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報告書1

『こちらを……』


 ブライアンは自身の腰掛けていた椅子の近くにおいていたカバンを取り出すとファイリングされた資料を中から出してきた。


 ムギは手に持っていたビンを目の前のテーブルに置いてファイリングされた資料をブライアンより受け取ると、ペラペラと中を閲覧した。


 そこにはスタンダール第12連隊を調査した内容と、関係する人物のパーソナルデータなどが記されている。


『ふむぅ……?』


 エルはムギの隣からそれを覗き込むようにしてみていた。


 ムギの目を引いたのは3年前にあった大多数の死傷者を出したテロ事件と、それが発端となって独断で活動を開始した第12連隊が暴走していることを示す報告書であった。


『今回の事件、両国はお互いに落としどころを見つけられないでいます。3年前の悲劇が起こった時、いつもとは違うほどに多くの被害者が出た。だから、ある意味で我々スタンダールの侵攻と制圧行為は正当なものであると言えた。でもね、ムギさん。そこに書いてある通り、攻撃命令は今回、政府からも国王からも出ていないんですよ』


 ムギは報告書の内容にブライアンが述べたのと同様の記述を見つける。


 王国政府内は緊急会合どころではなく、国王も情報収集に努めている最中の中の出来事であったとの事が報告書には詳細な当時の記録と共に記されていた。


『国王? スタンダール王国は立憲君主国家では?』


『あぁ、確かにスタンダールは立憲民主国家ではありますが、王族にも一定の権限が存在します。民衆が全ての政治を代行できるというわけではありません。通常ならば進軍行為については政府だけでなく国王の判断も必要だった。最終判断は国王が行うことになっているのです』


『へぇ……そうなんですね。知識不足で申し訳ない』


『問題はここからです。スタンダールの憲法では、国家存続の危機において一定の条件を満たすならば、政府や国王の意思に関係なく軍事侵攻ができることになっています。これはフェイルセーフみたいなもんで、政府施設が戦略兵器で破壊されて一時的に麻痺したり、王国首都が占領されてしまった際、そのままでは軍が何も出来ず白旗を揚げる以外に手立てがないというのを防ぐ目的のものです……ですが、我々が探している首謀者はこれを逆手に取った。テロの当日、王国周辺ではインフラ関係が麻痺。特に通信関係が完全に麻痺してしまった。先進国にも負けないといわれ、あれほどまでに強固なインフラを首都を中心に全面的に麻痺させた者がいるわけです』


『それって昨日ガンドラで起きたような事と似てます?』


 ムギは昨日ガンドラにて経験した事がブライアンの話の件と類似している事にすぐさま気づいて反応する。



『可能性はあります……が、現時点では断定できません。少なくとも昨日の件は王国政府含めた我々が意図したものではありません……スタンダールの者がやった可能性はありますがね。話を戻しますが、当時その混乱に乗じて軍上層部の意向すら無視しての突撃、そして占領……それをやったのが第12連隊であり、現在も独立愚連隊同然で行動しているわけです。その占領はあまりにも鮮やかに手早くいきすぎていた……まるで事前に算段を組まれていたかのように…ね』


『ブライアンさん、貴方は先ほど落としどころを探れていないと言った。やはり現時点での第12連隊の撤退命令を出すことは出来ないわけですか』


『今朝のニュースを見ましたか? 首都であるスタンダール市内においてテロ活動を行ったウィルガンドのテロリストがドゥーム連邦共和国領事館付近で逮捕されたという……』


『……なんかそんな話が出ていましたね』


 ムギは朝食を食べる少し前にそのような話をニュースで取り上げていたことを思い出した。


『占領以降、我々もいろいろ手を打ってきました。まずは内部因子排除のため、人事権がある政府と国王が軍の人事に介入し、第12連隊のメンバーを総入替え。隊長を本来ならば閑職に追いやりたいようなリーダーシップのない者に差し替えてみたり、極めて優秀とされた実行部隊の者達を別の部隊へ飛ばして協調性の部分において不適格とされる無法者に近いような我の強く荒々しい者達ばかりにしてみたり……部隊の活動予算を適当な理由を付けて大幅に削ってみたり……それこそ第12連隊が内部から崩壊するよう仕組んだんです』


 ――ってことはあのドヤ顔してた隊長と呼ばれてた男は政府や国王によって意図的に選ばれた人間だったのか……。


『ですがそれも逆手に取られた……一時的に部隊内が混乱すると、スタンダール国内でテロ事件が多発。全てウィルガンドのテロリスト達による仕業で、マスコミは占領行為がテロ活動を最小限に留めているなどと宣伝。世論の影響もあってますます占領政策の正当性が強固なものとなってしまいました……おまけにウィルガンドのテロリストはドゥームとも何らかの関係がある、またはあるように見せ掛け、各国の政府や軍上層部、国王周辺では疑心暗鬼に陥っています。テロの多発に奮起したのか12連隊もいつの間にか士気が向上、バラバラだった部隊内はまとまるようになり……』


 ブライアンはまるで頭痛がしてきたようなしぐさで左手を己の額に当てる。


『……結果、首脳会談でも交渉決裂が続き、3年もの間、この場所は無政府同然の状態となっている。ウィルガンドは例の事件以降はテロリストに何ら支援はしていないどころか排除に努めていると主張していますが、恐らくそれは事実です…事実なのですがテロが続けば我々の行動の正当性を確固としたものにしてしまい、我々は撤退命令を下すことが出来ない。かといって、ガンドラはウィルガンドの文化に染まっている地域であり、経済的にもウィルガンドを支える重要な都市……我々の国土として編入することはガンドラの市民とウィルガンド自体が許さないでしょう。ウィルガンドの国土でありながらスタンダールの軍勢が駐留し、街中に蔓延るのはよくない。市民の不安をいたずらに煽り、ストレスを蓄積させるだけだ……すでに限界に来ているという報告も出ています』


 ムギが資料をめくると、ガンドラについての報告もあるのを見つける。

 3年も事実上の無政府状態となっていることで行政サービスすら満足に受けられなくなったガンドラ市民は次第にスタンダールに対して憎悪を強めていることが刻々と記されていた。


 治安自体がそこまで悪くなっていないのは軍が駐留して監視しているからではあるが、市民が暴徒と化して遅いかかってくるのは時間の問題であり、


 ウィルガンド連合王国軍はすぐ近くでいつでも出撃できる体制を整えていることが写真などと共に報告されている。


 市民が奮起して立ち向かえば、軍は市民を守るために戦う覚悟が出来ている様子だった。

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