原初の神と地球の神2
神の理。
原初の神が生まれる前に存在した古の神々が行使できたとされる超常の力。もとい技術。
次元移動の理は「かつてそういうものがあった」と噂程度に伝えられていたものであり、
ユグドラシルの木に古代文字と共に内容が刻まれていて存在だけが伝えられていたが、メディアンにムギが現れたことで実在することと行使できる神がいる事が判明した。
しかしこれはそれまで「原初の神ですら行使できない」とされてきた技術であり、一体誰が行使したのかは今尚不明であり、未だに神々の中では混乱が収まっていない。
『そんなの、この我が知りたいぐらいであるのだがな。次元移動の理の方法ごとな……』
エルもといローズルが次元移動について知ったのはつい最近のこと。
実はムギが転移してきて以降、何度かフレイからその件について報告があったがしっかりと聞いていなかったのだった。
ローズルがムギと会ったのは、とあるエルフの小さな国家の村でのこと。
かねてより辺境を旅していたムギは、エクセルのいる国にまで向かうための渡航費を稼ごうと辺境地域の都市国家で趣味もかねて解体業を行っていた。
その解体方法とはメディアンには不思議と存在しなかった地球の最新鋭の解体技術の「鹿島カットアンドダウン工法」をアイディアだけを利用した、
高層建築物を上からではなく下から達磨落とし方式で解体していく方法で、メディアンにおいては「別に上から解体すりゃいいじゃないか」と思われたところ、
ムギはこの方法がメディアンの技術と魔法を使えば「よりローコストで短期間にできる」ことを見出し、実践していたのである。
その方法にはPATOLISから生み出した解体管理システムを大いに活用していた。
辺境地域で実践していた結果、それが「神聖な建築物にも使える」と見出され、エルフの国に招待され、
長らく使われていたとある村の絶対神ローズルを奉るかなり高層の灯台を解体することになったのだ。
この灯台。
年月が経過した結果地殻変動の影響で傾いてしまい、その傾きが建物が許容できる角度のギリギリに至ったために解体が検討されたのだが、
上から解体しようとすると崩れる可能性があったためにどうしようか困っていた所、「辺境地域でなにやらアークの移民とやらが不思議な解体作業を行っている」と報告されてムギに依頼が来たのであった。
ムギはここで「まず傾きを若干元に戻しつつ」解体作業を行うことにし、
傾いている方向とは逆方向に斜めから塔の真下のほうへ穴を掘って、塔がさらに地面に埋まってしまう形で傾きを整えながらカットアンドダウン方法にて解体を行った。
これまで、メディアンにおいては世界全体が崩壊する以外ではエルフの神に関する建築物は基本的に解体作業などを行ったりしなかったので、
その解体時にはエルフの神官が1つ1つの部材に祈りを捧げて鎮魂という形で処理していたのだが、
前例がないということから非常に強く祈りを捧げた結果、フレイを通してローズルは頭痛という形で祈りが伝わり、「パンデミックでも起きたか!」と慌てることになってしまったのだが、
いざ状況を確認してみると「たかだが灯台を解体しているだけ」ということを知り、とりあえず「頭痛を治める」ために顕現したのがムギとの初めての出会いであった。
メディアンにおいてローズルは「世界の終焉に至った際、初めてその姿を現し、新たな大地へと誘う」と伝承によって伝えられていた。
これは4回崩壊したメディアンにおいて、ローズルは一時的に仮の休息地を作ったうえで次の世界にエルフの民を移動させていたためであり、
寿命のないエルフの中には実際に数回その経験をした者がいて、それを伝承として伝えていたのである。
それ以外に会う方法などないとされ、見た目すらよくわかっていない神であった。
見た目についてはメディアンにいる神すら知らない者が多くいるほどだった。
たかだが「神殿を解体しただけで」ローズルが顕現したことでメディアンのエルフに激震が走ったのは言うまでもなかったが、
ローズルは「老朽化した建物などさっさと解体すればよいわ! 貴様の祈りが強過ぎてこっちはまともに寝付けなかったではないか!」などと、顕現するにまで至った原因がその神官の能力が高く祈りが強過ぎたためであったことを注意しつつも、
神殿の解体方法に細心の注意を払っていて自身が現れるきっかけを作ったムギに興味が沸き、「その解体作業が終わるまで見守る」と宣言して小さなエルフの村に居座ったのだった。
アークなど一部を除いた他の殆どの神の種族は基本的に「神官」などと呼ばれる神から加護を与えられて一定の交信が可能な者達がいるのだが、ローズルが現れた情報はすぐさま彼らによってメディアン中のエルフ伝えられ、
その村には連日エルフの各国の要人や神官などが詰め掛けるようになってしまう。
ちなみに大半のエルフはこの時ムギや彼女が現れる要因になった神官に感謝していたが、
ローズルはその手の者達の大半に「知らん」「お前達でどうにかしろ」「いちいちそんな事を聞くではない」と一蹴したものの、
一方で「何ィ? 相手国の姫と結婚したいから戦争を終わらせたい? ならばすぐに使いの者でも出して終戦交渉でもすればよかろうが!ヘタなプライドで長引かせおって! なぜ我にいちいち伺いを立てねばならんのだ!?」とか言って2000年以上続いていたエルフの国同士の戦争を終わらせてしまったり、
「この地が汚染されている原因は森の奥の地下にある洞窟の中に呪いを生む凶悪な何かがあるからだ!」と、死んでいく森の中で必死に生きる、ある地域の森の人の族長が
「移動すべきか森と共に滅ぶべきか……」と自らの部族におかれた状況に苦しみながら吐露した所に助言を与えて彼らが管理する森に囲まれた国を再生させる原動力を生ませたり、
それ以外にも多種多様な意見に耳を傾けて、最低限必要な助言をバッサリとほぼ一言で吐きすてながら彼らの向かう道を示したことで原初の神の力を示したのだった。
その様子を見ていたムギは「これが本当の神の姿か……」と、殆ど会話も交わすことがなかったアークと異なり、初めて肉眼で目にした神様らしいローズルの姿にローズルへの信仰心すら抱くほどであったが、
一方のローズルは何かとムギの行動に興味を持ち、妙な行動をしていた。
例えば彼女が「見守る」と宣言して日がな一日中作業を見守る際には、ムギが廃材から自分用の監督席兼事務作業用のためにと作った机と椅子に腰掛けていた。
これは本当に「自分が座れればいい」と元の木の形状を活かして最低限の工作でこさえた粗末なものであり素朴とも言えるもので、旅先で手に入れたお気に入りのクッションを置いて座り心地を良くしたものに過ぎなかったのだが、
神官や要人は「エルフ随一の職人に作らせてもってきますから」と懇願しても「これが一番座り心地がいい」といってなぜか譲らず、
結果ムギは作業机を失ってしまった。
また、メディアンの世界で何とか手に入る食材を利用して地球の食べ物をこさえて作業員に振舞った際には、
なぜかムギがいつも携帯している箸に興味をもって、ムギに箸でもって食べ物を口に運ばせたり、彼に箸の作法について教えを請うといった行動を示す。
箸自体はメディアンでも比較的珍しい程度のものであったが原初の神は知らぬものであった。
一連の行動はエルフの民からすると冷や汗ものであり、ムギも「これほどまで緊張したことがこれまでの人生にあっただろうか」と終始ギクシャクした状態であったが、
特に機嫌が良い様子などは示さなかったものの、それなりに楽しんでいる様子を見せていた。
解体作業は3週間ほどで終了すると、ローズルは「せっかくだから宴でもやるか」といって各地からエルフを集めて盛大な祭を開催し、作業終了を祝う。
その最中もムギが作った粗末な椅子に座り続け、結果その椅子は「絶対神が唯一座った椅子」としてクッションごと村のシンボル兼国宝となってしまった。
この際、ローズルはムギが辺境を旅している事などを事前に聞いていた事から、メディアンにおけるエルフ族の中でもとびきりの人材を呼び寄せて仲間にさせようと画策するも、
ムギは「仲間は自分と真に心を通わせた者を自分で見つけていきます」といって、拒否。
ならば金銭を与えようと少しずつの金額をエルフの民より寄付してもらって与えようとするも、
「すでにお金は前払いで十分な額を頂いていますし、それで明日を生きるのに困るエルフがいて恨まれるのは本望ではありません」といって尚も拒否。
その姿を見た一部の者は「ローズル様に面と向かって異を唱えるのか!?」と身震いした一方で、ムギが他のエルフ達と公平であるためにあえて報酬を受け取らない姿勢であることは高く評価した。
最終的にムギはローズルからの全ての提案を拒否。
原初の神からの報酬を受け取らないというのはエルフ族からすれば「ありえない事」なのだが、その一貫した姿勢に深く感銘を受けたローズルは、
まさか「フリーロームの住民にこのような気高い精神の者がいるとは」といって笑い飛ばし、結局一切の報酬を受け渡すことができないままとなった。
その後、村では3日ほど祝いの祭りが執り行われた後、ローズルは静かに去っていくようにみせかけて表向きは去った後にムギのいる宿屋に再び現れる。
ローズルはそこで初めてムギが転移者であることなどを知ることになるが、二人は夜通し会話に興じ、その会話の最中にローズルはムギに対して「天寿を全うするまで死ぬではないぞ」と言葉を送りつつ、
ムギが体力の限界に来て眠ってしまうと頭をなでた後にそのまま去っていったのだった。