報告書3
実験場……フリーローム。
リーンフィールドに訪れた時からムギの心に浅からぬ傷を残した言葉。
自分のいた現実世界が、辺獄やその他の世界を安定化させるために各種実験を行っている場所だとムギが聞いたのは3年前のこと。
地球もまた先ほど現れたアークによって様々な検証がなされている場所であった。
曰く「魔力や魔法などが一切無い中で、特異な思想を持った民族を多数抱えた世界はどう繁栄するか? そしてどういう文化が芽生え、どういう能力を持った人間が生まれるか?」というのを試しているのだという。
アーク自身は世界を整えただけで最低限の助言をする以外では一切関わらない態度を取っている一方で、
特異な文化が発達しやすいよう何らかの仕組みを地球人には仕込んでおり、任意で作られた異なる思想がぶつかり合う中で、地球人がどう生きていくのかを確かめようとしていた。
そして地球人は基本的に別の世界に転生させてやるという事はなく、その魂は天国にも地獄にもよほどの事がない限り向かうことはなく、永久に地球に生まれては寿命と戦いながら死ぬのを繰り返していくのだという。
フリーローム内においては老化がない種族は多くおり、地球自体にもそういう生物はいたが、あえて地球上の生物の大半は寿命を設けていた。
その上で地球人こそ理想の人類種と主張し、メディアンに対しての転生など不要と主張し続けていたのである。
彼女にとって地球人とは「Simcityのシム」と同じなのであった。
アークにとってムギをメディアンに転移させられたことは酷くプライドを傷つける行為であったのは言うまでもない。
地球は、ムギから見るとボサボサ頭の黒髪にメガネをかけて白衣を着込むアラサー影キャ系理系女によってゲームのごとく管理されているのだ。
ムギはアークやフリーロームに嫌悪感を抱いていて、一連のことを思い出しながらムカムカしたが、そんなことをやってウダウダしていると話が進まないので気持ちを切り替える。
『……ようはそれが第12連隊にもあるないしはあった可能性を以前から認識していたが、昨日の案件でそれがほぼ確定的になった……と』
『ええ。彼らの部隊運用における予算は極めて少なく、そのままでは活動できないようにしています。でも彼らは他の部隊以上に機敏に動ける。それだけの装備や物資を調達する資金をどこからか得ていたのはわかっていたのですが……スタンダールの主要銀行内にその口座があったと』
『なるほど……それが止まったから、物資調達が滞ってこういう事になったと。まずはそこから探るのが速そうですね。資金管理と運用をしている奴がいるはずだ……その金が元々どこから生じたのかも探ればあるいは……』
ムギは言葉を述べつつも窓の外を見ながら、周囲にまだアークの姿がないのかと探ったが、彼女の姿はなかった。
特にこの件に関心があるわけではないらしいということが理解できたのだった。
『そうです。だからこそ貴方の力が欲しい。PATOLISを開発し、そしてPATOLISを応用した未発表の試作システムを多く抱えていると噂される貴方だからこそ、情報収集能力には長けているはず。この件での調査において最適な人物だと見込んでいます。私たちがわかる情報は常にまわしますので、どうか首謀者を探し出し、スタンダールとウィルガンドの戦争を回避する方向性へ持っていって下さいませんか。戦争で失う経済的損失に比べたら昨日貴方が抱えた負債なんて安いものだ……それが出来れば、国庫から貴方に対して補填をするなど赤子の手を捻るようなもの……どうかお願いします』
ブライアンは立ち上がると、日本式のお願い方法を知っているがごとくペコリと頭を下げる。
『そんなに凄い人物じゃないですよ自分は……』
『貴方は日本人でアークの移民でPATOLISの開発者だからこそ、今回の件で一番優位に立ち回れると思っています。日本の歴史については貴方もある程度はわかっているはず……貴方の国も我が国と似たような歴史がある。外からの侵入を抑制することが出来る強い壁、すなわち税関などの目が強い場合、平和になりすぎて内部の国民は腐敗してしまう。フリーローム内で貴方の出生した国家は、真の平和を実現するために締め出しを強くし、徹底的な排除を行った結果、国家を揺さぶる動きは内側から発生してしまった……』
――こいつ本当に詳しいな……これも趣味なのか?……。
『他の国家がちょっかいを出す場合は「思想的な洗脳」でもって行うしかなかったことで生まれた赤軍。彼らすら排除することに成功すると、今度は宗教団体が台頭してくる。戦後から50年。貴方方がそれまでずっと戦ってきたのは常に内なる恐怖だけ。それでも貴方方は内なる恐怖と戦い続け、平和路線を目指そうとした。我々すらおののくような強大な経済力によって……それが50年を境に我々と同じくして外からの圧力が加わることで内なる存在が脅威化することはなくなった――』
ブライアンはやや興奮したのか一呼吸入れる。
『……これが偶然なわけがなく、敵が現れれば内部は浄化される……歴史は常にそう示してきた。このメディアンにおいてもね。貴方はそれが自国の国力が弱まったのではなく、かといって諸外国が成長したわけでもなく、国民に国民としての意識を与えるためにあえて政府が主導していることを知っているはずだ。公安調査庁にいる貴方が知らないわけがない。』
――そりゃ知ってるよ……でもそれはデータベースのデータとして見ただけの事で現場を見たわけじゃない……。
『私は、貴方の出生地において、未だに平和条約すら締結しない国家と国交を持ちながらも、その国家から常に脅威に晒されているのを知った時、貴方がこの件に噛んでくれないものかと心の奥底から願っていた。スタンダールより酷い状況で貴方の国は立ち回っている。私はうれしいですよ。第12連隊の商取引リストに貴方の個人名が出ていた時にはついにこちらに好機が訪れたと思った。貴方なら絶対にこの件に関して一枚噛もうとするのは間違いないと踏んでいましたからね。それはまるで、神がかり的でした……奴らが尻尾を出したことで貴方の取引が滑り……そして貴方が行動を開始した。神がやったわけではないなら世界が望んだとしか思えない。だから今、私が目の前にいる』
――ブライアン、貴方はスタンダールという国を心から愛し、そしてその上でストゥルフも愛しているんだな……俺にはそこまで愛国心というものはない。お前が期待するのと裏腹に俺の日本への関心は薄いぞ……だが、PATOLISの開発者としてなら、地球人代表としてなら俺は立ち回れる。それが俺の原動力なんだ……。
『ブライアン。やれる事はやる。ただ、過剰な期待はしないでほしい。貴方が知っている日本の歴史についてはよくわかったが、その現場で交渉したりなんだりしていたのは俺じゃない。自分は外交官でもなければ政治家でもないから……』
『ありがとうございます。こちらが使える権限でムギさんの行動をサポートできるので、何かあれば連絡してください』
ブライアンは両手を差し出したので、ムギは手をとって握手を交わした。
その後しばらく遊覧飛行を楽しんだ後でムギは行動を開始する――
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『まずはリッキーとロンにいろいろ手伝ってもらって金融取引関係を洗ってもらうか……システムダウンの前後の数日だけでいいから全ての金融取引データをブライアンを通して手に入れて、秘密資金の出所を探ってやる』
『我はどうする? 神々にでも何か聞いてみるか?』
『それも特に制限されてないのか……でもいい。そういうのは利用しない。君がエルフのエルとして傍にいてくれるだけでいい。いちエルフとして何か手伝ってくれ』
ムギはやや身長の低いエルに目線を合わせるため中腰となっていた。
『わかった』
ムギはエルと共に一旦宿屋に戻る事にし、同じ開発部門の部下に仕事を依頼することにしたのだった。
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『ところでさっき何を言いかけたのだ?』
『ん?』
ムギが部下に連絡をとろうとしていた所、突然ムギに話しかけてきた。
そうしても気になることがある様子である。
『コミントだが、コミットメントだか言ってた時にソナタ何か言おうとしたように見えたがのう?』
『ああ、軍ってのはさ、あくまで国家の最高戦力であって単なる鞘のない剣でしかない。剣は誰かが振るって始めて何かを傷つけることが出来るが……本体はあくまで武器。置いた場所によっては不意に何かを傷つけてしまうことがある……だからお互いに傷つけないように情報交換して国家が望まないよう対処するのは当たり前なんだ』
『なるほど? 確かにそうであるな』
『軍事政権でない限りは、国家の最高意思決定機関は軍部以外にある。彼らは戦力を研ぎ澄ますことは許されていても独力で動くことは認められていない……ブライアンがどういう意図でもってああ発言したかは知らないが、ウィルガンドとの情報交換がこれまでは疎かったのだとしたら首謀者に付け入るスキを与えていたはずだ……と思ってさ』
『あるいは、疎くさせていた者がいるか……という事かもしれぬな。ふむ、現代国家という存在は面白いものであるのう。そういう時代となったか……いや忙しいところすまぬな』
『いいよ。何でも聞いて。俺ももっとエルの事知りたいしさ……』
ムギはエルが段々と積極的にムギに話しかけてくるようになったことを嬉しく思いつつも、仕事モードへと切り替えていった。