制御できなくなった動き
『――だから経済力が弱い辺境は都市国家ばかりなんでしょう? スタンダールとかは違うみたいですが』
少々エルの方向を向いていたブライアンはムギの声に再びムギに顔を向けた。
『隣国に他にも国土をもった国家が2つありますよね』
『ドゥームとウィルガンドでしょう?』
『ええ、実は元々それらは1つの国だったんですよ……もっと大きなね』
『はい!?』
初耳の話だったのでムギはたじろぐ。
そこまでこの周辺三国に興味がなかったために調べていなかったことだった。
『ムギさんは……もちろん今我々がいるここがスタンダールでないことはわかっていますよね?』
ブライアンは飛行船の大きな窓から街を見下ろした。
『商取引に必要そうな情報でしたからね……元々はウィルガンドの1つの都市とは聞いてます……ちょっと前にスタンダールが占領して治安維持の名目で駐屯地を展開して管理していると』
ムギは事前に調べていたので、この場所が実はスタンダールの国土でない事を知っていた。
『そうです……ここもお隣の我が国の都市≪トルメカ≫も昔は1つの国の領土だった……150年前、ストゥルフ最終戦争という内戦によって誕生したのが現在の周辺三国です。元々このあたりには広大な国土をもつ≪ストゥルフ≫という王国があったんです……だからストゥルフ地方と呼ぶわけです。その始まりは非常に高いカリスマ性をもっていたとされる初代ストゥルフ皇帝が各地の都市国家を束ねた連合体みたいなものを形成して誕生したと言われています。貴方の世界でいう古代ローマでしたっけ? あの辺りにストゥルフの成り立ちは似ているかもしれませんね』
『随分地球の歴史や地理にお詳しいんですね』
ムギはやや皮肉交じりに呟く。
地域によって差があるが、全体的には地球よりも発展していると言われるメディアンで地球について調べる理由はさほどないと考えていたためであった。
しかしブライアンは皮肉として受け取らなかった。
『ええ、趣味みたいなもんです。ストゥルフはその地域全体で魔獣が発生しなかったという恵まれた環境から、山々や森林が多くあった台地を切り開いて国土というものが形成されていきます。都市国家を中心としてより外に向けて開墾していった……外界に蔓延る魔物を物量を用いた力技で駆逐してね。今でも三国の主要都市は要塞のような壁に囲まれていて、今私達がいる≪ガンドラ≫も元々は1つの都市国家からストゥルフの都市ガンドラとして発展した地域です。今は……ウィルガンドの都市ガンドラと呼ぶべき…なんでしょうかね……あの壁は都市国家だった名残りというわけです』
ブライアンが指を刺した先には先日ムギとエルが乗り越えた壁と同一のものが見えた。
都市国家としては珍しくない周囲からありとあらゆるものを守る壁の外にも住宅などの建築物が見え、ガンドラが元都市国家であることを象徴している。
『問題は、当時ストゥルフ国内にて5つほどあった部族の文化の違いが顕著で、それが相容れなかったことです。やはり距離が離れると文化の違いというのはどうしても生まれてしまいますから、都市国家ごとに生まれた文化が国家を形成する形で互いに吸収しあっても5つより減ることが無かった。5つの文化を持つ国民の中にはそれぞれ強硬派もいまして、結果大きくわけて5つの地域において民族間衝突が多発するようになり……』
『ストゥルフは3つの国家に分かれたわけですか。でも、それだと2つの部族はどうなったんです?』
『それはスタンダールとウィルガンドがそれぞれ2つの民族を吸収する形で成立しているんです。我々は1つの国家ですが、スタンダールの場合は北と南で大きく文化が異なっています。国家を形成する政治家も北部と南部でまるで思想が異なっています。』
『へぇ……ところでブライアンさんも飲み物とかどうですか?』
『私は大丈夫です』
ムギは自身も喉が渇いたので冷蔵庫から水の入ったビンを取り出し、栓をあけて中身を一口の見込んだ。
ブライアンはムギが落ち着くまで少し待った後でムギへ質問を投げかけた。
『ムギさん、我が国とウィルガンドとドゥームの関係についてどれだけご存知です?』
『ん? 70年前ぐらいに戦争があったのと、今でもスタンダールはドゥームからの爆弾テロと、つい最近まではウィルガンドからの携行型誘導兵器に頭を悩ませていて、今回の占領の件もその攻撃への反抗によって発生したもの……とだけ』
ムギは右手にビンを持ったたまま、ブライアンの質問に受け答える。
『それなりにご存知のようですね。ではムギさん、率直にうかがいますが、我々はドゥームやウィルガンドととても仲が悪いように見えます?』
『そりゃあ、ニュースを見れば毎日のように両国の首脳が言い争ってるわけですし、首脳会談はしてる様子があってもいつも平行線な結果となるばかり。国交はあって互いに貿易など行っていても、常に三国の国民はにらみ合ってるように見えますがね』
『それが仕組まれた対立関係だとしたら?』
『はい?』
ムギは思わずピクンと体が震えてしまいビンの中の水がゆらりと揺れた。
『両国からのテロ攻撃と、それに対する報復攻撃の死傷者数、特に死者の数について存じておりますか?』
『さぁ……商取引には大きく関係するものではないですからねぇ』
『3年前の悲劇を除けば、死者はこれまでに4人。爆弾テロを起こす分離主義者と名乗る集団によるテロ活動の失敗で3名。ミサイル攻撃によって倒壊した建物の側壁が命中して亡くなった我が国の国民が1名。死傷者こそ多いんですが、その殆どは重い障害を持つことなく、よくて重症といった程度だった……これについて何か思いません?』
――こっちの世界でもミサイルでいいのか……にしてもそれってつまり……。
『……自作自演だと言いたいんですか?』
『ふふっ、まぁ半分正解……といったところですかね。実は、我々三国はムギさんの仰るとおり75年前にも戦争を起こしています。75年前に発生した戦争の発端はストゥルフが崩壊した際、領土の境界線について棚上げしていた部分を強硬派が強引に奪おうとしたことから始まっています。ちょっとした小競り合いから武力衝突に発展し、結果ウィルガンドが我が国に難癖に近いようなものを付けて侵入。それを発端にウィルガンド・スタンダール戦争が勃発』
ブライアンはより楽な姿勢になるため、両手で拳を作りながら脚を組んだ。
『その機に乗じて漁夫の利を得ようとしたドゥームが治安維持の名目で参戦。しかしドゥームの行動を良しとしないウィルガンドはドゥームへの参戦も表明。凄まじい攻撃の応酬が15年続いた結果、多くのものを失い、最終的に終戦条約が結ばれて領土の境界線が明確化されました。まあ双方痛み分けみたいな形になりましたがね。事の始まりは戦後15年の頃です。三国ではそれぞれ、平和路線で歩みながらも経済復興を急いでいたのですが、まるで経済が停滞してしまいそれぞれの国土は荒廃してしまいました』
『なるほど、つまり軍拡を再び行うことで経済基盤を整えようとしたわけだ。軍需産業を行えば内需が発生する。仮に国交が生じていたとするなら、その機会に乗じて各国は自国が得意とする生産分野での輸出が伸びる』
『話が早くて助かります。ええ、特に三国共通の問題は国民の意識の腐敗です。先の戦争によって生まれたショックによって国民の中では平和意識というものが芽生えましたが、それはいわば経済を停滞するだけの負の循環しか生まないものなのです。だから政治家は、あの手この手を駆使して政治的、外交的茶番劇をお互いに繰り広げるようになった。同意の下で……しかし、いつからかそのうねりが政府、もとい国家の意図しない形で動くようになる』
ムギは眉を細める。
ようやく何かが見えてきたような気がして手に力が入った。
『我々が特に手を出さなくとも勝手に事が進行するようになってしまった。それはいわば、制御できていた冷戦ともいうべき状態が再び活性化したことを意味する……それでも裏から状況を制御しようと試みてこれまでは大きな被害を出すことなく、各地に存在する強硬派のガス抜きとしてテロ活動を半ば容認していたが……何かの外的要因によって今回のような事態へと陥ってしまった――』