用心棒との契約ミス
突き刺さった言葉によりムギはさらに体が重くなる。
カヤは以前より「自ら自殺しに行くような者を守るようなことはしない」と主張していくつかの戦場に同行する事を拒否した事があったが、
全方位に敵を作りながら火種をばら撒く行為というのは死のリスクを高めるためにやめるべきだと常々アドバイスしていた。
いつもより特段不機嫌な様子であるのはムギがあえて油をかぶって爆弾を背負って火事の現場に突入していくような真似をしたからである。
それもスタンダールという国家に対してやろうとしているからだ。
ひょんな事から借金を抱えてしまい、その返済に苦慮していたのを助ける代わりにムギの用心棒となったカヤだが、その債権をムギ本人が債権譲渡という形で借金を肩代わりして手に入れていたため、
その契約は「ムギが死ねば不良債権としてムギが抱いたまま闇に沈む」ことから、むしろムギが死んでしまえば契約を簡単に解消できて楽なので、
あえて危険過ぎる死地に自ら火種をばら撒いた上で向かおうとする男に対して「私が死なずとも、お前が死なないとは限らないからな」と職務放棄することがあったが、
彼女に対して強気の態度で挑めないのも、そんな大きな失敗によって生んだ己の契約関係にあったのだった。
カヤからすれば借金肩代わりの見返りに平均よりかなり安い給与で雇われていることから「そんなに金をもらっていない」という部分もあったが、
火種をばら撒く者とは基本的に契約してこなかったので、己の本能が招いた失態による借金だったとはいえ、この男と付き合ったのは失敗だったと考えはじめていた。
ムギ本人の性格は熱く真直ぐな男なので嫌いではなかったが、メディアン流の処世術を身につけてほしかったものの改善の兆しが見えないためである。
面倒見が良い方のカヤは仕事と剣に対する責任感がそれなりに強く、
近接戦闘がまるで話にならない強さのムギが「剣術を習いたい」と懇願してきた際には手ほどきをしていて現在も事実上の師弟関係のようなものがあるわけだが、
その師弟関係もまた、ムギが彼女に対して強気になれない要因となっていた。
今回の場合、それこそ組織単位で標的にされた時には今後もしばらくの間は狙われ続ける可能性もあるのでまずは静観を決め込んでいたが、
エルは手を抜き、経験が浅く未熟すぎるムギはガストラフェテスにおける射撃攻撃に拘ったことで本来の力を発揮できず苦戦。
責任感に揺り動かされたカヤは人を切り刻むのは「剣術士」のあるべき姿ではないという己の訓示から、
仕方なく相手がこちらを知っているのではないかと考え、敵に直接標的にされないよう最小限の加害で状況を片付けるにはどうすれば良いかと考えた末に己の愛剣を投擲したが、
その投擲するという行為も自らの誇りを傷つけるものだったので気分を害していたのである。
剣を投擲するなど剣術士の恥と考えていたし、己が剣を振るえば全ての敵を一刀両断に処して殺す事も可能だった。
不殺主義ではないが「剣は心を斬るモノ」をモットーとし、「剣術士としてあるべき姿」を体現するために基本は複数携行するスティレットででしか殺生をしないカヤは、
自身のプライドを傷つけながらメディアンでは「山崩し」などと言われて割と有名な自身の無名の愛剣を投擲することで見事に状況を打破した。
とはいえ、それはあくまで「その場しのぎ」でしかないことぐらい本人はわかっている。
『だがお前は、この件で引くつもりはないのだろう? エクセルまで巻き込んでどうするつもりだ』
キッと向けられた強い眼力に一瞬凍ったように動けなくなったムギであったが、
自身にも正当な理由があるので手に力を込めて体の自由を取り戻し、反論しようとする。
『元々今回の納品が終わったらソレを元手にエクセルの実家まで行く予定だっただろ。だから失敗を取り戻して元の路線に戻る。それだけだ。敵には狙われていないというならしばらくの間エクセルと共に別行動とってもらっても構わない……いや、こう命じればいいか。お前はエクセルの命を第一にして行動しろ。俺が次に命じるまでエクセルの指示に従え』
自分でも久々にハッキリとカヤに反論できたことに内心驚いたムギであったが、
自身の行動は反省しても反省から次に繋げるのがモットーであったこともあり、伝えなければならないことを伝えることができたのであった。
『ふん、多少は言うようになったじゃないか。今のは結構シビレたぞ。それでいいんだな?』
『二言は無い。エクセルの意思に沿って行動し、エクセルの命を最大に優先して行動しろ』
カヤは少しだけ機嫌を取り戻す。
完全に捨て切れない何かがムギにあるのは間違いなかった。
この男を心の底から嫌いになれないのは、利益優先だといって商取引に拘る一方で「誠意」とか「信用」とか「信頼関係」といった人にとって最も大切な守るべきものを守ろうとして行動するからである。
今回守りたいのは己の誇りだけでなく、己の生み出したモノを信頼して損失を出した者達との絆と信用である。
その真直ぐな思いは素直に評価できるが、それは「正義」とは限らない。
そんなもので国家に対して牙を向けば強大な敵を作るだけ。
カヤから言わせれば「向こう見ず」な行為であった。
だが目の前にいる雇用者は、なぜだかスタンダールを敵に回さない形で状況を突破するような予感がしてきていた。
その予想が的中するのは翌日のこと。
ムギ達の目の前にとある人物が現れてからのことであった。
その後、夜中に始まった会議ではしばらくの間パーティを二手に分け、ムギとエル、エクセルとカヤという構成で行動する事に決めた一方で、
ムギの要請でスタンダールや他の組織を敵に回さないような形での情報収集活動などをカヤやエクセルには担当してもらうことになった。
一向は夜も更けてきたため、ある程度話がまとまると解散。
カヤとエクセルは自室へと戻っていったのだった――
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『のう、ムギ……それにしたって先ほどの連中弱かったのう?』
ムギがベッドに寝転んでで休んでいるとエルがひょっこり顔を出して覗き込んでくる。
ベッドの近くで膝立ちする姿勢でこちらに話しかけてきていた。
彼女は神なので寝る必要性などない。
エルが寝息を立てている場合、肉体を預けたまま魂ともいうべき状態となって別の世界で活動している事になるのだがそのような事は滅多に無く、普段から夜は自由に楽しんでいた。
『なんか本来の戦い方と違っていた気がするっちゃするが……元々どういう戦法だったんだろうね……』
ムギはうつ伏せになりながら顔を枕に乗っけた形でエルの方を向いていた。
『我が暗殺をするというならばあんな事をせずとも神経ガスを流し込むんで動きを封じるとか、魔術で室内を水攻めするとか、建物ごと爆発させて吹き飛ばすとか……まずはそこから組み立てるのだが……』
とても可愛らしいフフンと自信ありげな表情で平然とそのような言葉を述べる姿にムギは「さすが原初の神」と背筋が凍りついた。
気に入らなければ世界ごと崩壊させてしまうのが原初の神というが、ローズル(エル)も例外ではなかったのである。
ただ、本人は「徒手空拳」など正攻法での戦いに強く拘っている事から『僕が想像した暗殺方法』を述べていることに過ぎないのは間違いないので、
ムギは落ち着いて彼女に彼らの理を自身の考えから解こうと試みる。
『いやねエルさん、他に被害出したらどうなるかわかったものじゃないでしょ……さっき街が真っ暗になったのだって明日ニュースになるよ。そうなったら誰から恨まれるかわかってものじゃない。ネット上じゃ俺らが逃げ回ってる姿も目撃されてて、顔は写ってないようだがSNSで報告されてる……オーナーは気にしてない素振りだったが俺達も誰からかヘイト買ってる可能性はある…』
そこまで言葉を述べた後、ふとムギは思い立ったことがあった。
周囲の損害を考慮するということはなるべく痕跡を残したくないということ。
それはつまりはこの街での行動を制限されているか、この街でも敵視されている存在なのではないかということである。
『それとなんとなくだけど札付きの組織だったんだろうと思う。案外スタンダール軍の敵かもしれないな……だとすると狙われた理由がわからんけど』
ムギはそこから導き出した答えも追加する形で述べた。
『生きづらい世の中だのう。これが天国でも地獄でもない、人々の生きるべき真の世界を目指して神々が作りたもうた辺獄の姿であるのか……』
エルはムギの目の前でため息を吐く。
その甘く芳しい息の匂いにムギは平静を失いかけるも必死に耐える。
『……待て待て、エルの管理する世界にも発展著しい所があるって聞いたけど? それにメディアンにもエルフはいるじゃないか。だから君と出会うことになったんだし』
『我の持つ世界の民とこの世界にいる者たちにそんな小物臭い者などおらぬ。どこの神に接続するとそのような性格となっていくのか知らぬが……多種多様な種族を1つの世界に詰め込むのはよろしくないのう』
――さすがメディアン一高貴と言われる種族……絶対神であるエルにも少なくない高貴さというようなものはあるが……。
ムギはエルの表情から改めてエルフという種族に劣等感を感じ、全身の力が抜けた。
自身の心の奥底に渦巻いているのは地球人らしい感情であるが、エルフはそういうのがあまりないのはエルと出会うきっかけとなった場所にて思い知らされていた。
『うむ、我に接続するエルフの者たちが他の者達からよくわからぬ状態でストレスを抱えることがあったが、その理由がようわかってきたな。実際に顕現してみなければわからんものだな……我らのような立場は接続された者を通してでしか世の中を見ることは出来ぬからな」
――全知全能であるためには全ての人と神は接続しなければならないのか……それが出来ないから神々による衝突も起きたのかもしれないな……。
ムギは意識を失いながらもかつて神々が衝突したという理由についてエルの言動から理解し、深い眠りにへとついていった。