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辺境の商人との夕食会

 エルとムギの二人が案内されたのは古い城のようなイメージがある構造物のレストランであった。


 周囲にはムギからするとトルコあたりの古い町並みを再現してみたような光景が広がる中心地にあったが、それらの構造物は建築されてからそれほど年数が経過しているよう見えない。


 パティルム曰く『この地域の古い町並みを再現した商業区画』とのことである。


 エルは終始無関心といった様子で、パティルムが予約して案内された個室にて着席する前にようやく名乗る程度であった。


 彼女にとっては「ムギと辺境の商人によるスタンダール王国軍との商取引失敗の反省会」など微塵も興味がないのである。


 ムギの傍にいることで見たい光景はそれではないのだ。


 一方、ムギは構わず話を続ける。

 二人は互いにまずは自己紹介をし、その上でムギはパティルムから過去の商取引についての話を伺った。


 パティルムは自分が辺境ではそこそこ有名な陸運事業会社M.E.FのCEOであることを明かすが、

 ムギは商取引のために各所にアンテナを張り巡らせてM.E.Fこそ認知していたものの、パティルムがCEOであるというのを見抜けなかった。


 理由はごく最近に前任者が死去していたことであり、取締役の名前まで把握していなかったことによる。


 ムギは非礼を詫びた一方、本当に最近交代したばかりであるので仕方ないことだとパティルムは笑い飛ばした。


 その後、ある程度お互いの素性を明かすと、二人は情報交換を始める。


 ムギは自身がムギ・リーンフィールドと呼ばれるPATOLISの開発者にして正式に認められた中では史上初の転移移民者であることを証明した上で、


 PATOLISが今回特段何かミスを犯さなかったという、本来は秘匿すべきサーバー内の情報処理工程のログを一部公開した。


 ムギには現状それぐらいしか情報がなかったが、PATOLISのユーザーの一人であったパティルムはバグでないことに納得。



 一方のパティルムは本来はあまり周囲に語らない自身の会社の直近の取引情報を提供したのであった。


『――つまり、直近で4回スタンダールと取引して、それらの納品物はバラバラだがきちんと金は払ってくれていて、4回目はなぜかこちらと同じく難癖を付けられて瑕疵担保責任を主張されて今回分の支払いには応じなかったわけか』


『ええ、あっし以外にも取引してた奴ぁ結構いましたよ。でもね、何の前兆もなかった。あっし達のデータはPATOLISにプラスに働いていたはずだから……ある意味加害者みたいなもんでさぁなあ』


『そんなことはない。誰しもが皆、それまできちんと対応し続けてくれたならば信用する。それが国家に属する正規の組織なら尚更だ。今回の行動、どうしてこんな真似が出来たのか俺にはわからん。情報が公になりゃ困るのはあっちだろ』


 言葉を吐いた後で、ムギは己の体温が高まっているのを感じ、グラスに注がれた飲み物を飲み干して熱くなる体を冷やそうとする。


『いやあ、国っちゅうもんはね、知らぬ存ぜぬはある程度通っちまうんでさぁ。特に辺境ではね……商人なんて消耗品同然。前任者も交易中に夜盗に遭遇して命を落としましたからね。そうやって被害者もそのうち企業ごと消えていくから、緘口令を強いて報酬は支払ったと言い続ければそのうち既成事実になる。スタンダールはそれをわかってるんでしょうよ。たかが10だか20の商取引を蹴っただけだってね』


『確かに…スタンダール全体からすれば大したことのないミスなのかもな』


『スタンダールの国家とそこに関わる組織はいくつもあって商取引も大量にあるから、例えば第12連隊を抹消して違う部隊に差し替えるとかすれば記録はデータは混沌の中に飲まれ……最終的に消えていく……旦那、やっぱ情報社会においてもデータの限界ってやつぁあるでしょうよ』


『貴方が言うようにPATOLISにも罪人に対する刑期みたいなものを定めている設定があって、負の所業もいつかは消える。現在の評価に妙なバイアスをかけないようにするためにそうしているが、社会問題化しない限りはその通りさ。だが……やるべきことはやっておきたいな……やっぱ』


 その言葉に、ピクッとパティルムの眉が動いた。


『旦那、何を考えてるんで? 陳情したところで金を払ってくれるなら苦労しませんぜ?』


 何かを読み取ったエルはクスリと笑い、心の中で「ようやくいつものムギが戻ってきた」と安堵した。


『当然、払わせるんだ。スタンダールに。どういう形であれ……だ。そうさせるように持って行く』


『旦那……』


 ――そう、現状じゃこれ以上の情報はないからこそ、こちらから行動して何かを引き出す……やるぞ俺は……見てろよあの青二才……。


 ムギの頭の中には昼間こちらに対し自信に満ちた様子を見せたいかにも何かに支えられていることで辛うじて今の立場にいるような男の顔が浮かび上がる。


 その男とは、まだ20代中盤でありながら第12連隊の若き指揮官、ジョナス中佐であった。


『パティルム、1つ聞きたいんだが……貴方は今回の取引で同じく被害に遭った者達を探し出したりできるか? 出来れば彼らを集めてほしい』


『旦那、何をしたいんで?』


 パティルムは目の前にいる男が被害者の会を設立して徒党を組んで軍を追及しようとするようには見えなかったので、ムギの意図がわからず困惑した表情を浮かべる。


『俺がその債権を全て買う。俺に足枷をくれ、それが原動力になる』


 右手で握りこぶしを作って懇願する男の姿を見たパティルムは「やはり只者ではないな」と思いつつも、自身がもつ商人同士のつながり、つまりは人脈を用いて被害者をかき集めることをムギに約束。


 ムギはパティルムが負債として抱える債権の買取も約束し、その後は雑談なども交えながら夕食を楽しんで解散したのだった――

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