各派閥の動き(黒ずくめの集団編)
『とても承服できません! アレを人に向けて使うんですか?!』
ここはとある特殊部隊の移動基地。
数日前にムギとエルを襲った者達が潜む移動式の秘密基地であった。
若き整備隊長は司令室にて壁が振動するほど大きな声にて、不服を訴えていた。
『残念だが上が決めた事だ。私にも拒否権はない。それに…こんな倫理観を無視した兵器……表向きには使えんよ。事が公になればどうなるかわかったものではない』
部下思いで部下の話にもきちんと耳を傾けることで有名な司令ですら、命令と言われれば逆らうことは出来ない。
自身も不服であることを口調と表情でもって伝え、運用責任者の1人である整備隊長に理解してもらおうと努める。
『司令、アレは先進国の最新兵器ですよ。こいつがあれば対魔獣戦略に大きな革命を起こせるかもしれないのに、それを魔獣ではなく人に使うというのですか!』
『所詮単なる研究中の試作品に過ぎん。奴ら、辺境の者達を利用して稼動試験を行っているようだが、自分達では試験運用を行っていないそうじゃないか。お前のように胸を張って未来あるシロモノだと言うのであれば、こんな辺境国家の特殊部隊に限定させて運用させる必要性は無い。表立ってやるべきだ』
『それは……』
懲罰も覚悟で部屋に入った整備隊長は肝の据わった司令官の正論により口ごもってしまった。
その兵器は彼のような科学者にとっては輝かしい何かを秘めていたが、
司令官にとっては負の何かを抱える危険極まりないものとして認識されていたのであった。
『総司令も迂闊だったと肝を冷やしていたよ。これまで情報に無かったエルフが仲間に加わっていた上、上記を逸した身体能力だった。奴一人なら時間をかければ倒せたはずなんだがな……おかげで部下が重症を負った』
『スタンダール近辺に現れる前のアークの移民の動向は不透明な部分が多いです。どういう戦力を今保持しているかわかりません……ところで彼の容態はどうなんです?』
『既に腕は再生したがしばらくはまともに動けん。アークの移民め……自分たちの世界では容易ではない一方でこちらではそれが可能だからとまるで攻撃に躊躇が無い。出血性ショックなど考慮すれば四肢切断も危険極まりないものだというのだが……奴は獣か?』
司令と呼ばれる男は葉巻に火を付けると椅子の背もたれに大きくもたれかかった。
思い出すだけでも不安になる。
その男は本当に得体の知れない者であった。
攻撃時の映像を見た限り、アークの移民とされるムギの表情は自身がやっていないことにしようと本能的に思考と感情の一部を停止させた顔面の筋肉が凍り付いた表情をしているわけでもなく、
暴力に快楽を覚え狂喜に満ちた笑顔でもなく、
故郷を奪われたレジスタンスなどによくある、負の連鎖を重ねうるドス黒い何かが体の中で渦巻いているようなものでもなく、目の奥に光を宿した覚悟を決めた表情であった。
「覚悟を決めた行動なのだからその果てに起こる全ての事象を受け入れる」とも言うかのような表情。
そこには正義というような独善的な感情はなく、ただ真っ白に輝く白金のような燃え上がる感情の輝きだけがあり、それでいて金属特有冷たさのようなものはない。
とにかく説明できない何かがある。
司令にとっては今まで何度も邂逅してきた英雄とされる者達すらしたことがない顔つきであった。
アークの記録にある社会に埋もれた低所得者層のする顔つきではなかった。
『記録によれば彼はどこかの都市国家で120人の冒険者を見殺しにする形で放置し、全て死亡したのを確認すると彼らごと魔物の大群をナパームで焼き払った事もあるとの事です。その国自体もロクな人間がいないと有名らしいのですが……そこの首長すらそのおぞましい光景に失禁してしまったとか……彼は燃えた死体を見ても眉1つ動かさなかったそうですが、アークの話では覚悟を決めたら何でもできるとのこと……』
整備隊長は本当は国名を知っていたが、あえて伏せた。
彼の性格上、特定国家の侮辱はしたくなかったので記録上の話として語るためにあえてそうしたのである。
『……ならば尚更アレを使っても問題ない人間ではないのかね?』
『私は、それを使うことでアークの移民と同じ立場に堕ちるのではないかと危惧しています』
『残念だが、それを手にした時点で彼より堕ちた立場だよ。使わなければ良いというものではない。持つ事自体が問題となる事もあるのだ……』
整備隊長はここではじめて自身の両手が既に黒く染まっている事に気づいてしまった。
その兵器は未来ある夢のある存在ではあったが、倫理観はまるで無視した危険なものであることはわかっていた。
何しろ完全にコントロール出来るという保証がないのだ。
暴走して無差別に人を襲う事などあればアークの移民と違い、生きた無実の人間を大量に殺める可能性はあった。
司令はその危険性を認識した上で天秤にかけ、アークの移民より罪が重いと判断したのである。
『……ならばせめて我が国が使ったと思われないようにしなければなりません。』
整備隊長は下腹部あたりに両手を合わせて叉手の姿勢となった。
歯がゆい思いから唇を食いしばり、重ねた手にも力が入る。
『だからこそ奴一人になった所を狙う。情報拡散を恐れて1つの国に対して1機ずつしか供与されていないものをおいそれと投入できるものか。調べられればすぐに足がつく。それに仲間が揃っていれば撃破されるリスクもある。敵は一人でも平気で魔獣を倒すような男なのに、そこに山崩し(カヤ)や新米のエルフなどが加わってもらっては困る。奴らは魔獣並に厄介な存在だ』
『理解は出来ますが……納得はしません。出来れば魔獣に使いたかった……』
『魔獣が出ない地域でそれは不可能なことだ。考えても見ろ、なぜ魔獣が出ない地域の組織に対魔獣用兵器を供与した? この辺りは魔物も駆逐され極稀に遠方から凶悪な魔物が現れるかどうかといった平和な地域。争いは常に人と人で起こる。本当に魔獣用として開発したというなら、私なら魔獣だらけの地域に放り込むがな』
『それは……近年は魔獣の中にも長距離を移動するモノが出てきているからと……』
整備隊長は自身の理想系を語る。
年に数度ほど現れる長距離移動してくる強力な魔獣。
できればそこに投入したい存在だった。
実際に3ヶ月前に移動基地からそう遠くない場所に出没したので出撃願いを出したものの、周辺に人が多いことから受理されなかった苦い過去がある。
『私はそんな与太話を信じる気はない。噂程度でしかないが、基本は対人専門の我々での運用をあちらが限定してきたという話もある。これ以上の使いどころなどないよ』
『……わかりました……いつでも出撃が出来るよう整えてまいります』
力なく敬礼した整備隊長は司令室より出て行った。
それを見送った後で司令は「ふぅ」と葉巻を吸ってから大きく息を吐き出す。
『そらな、あんなもん私だって使いたくは無い……理想は相打ちだ。一度の出撃で破壊されてしまえばいい。上にはそう言えんがな……』
整備隊長にもいえない自身の思いをつい独り言でボヤくほど、早く処理したい危険な代物がそこに存在したのだった――
補足:120人をナパームで焼いた事件は首長や冒険者120人が畜生レベルのクズで、都市国家を守るために苦肉の策として行ったものであり、国が滅びるか魔物を撃破するかの選択をムギが行って都市国家を守った際の話です。
狙ってそういう事をしたわけではありません。




