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商工会での出会い

 ムギとエルの二人が最初に向かったのは先は商工会。

 今回の失敗、ムギにはどうしても歯がゆいものがある。


 1つは己が生み出し、辺境では段々と浸透してきつつあるソフトウェア及びシステムである「PATOLIS」がこの件を見抜けなかったこと。


 PATOLISとは、ムギがこの世界に訪れた際、当初は奴隷同然でお世話になることになったとある個人商店「ロランズファクトリー」にて出会った無二の親友「ロラン」が、職人としては一流であるが経営者としては三流どころかそれ以下であったため、


 何か手助けが出来ないかと個人商店向けの経理用管理運用補助システムを作り上げたのが始まりである。


 商店の内の商取引データを自動で蓄積、全てを自動処理して財務関係の処理を簡便なものとし、


 その上で需要供給に対する日々の生産量などの予測も、この世界に存在する極めて高性能なコンピューターを利用し、


 そのコンピューター内にインストールされていた遺伝的アルゴリズムにて情報整理するソフトウェアプログラムなどを複合的に駆使した形で機械的に判定するものとして作り上げたが、


 ロランはこのシステムの将来性をいち早く見抜いてそれで商売をするようムギに持ちかけ、ムギもその言葉を信じて売り込んだことで次第に注目されていき、後に新興ベンチャー企業と結託してさらに発展型を開発することになったのだった。


 PATOLISとは、その環境下で新たに生み出した「遺伝的アルゴリズムを利用した各種商業の需要供給予測、管理運用システム」や「交易商・冒険者向け生存戦略システム」など


 多種多様な「世に蔓延る大量のビッグデータ、マイナーデータを収集しながら精査し、機械的な判定を下して未来の需要と供給、果ては己の行動の成否」などを判定させることができる、


 通称「生きるための行動選択支援補助ツール」と言われる複合システムならびにソフトウェアである。


 よほどの駆け出し冒険者でもない限りは小型情報端末を所有するのが当たり前のこの世界においては有用な冒険者向けアプリの1つとして認知されていた。


  諸所の人生選択全てにまで判定することはしないが、冒険時や商取引時の危機管理対応などをより鋭敏に行うことができる。


 どういうものかといえば、例えばある地域ではある魔物が出ることで有名だったとする。


 PATOLISは遭遇した時間帯、場所、そして彼らの種族、強さや人的被害などを過去のデータから調べ上げてその場所に現在いるユーザーごとにリスク計算し、ユーザーに合わせた判定を下しながらも、出現予測を立てる。


 その魔物が鈍足であれば、遠距離攻撃武器を持ってそれを活用した戦闘を行う者に対しては「奇襲」の危険性を伝えながらも生存率を高く見積もり、行動選択はその者に任せる。(死亡率も算出する)


 一方で鈍足であるが非常に怪力であり、近接攻撃では歯が立たない場合は近接武器でしか戦うことがない者に対しては迂回や緊急回避、そして一時的に身を隠してその場に留まるといった提案をして極力戦闘回避をさせようとする。


 こういう場合、魔物自体がそういう近接武器しか持たぬような者を狙う習性があったりするわけだが、PATOLISは当然そこも出現予想の範疇に入れる。


 地域エリアごとに遭遇率を算出し、商人、旅人、冒険者達が生き残るための道を示そうとするのだ。


 そして魔物だけでなくある悪人にまで対応したシステムになっており、山賊や盗賊が「仕事が成り立たねぇ」と発狂するほどであり、それぞれが結託、同盟を組むなどしてより強く大規模な集団を形成するようになるほどの影響があった。


 似たような仕組みで商取引におけるリスクや安全性などをデータとして算出するわけだが、

 交易路においては交通状況などから物流の流れを予測し、


 どの地域で何が足りないのかを情報として出すだけでなく、足りなくなることを予測できるようなことが出来、(小売は売上データを公表していないのが基本だが、メーカーロゴが記載された貨物などを読み取ることと、現地での地域情報などを大量に集めて予想する)


 物流を担う一部商人からは「(過剰供給が減って)売り上げが落ちた」「(商品価格が下がって)純益が下がった」と不満を持たれる一方、


 卸売業者と小売系の商店を構えるような者達からは「価格の設定がやりやすくなり、商品入荷時のロスが少なくなった」と高く評価された。

 

 類似するソフトウェアやシステムは以前より存在していたが、その中でも群を抜いた正確さと情報更新速度に定評があり、


 辺境など、行き交う情報量が少ない地域を中心にサービス展開をしているが、随時アップデートされて全世界へと足を広げつつあり、


 列強とされる先進国からも一目置かれるほどの存在である。 


 とある神の言葉を借りれば「行動別のリスクなどをわかりやすく示す行動選択の自由がある決断ステッキ」


 つまりこの決断ステッキことPATOLISは、ネットワークを通じてこの世界にて大量に行きかうデータを収集しながら機械的な判定を下して冒険者の行動や商人の商取引などのリスクを判定できるものであるわけだが、


 この世界においてはパーソナルデータをネットワークと紐付けして登録して商取引などを行うことが基本である事から、かなりの情報が記録として残る形となっている。


 よって少なくとも公に交わされた商取引の全ては個人、組織、国家問わずに蓄積されるわけだが、そこには当然「スタンダール」関係のものもあった。


 ホテルの一室に戻る前までにムギはそれらの情報については小型端末を通してすぐさま調べていたが、そのことによって疑念は深まるばかり。


 PATOLISのマスターサーバーはそのデータもきちんと保全されていて、スタンダールが危険なら「危険だ」と警告を出せるだけの力がシステムにはあったはずだった。


 そのため、このような事が1度でも起これば「警告」のような判定を出すのであるが、完全なオールグリーンを示して詐欺の可能性を0と判定したのである。


 ムギにとってそれはとても不可解であった。

 これまでデータが無い場合は「無いから警戒せよ」と判定を出すよう設定していたので、


 ムギが宿屋に戻った頃には他にPATOLISを利用していた者達のデータが反映されたか、PATOLIS自体がどこからか商取引データを拾ってきて「危険」を示すレッドシグナルが点灯していたわけだが、つまるところ本当の意味で今日の今日までこのような事が無かったということになる。


 事を急がねばムギも大損失は出さずに済んだわけであるが、それはいわばムギと同時期に同じく公に取引していた商人、


 もしくはPATOLISの利用者がスタンダールから略奪を受けたことを意味しており、そこで初めてそのような商取引があったとシステムは判定していた。


 このような経験はこれまで無く、似たような事件が過去に発生した事はなく、それでもって大損害を出したというクレームが出た事すらない。


 いかなPATOLISが一部の神すら「俺が神の試練として課そうとした次の行動を予想したんだが!?」と言わせて驚かせたシステムであるかを示しているが、


 このシステムは大量の情報の蓄積の果てに神の気まぐれというものを的中させることすらあるものの、絶対に的中させるわけではない。


 1人における各種行動の的中度は最大で92.89%という数値であり、低いと60%前後。


 体感でも「事象予想の判定は8割ぐらい当たってるんじゃないかな」とユーザーに言わしめるだけのものはあるが、その程度である。


 だからこそ、よどほどの事がない限りは0と100という結果を簡単に示さない「天邪鬼な性格」をシステムとして構築していたので、


 そこで1%でも「何かある」と判定出来なかったことに開発者の1人としてプライドが傷つけられていた。


 もう1つは、「なぜ表側にデータが残る形で」スタンダール王国軍がこのような真似をしたのかである。


 これについてもまるでニュース情報などはなく、ムギはPATOLISを応用した半自動検索システムにて何か情報を見出せないかと試してみたが、直接的に結びつく情報は何1つ無い。


 ――言わば、とても間接的でPATOLISでは拾えないような形で報告されている情報を繋ぎ合わせて事実を解明してみないと実態がわからない……そういう状況になっているんだ……。


 ムギはこの考えの下、商工会に訪れたが、商工会の各種相談窓口では泣き寝入りすると破産しそうなのでどうにかならないかと懇願する商人が数名いる程度であり、


 彼らは一回商売をミスったらそれだけで破産する程度の辺境の駆け出しの商人でしかなかった。

 ムギとエルはその姿を来客向けの休憩ゾーンのソファーに腰掛けながら見つめていたが、


 そこに褐色肌の男性が現れる。


『さっきからずっと窓口の方を見てるが……旦那もあの連中と同じで騙されたクチで?』


 その男性はそこまで困窮した様子はなかったが、ムギは己の情けなさを自覚しているかのような表情から同じく被害に遭遇した行商人であると看破した。


 男は「同志よ」といった表情でこちらに顔を向けており、こちらの状況をある程度想像できている様子を示す。


 自身と同じことを考えていたのかもしれぬと思うと、ムギはなぜだか不思議と信用できる男に感じた。


『まーねー……そちらはどれぐらいの被害額で?』


『被害額自体は大きいんですがねえ、大きな声じゃ言えないが全体では黒字なんもんでねぇ……旦那も見たところそんなに被害は大きくないみたいで?』


『俺も結構な損失を出しちゃったんだよねえ……ま、この程度であそこまで必死になるほどでもないんだが……』

 

 ムギの送った視線の先には今にも舌を噛み切りそうにすすり泣く30代以上と見られる商人の姿があった。


 ムギの視線にあわせてその姿を見かけた褐色肌の男性は『はは……いやいや』と、一歩間違えばああなっていたことを笑えないでいた。


 商人としては恥ずかしい限りなので「ははは……」と乾いた笑いでもって恐縮そうに互いで傷を舐めあう二人であったが、


 ムギは先ほど男が述べたある言葉が突如として脳内で何度も再生され、次第に違和感を覚えていく。


 本能的に違和感を感じとった言葉があった。


『――んん? 待て、全体では黒字? ってことはそちらは複数回取引して、そのうち何回かは成功していたのか? その話、是非聞きたいんだけどいいかい?』


『いいですぜ、どこかで見た顔の旦那。あっしでよければ情報交換しましょうや』


 褐色の男はパティルムと名乗り、右手を差し出すと、ムギは立ち上がって握手を交わす。


『ムギだ。よろしく』


『ムギ……ふんふん……やはりどこかで…………旦那、ここじゃ風通しが良過ぎる。いい店があるんだがどうですかい?』


 パティルムはムギの顔と名前に何か覚えがあるとばかりに少々黙り込んだが、答えが導き出せなかったので疑問を先送りにムギを誘う。


 エルはその場では名乗らずに静かに立ち上がると、ムギとパティルムと共に商工会の施設を後にしたのだった。

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