見張る者を見張る者
翌日、ムギが目を覚ますと昨日の街一帯の灯りが消失した件はニュースになっていた。
『暗闇の中を走り回る数名の人影を目撃したという話が複数件出ておりますが、この件との関係性は不明です。次のニュースに参ります。スタンダール国内において先日テロを起こした主犯格と見られる男が首都内部にあるドゥーム連邦共和国の領事館付近にて拘束され――』
地方ニュースのアナウンサーは淡々と状況を説明するだけで何があったのか原因も不明としたものの、ムギ達についても言及しなかったのでムギは一安心する。
一方でスタンダール内にも特段動きなどは見られず、ムギは宿屋内の食堂で朝食を食べながら次の行動について検討していた。
その者がムギの前に現れたのは、朝食を食べて部屋に戻り歯を磨いている最中の事。
内線にてロビーより「ムギ・リーンフィールドさんにお会いしたいと仰る方がいらっしゃっておりますが……」と受付より連絡が入ってのことだった。
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『スタンダール法務省 国家安全保障調査室…ハンス・ブライアン……さん』
渡された身分証明を見たムギは内容を声に出して読み上げたが、目の前にいる男が何者なのかはサッパリよくわからない。
男は190cm近くの長身ながら細身の黒人男性であり、黄色い色の入ったサングラスともメガネとも思えるものを身に着けている。
いかにも怪しい顔つきだが、服装はビシッと決めたカジュアルなスーツであり、最初に部屋に招いた際にはフォーマルハットにトレンチコートという姿であった。
1つわかるのは全ての身なりが高級品なのか光沢があって非常に美しく品があること。
それはいわば金持ちの詐欺師とも言えなくも無かったが、詐欺師には見えない落ち着いた色合いでまとめられていた。
『所属は書いてあっても肩書きは書いてないんですね』
『まぁ、私共の組織ですと肩書きが全く意味を成さないものですから……』
ムギはその言葉に逆に本物っぽさを感じる。
ソファーの隣に座るエルはこの間の商談と打って変わり、場の雰囲気を崩さないよう気配を殺しながら状況を見守っている。
そのエルの様子からムギは「本物」と断定した。
『組織としては諜報組織か何かですか? こういのって初めてで』
『どちらかといえば防諜組織と呼んだ方がニュアンスは近いかもしれません。国家の安全を揺るがす者達を監視し、可能であれば一定の活動も行う……』
『――公安のような?』
『公安や軍も含め、我々は見張る者達を見張る者です』
ソファーの目の前には紅茶を来賓用としてブライアンに出していたが、自分にも出していたムギはその言葉の重みに耐えかねてカップを手にとって口に含んだ。
ブライアンの言葉の1つ1つに謎の力がある。
こんな思いをするのは地球で生きていた頃から久々の感覚だった。
それはまさに「国」というものが背後になければ醸し出すことが出来ない力であり、
ムギにはこの者の背後にスタンダールの国旗が幻のようにしてハッキリと見えた。
『一体今日はどういったご用件で来られたんです? 組織的には先日の取引の補填をしたいわけじゃなさそうだ。まさかスタンダールの防諜組織の方が来られるとは予想していませんでしたよ』
『無論、こういった場に私が来ているわけですから、これは尋問や情報提供を求める行為などではありません。そういう場合はしかるべき処置を行い、我々にとって有利な場所へ移動してもらいますからね。ムギさんには是非我々の仕事を手伝っていただけないかとおもいまして。転移前からこのような活動をしていたムギ・リーンフィールド……いや、≪ソバタ・アズサ≫さん』
人差し指にてメガネの位置を調整しながらも、ムギが冷静ではいられなくなるような言葉をブライアンは呟く。
――こいつ……俺の本名を……。
『……とんだ誤解ですなあ。自分はただのフリーターですよ? 低所得者で賞与すら無い職場に所属する』
ムギは額に汗が浮かぶのを感じつつも己を過大評価させまいと事実を織り交ぜて反論を試みる。
『転移前の貴方のことは良くご存知ですよ。――ソバタ・アズサ。転移前の最終年齢24。フリーロームの地球出身。大学入学時から公安保安庁の非常勤職員として働き大学卒業後も継続し通算で6年も働いていた。単なるフリーターの割には政治家を含めた様々な講演に参加または招待され、関係者として取材を受けたこともある』
一方でブライアンは「肩書きのマジック」という部分からムギを高く評価し、それが真実があるのだとばかりに強く訴えた。
――いや、ガチでそういう系統ではなくただの事務職員なんだが……哀れな事務職員に対して身内は優しいから……俺を通して何かしようとしてた政治家やマスコミはいたかもしれないが。
自身の過去の経歴について妙な受け取られ方をされて評価された事についてムギは気持ち悪い感触を覚える。
まるで生暖かい何かを突然背中に貼り付けられて背筋におぞましい何かがほとばしったような……そんな感触がして背中がヒクヒクとかゆくなった。
『理由は不明ながら3年前に突如として我々の世界であるメディアンにて神々の住まう国と呼ばれるリーンフィールドに転移。当初は転移者ということが認められず、不当な扱いを受けて排除されるも、後に隣国の都市国家≪センターズサークル≫にて活躍することで名誉を回復し、リーンフィールドの国籍を得た』
『拉致同然でね。センターズサークルの名誉市民権を得られるという事になったのに、そこを強引にだ』
それでもブライアンは止まらないので、ムギは少しずつ彼による経歴の暴露に対して補正、訂正を試みようとする。
『あそこは国内生産の殆どを観光事業、インバウンドで支えていて住まう神々を崇めた宗教団体などの本拠地が多くあって基本は神職者しか国籍を与えられない所ですが、貴方は神々に見出されてしまいましたからね』
『でも、地球の唯一神である≪アーク≫はこちらを否定した。自分が呼び寄せたわけでもないので責任は持たないと。人類皆平等を掲げて俺には何も施さなかったが、せめてアイツが最初の段階で俺を地球市民と認めてくれていたらね……』
『まぁ、神々の中でも随一の変わり者とされる神ですから……ただ、これまで不可能とされてきた方法で貴方がここに来た上で活躍したことを素直に評価されたのではないかと』
ブライアンは両手を合わせて拳を作ったと同時に少し体の重心を前に向ける。
『足枷を作りたかったんでしょう。本来は英雄級の者に名誉ある称号として授ける国名と同一の苗字。そいつを強引に擦り付けたわけで』
『恐縮ですが、これまでアークのような神としての力自体が弱い下級神と言える者の民というのは下手に見られていたんです。アークは人々心理や行動、そして特定環境下における能力の発達や発現などに研究熱心な神でしたが、一方で自分の民はどんな者であってもメディアンの市民には劣らないと言い切っていて……それが証明されたようなものではなかったのではないかと』
『買いかぶりですよ。その時点ではね。劣ると自分も思ってはいないが』
ムギはソファーの背もたれに大きく背中を預けつつ、成長を続ける現在評価しつつも過去の時点での評価は正しくないと否定する。
だがブライアンは微動だにせず、ここで引くものかとばかりに会話を続けようとするのだった。