを掠め取っているだけだ」と言いたくなるもので、本来別の国家の資本となるべき存在を国外移転することで表向きの経営実態をボカす事などが可能。


 ――2000年より前の日本においては、外部に新たな企業を作って実質的下部組織として機能させることでその企業に負債を押し付けて本社の実態的経営状況を良く見せかけようとしたのが横行したが、法改正後はそいつを国外へ向けてやるようになったんだよな……。


 ムギはリッキーが中心となってまとめた取引を行った会社資料を閲覧しながら、日本で一昔前に横行した決算隠しを思い出した。


 親会社を含むグループを構成する場合、基本的には連結決算という形で公表するのが一般的である。

 これは会計基準といってかつては大蔵省、もとい金融庁が管理していた基準によって(現在は民間の非営利団体が管理)公表しなければならないものだ。


 ここに不正な処理を施すと粉飾決算という形で糾弾されるわけだが、2000年に改正されるまでの当時、企業が複雑化して成長することで会計基準に穴が空き、実質的に子会社であるはずの企業との連結による決算発表を回避することが出来た。


 これはヘタをすると「債務超過」に陥っているのを表向きは「問題なし」と覆い隠せるもので、しかもいくつかの企業の破綻事件においては「金融がグルになって隠していた」ことがわかっている。


 銀行側は債務超過に陥っている事を知りながら、それを手助けしているケースがあるのだ。


 法改正によって監視が厳しくなった現在ではその不安が国内から国外に飛び火する事になったわけだが、基本的にはそんなことをやっているのは日本企業ばかりという話なのは、かの有名な「パナマ文書」などによって明らかとなっており、


 実際のタックスヘイヴンとしては「利益隠し」が基本であると言われる。

 純益を低く見積もることで法人税を低く見積もって、ダブルで租税回避してしまおうというものだ。


 国外企業においては酷い所になると本社の拠点場所を「中国」と発表しながら実際には英国領ケイマンやバージン諸島に本社を置いているなど、「親会社」自体がタックスヘイヴン内に存在するケースすらある。


 一例を示せば阿里巴巴集団がそうだ。

 暴露された金融関係の情報を洗い出してみればわかるが、表向き「中華人民共和国」としている阿里巴巴集団は実質的には「英国領ケイマン諸島」などが本社地域となっている場所。


 あそこと一度でも法人取引すると本社本拠地が「英国領ケイマン諸島」となっている事に驚くことになる。


 背景には共産党と完全な距離を置いて民間事業を展開したいという「民間企業が民間企業であるために」中国拠点の本社を「かかったな、そいつは偽者だ!」とする恐ろしいことをやっている。


 中華人民共和国にて急成長を遂げる外資系企業の場合は共産党からの魔の手を逃れるためだけに「英国などに魂を売ってまで」そんなことをやっているわけだが、


 これを共産党の弱体化とみるか民主化の動きと見るかは経済学の研究者によって評価が別れるが、国外の経済学の研究者は「第三勢力」として認識している。


 資本を持つ企業が国家に大きな影響力を与えるのは当たり前の事なので当然と言える。


 腐敗の激しい中国共産党に表向きは手を差し伸べ、中国の実体経済を後押ししようとしているものの、その裏では彼らが圧力をかけても逃れるだけの資本と立場を確保している……というのが事実のようである。


 ――地球がそうだったとして、ではメディアンは?……。


 ムギはバイト時代にふと公安保安庁がまとめた資料を閲覧したことがあることを思い出つつも、渡された資料データを速読し続けた。


 全ての企業が「国外での事業展開を目的としているが、実態としての事業を行っていない企業」つまり、ダミー企業とも言える存在だった。


『当然ダミーは挟んでくるだろうなとは思ってた』


 ムギはある程度予想できていたので素直な感想を述べる。


 ムギがリッキーが簡単に作った図表を見る限り、ダミー企業はその国ごとに口座をこさえた上でスタンダール国内の口座に送金する形でスタンダール国内の口座から第12連隊が持っている秘密口座と思わしき複数の口座に送金していた。


『ダミー企業を作るのは簡単なんです。その国の会計事務所に行けばすでに出来上がったモンがリスト化されてて、後はそのリストから選んでちょこちょこっと金を出せば引き渡されて終了。創業者は実在してもただの名義貸し。経営実態がない上にそれだと法人税は0に近いので決算発表の必要性もない。そんなものが当たり前に口座を持っている……それもスタンダールにもですよ』


『一体どうやって? 元のタックスヘイヴンと呼ばれる地域に持ってるならわかるが、スタンダールみたいな国家ならそういうのは排除したいだろうよ?』


『そこは割とシンプルですよ。逆なんです。スタンダール国内で口座を作らせて国外(タックスヘイヴン地域)に転居させ、そこで法人と法人口座を作らせる……タックスヘイヴンの地域での永住権の入手は割と簡単です。企業が移転してくることでGDPを増やしたいんだから、当然その国にビザ無しで永住してもらって外貨を稼ぎたいですから……それらの企業は今やスタンダールに非在住の国民によって作られたものかと』


『マジか……手が込んでやがる』


 ムギは複雑な実態に寒気がした。

 誰がどういう風に関わっているか情報だけではまるで想像できない。


『……にしてもリッキー、お前詳しいな』


『私は元々はしがない金融トレーダーでしたからね。PATOLIS開発の際にG.Wに入ったのは部長も知ってるでしょ。ヤバいのには手をつけないならば……逆に知っておかないと知らずのうちに巻き込まれる。知っててもやらないのが真っ当なトレーダーとしての誇りですよ』


『そういうことか……でも…だとして、個人口座から秘密口座と思わしき場所に金は飛んだんだよな? なぜ怪しまれなかった? リアルタイムで常に監視はしているはずだ』


『間に金融機関を挟んで信用度を上げているんです。そのままだと怪しまれるから中継地点を作る。マネーロンダリングをしようとしてよくやる手です。ご丁寧に間に挟んだ金融機関で有価証券を使ってるから一見するとスタンダール国内では事業をやってるように見えてしまう……Mr.ブライアンがほぼ全ての金融機関の情報を出してくれたおかげで諸々の金の流れがみえましたよ』


 リッキーの話に耳を傾けつつ、ムギは腕を組んで考え込む。

 一番重要なのは何か。

 逃げられる前に追うべきは誰か。


 そこに結論を付けたいのだった。


 ――これ……多分送金に関わってるダミー企業関連の奴を捕まえてもいたちごっこだろ。恐らく当人は一体何の名目で金が支払われているのか全くしらないはずだ……あくまで経営者みたいな形で一部の利益だけ貰ってスタンダール国外に在住する形でのうのうと暮らしているんだ……見つけなきゃいけないのは……第12連隊の秘密口座の管理者……恐らくそうだよな……。


『リッキー、どうやったら秘密口座の管理者を洗い出せると思う? 恐らくスタンダール国に12連隊の動向の鍵を握る人物が間違いなくいるんだ……だがPATOLISはそれを見つけられていない。そっちはブライアンに任せるしかなさそうだ』


『そこは博打ってのはどうでしょ? PATOLISが約1名、金融取引から怪しい人物を引っ張ってきています。別件です』


『なんだと?』


 ムギはギコギコと椅子を引っ張って空間上に映し出されるモニターに近づいた。


『Mr.ブライアンが渡してくれた金融情報にはクレジット決済情報もあった。これの中に先日テロを起こして逮捕されたばかりの犯人の口座があってね、それがすげー額の取引なんです。部長が先日購入して社長が頭痛に悩まされる債権額と並ぶぐらいにね。でね……私が重要情報って書いた資料見てもらえます?』


『……!!! これは!』


 それはPATOLISが見逃さなかった情報であった。

 ほぼ同時刻に同額の送金をスタンダールからドゥームへと謎の取引を行ったプライベートバンカーの姿がある。


 ドゥームより先の決済取引の情報は不明だが、PATOLISは他の全世界の公開された金融情報などを洗い出し、これを「同一取引の可能性 87.44%」と判定した。


 つまり、ドゥームから再びスタンダールに戻ってきていると判定したのだ。


『これは部長が詐欺に巻き込まれたあとに調べはじめて命令コードとしてPATOLISに打ち込んでずっと調べさせていた案件の同日の金融取引の調査をしているデータと、俺達が今回調査したデータを照合させて得られた情報です。無論、確たる証拠はありませんが、同日に世界各国でこの金額が動いてないんですよ……奇跡的かもしれませんし偶然かもしれませんがこのプライベートバンカーを洗ってみては?』


『ディエス・トゥルーマン……スタンダール市内在住……臭うなこいつは……』

 

 人物名についてすぐさま調べてみたムギは怪しさバツグンの人物が引っかかったことにニヤリと口元が緩む。


 何か関係者と見られるのは間違いなかった。


『こいつは武器輸出関係の取引もやってます……PATOLISがそう判定したように、ほぼほぼ黒じゃないっすかねえ……証拠掴めば1発じゃないっすか?』


 リッキーも自己で調べた情報をまとめており、ムギに提出していた。

 それを見たムギは決意する。


『よしっ、ブライアンには一連のデータを渡し、まずは奴から何か引き出せないかやってみる。他の件の調査の継続も頼む』


 ムギはリッキーに対し、サムズアップしてでかしたと褒めながらも更なる調査を要求した。


『部長羨ましいですよ……俺もトレーダーとしての力があったら部長みたいな事やってたかもしれないのに……』


 リッキーは元々「こういうことをやりたくて」生きてきた男のため、ムギのテンションが上がる姿を羨ましがる。


 今の仕事も十分楽しいが、稀にこういう案件に首を突っ込みたいというのが男として生まれた者のさがだと自負していた。


『必要ならば俺があれこれ理由つけて呼び寄せてやる。まだそっちで仕事しろ。ロンと合わせてお前らメインのSEたる二人がいないとPATOLISのアップデートはままならないんだ。お前らがいてこいつはどうにかなってるんだからな。それを忘れるなよ』


『あーい……』


 リッキーはやや残念そうな素振りも見せつつも通信を切る。

 ムギの周囲にはムギの会話を聞き、いつの間にか戻ってきていたエル、用心棒としての仕事を本日はちゃんとこなしていたカヤ、そしてエクセルの姿があった。


『聞いてたなみんな。ディエス・トゥルーマンについて洗い出す。ことによっては襲撃も考えるぞ』


 明らかに体が漲ってきた様子を見せるムギに対し、カヤは「やれやれ」と思いつつも特に愚痴をこぼすような事はしなかったのだった。

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