原初の神と地球の神5
ローズルは普段、ムギが寝ている間にあれこれ調べるだけのそれなりの時間があった。
ムギ本人の体を通して魂に刻まれた情報を見るだけでも少なくない情報を得ることが出来るだけの力もあった。
『……奴がそうだという証拠などない。実際、私はそうだと思って地獄の底にいたあいつの魂を拾って地球に持っていくことを懇願したが、何度地球に生まれても大した人物にならん』
アークは自信に満ちたローズルに対し、ついに根負けして自身が持つ情報の一部を漏らしてしまった。
『実際大した人間ではないか。我はこれまで神として生きてきて、あれほどの頭痛が襲ったことなどないのだが? ムギ本人がそうしたわけではないが、ムギが大きく影響してそうなったのだぞ。フリーロームの辺境の人間が起こしたなど、今思い出しただけでも体の奥底から不思議な感情が沸きあがるわ』
『あのな、私の地球にはそういう可能性のある人物は何名もいたんだ。そいつらは地球に生まれて偉大な者達へと成長した。それこそ魔法のないはずの地球で湖の上をすたすたと歩いて渡るような者すら過去にはいた。その頃ですら奴はただの平民以上になることはなかった』
『そりゃそうであろう? 貴様がレポートに記している、ある一定の環境下で役割を担わせて初めて開花する特殊な性格をもった魂の人間がいるという、あれな。原初の頃より奇跡を起こしてきた人間達の中の極一部にそういう者がいたのを我も知っているぞ。ムギはそういう人間だ。地球では覚醒する事などないがメディアンだと何かを起こす力がある。我が気づく前にそれに気づいた誰かが貴様には任せておけんと転移させたのが事の顛末であろうが』
クスクスと少女のような可愛い笑顔を見せながらローズルはアークを小ばかにする。
まるでそれは「お前には何も見えていない」と言いたい様子であった。
『……それが事実なら、奴は世界を守って神に抗うために人類の10分の9を絶滅させた男になるんだぞ。メディアンでその力を覚醒させる事が可能だというなら、稀代の魔王になるような化け物を呼び出したことになる。呼び寄せた奴はメディアンを崩壊させたいのか』
『何ィ? 人類の10分の9? 星かなんかの住民を殺戮し尽くしたのか?』
『……ッチ』
思わず言いたくない話をポロッとこぼしてしまったアークは舌打ちをした。
思わず癖である爪を噛んでしまう。
自身だけが調べ尽くしてようやくその記録を見つけ、今でも探し続けている魂の存在をアークはこれまでずっと隠してきたことを神の力でもって圧倒する雰囲気をもったローズルの皮肉に根負けする形で漏らしてしまったのである。
『そういえば大昔にフレイが神の横暴に耐えかねて反抗し、後一歩でそれを成し遂げようとした者がいるらしき話をしておったのう。なるほど、その裏には神の理についても間違いなく関わっていそうであるな。それがムギを転移させた者とは別の神であったとしても何やら行使していたという話を聞く。礼を言うぞアーク』
『なにが……』
散々もてあそばれた故にありとあらゆるモノをもっていかれそうなアークはしゅんと肩を落とした。
その様子を見たローズルは少々可哀想に見えたので、自身が長年隠してきた想いを伝えることにした。
『貴様に免じて1つだけ教えてやる。我が世界に興味がなかったのは神の理を全く解明することが出来なかったからだ。今の今までな。我の目標はたった1つ。神の理を手にいれ、原初の神より前にいたと呼ばれる古の神と同等の存在となる事……創造の力以外の神の理を知る者がいるとわかった以上、今後はこれまで以上に世界に干渉するつもりだ……そして、ムギは我がもらいうける。我が奴と接続する』
その姿はまるでアークを通して、アークの後ろにいる者に対して宣戦布告のようなものをしているようだった。
ローズルはアークの背後で舌打ちをする神の姿がなんとなく感じ取れるほどであったが、
かくしてムギには真の意味で絶対神という味方を得たのだった。
アークは知っている。
もし仮にムギが本当に「人類の10分の9を抹殺した男」であった場合、彼は神に常に虐げられてきた者であることを。
神がおもちゃのように人をもてあそんだ際、仮面を被ることなく剥き出しの己のまま白金の意思と呼ばれた強い心でもって人を束ね、世界を守るために神に絶対服従を求められ暴走した怪物に成り果てた者を倒して対抗した唯一の人間だということを。
もし本当にそうであるなら、結局敗北して地獄に落とされ、その果てに神に呪いのように恨み言を呟いていたとされる人物は時を越えてようやく真の意味で絶対服従できうる神を味方につけた事になる。
実際のムギは地獄の中でアークだけが知る活躍をしており、それが「その者ではないか?」と考えた要因であったりするのだが、本当にその者と同一人物だとする証拠は見つかっていなかった。
アークは悔しいながらも「自分よりローズルの方が奴を保護する力に長けている」のは認めている。
原初の神とされるローズルはオーディンに追随する力の持ち主。
まず1対1でまともに勝負できる者はこの世界においてオーディンとヘーニルなどの極少数。
殆どの場合「何人か複数人で襲いかからねば」ならない事になるがそんなラグナロクのような事は今の時代にできるわけがなかった。
原初の人を創造し、当時は誰よりも力強く心優しい三神と言われた一人と戦おうなどと考える者などいるのかと言えた存在。
それがムギに興味を持ったのはきっと運命がそう刻んでいたのであろうとアークは諦める他なかったのだった……
しかし敗北感を感じていたアークは突如として「クククッ」と笑い出す。
『なんだ突然。錯乱したか?』
『はっはっはっ……いやな、お前ががこんな所で油を売っている間にアズサの身に危険が迫っているようなのでな』
アークは「こうなったらもう何もかも壊れてしまえ」とばかりのヤケクソ気味にローズルを煽った。
接続されたムギは現在、死にそうなほどの危機感を募らせる状態にあった。
『ぬ? なんだと!』
エルは神の力をもって空間内に映像を投影する。
ムギがいるであろう場所の座標の現在の状態を映し出すと、ムギはなにやら見たこともないような化け物と戦っていた。
それは魔物でもなければ魔獣ですらない。
『これも運命か? それとも誰かが奴を試そうとしているのか……ローズル、お前にムギを救えるか?』
『あの者はこの程度で死なん。たった1ヶ月寝食を共にしただけだが、我にはわかる。座標移動する間に奴はアレを攻略してみせる。見ておれよ……』
そう言うとローズルは座標移動を試みて研究室よりどこかへと移動していったのだった――。
『いい捨て台詞じゃないか……これであの男が死んだら原初の神も大したことはないな……ははは…ははははははは……はぁ……』
アークは一人空しく笑い、天を仰いだのだった。




