出鼻をくじかれた男
とてもハイテクな技術があって、とても強大な企業や国家があって、
でも魔法という存在もあるような世界。
そんな世界を描写しつつ、現代的な戦いをファンタジックに描いてみたくなった。
「隊長は立ち去れといったはずだがな若造。最後のチャンスをやる。首を跳ね飛ばされるか胸に風穴が開きたくなければ10秒以内に失せろッ!」
倉庫内にて男の声がこだまする。
冷たく向けられた武器によって少年は息を呑んだ。
心の中では一切引くつもりがなかった青年は、己が武器類を一切携帯していないことによって本能的に命の危険を感じ取ったことで素直にその場から引き下がるしかなかった――
損害額は尋常ではなかった。
相手は国家に属する軍隊。
特に、今、青年がいる「辺境」と呼ばれるこの一帯地域においては比較的珍しい「国土」を持つ立憲君主制国家「スタンダール」は経済力もそれなりにあり、
ここらでは当たり前である「都市国家」と異なって大規模な軍を所有するほどであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
青年のミスは二週間前から始まっている。
とある国家の地域に駐屯地を展開するスタンダール王国軍の第12連隊が装備類の現地調達を公募し、そこに目をつけたのが過ちの始まり。
必死にえっちらおっちらとかき集めた装備類は規格は統一されていたがメーカーが統一されていなかった。
通常ならばこの手の緊急募集における装備類の調達はそれでも問題ないのであるが、スタンダール王国軍はなぜか青年に労いの言葉を送るだけで報酬を支払うことを拒否。
第12連隊の隊長≪ジョナス・サイアーズ中佐≫は青年に対し――、
『貴様は、我が軍に楯突いて……我がスタンダール王国に牙を向いてまで私に手をかけるほど愚か者であるのかな。辺境の商人風情ではどうすることもできんだろう? この士気の高さと組織力をどう評価する?』
――などと、自身の背後にいる国家という強大な存在とその剣である「軍」というものを誇示しながら青年にボランティア活動することを迫る。
この状態に立腹しないわけがない青年は感情を必死で押し殺しながらも『そちらは国家なのだから、そのような国旗を傷つけるような真似は許されないはずだ!』
――と言って最低限の報酬の支払いを懇願するも黙殺。
いよいよとばかりに手に力を込めながら一歩踏み出そうとしたその刹那、納品を済ませた倉庫内を警備する兵士達によって、青年からすると「謎の武具」と判断された遠距離攻撃が可能と思わしき武器を突きつけられ――先ほどの言葉をぶつけられる。
青年はなすがまま静かに立ち去っていった。
青年が少しばかり離れると笑い声のようなものが聞こえる。
一部の部下が無様な醜態を晒したこちらを嘲笑していたのだった。
青年は次第に足早となっていき――そして宿泊地としていたホテルへと戻ったのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ホテルに戻った青年は鬱屈した感情を処理するために瞑想のごとく椅子に腰掛けながら、体重を背もたれにかけて椅子を傾け、
四つの脚のうち2脚だけの状態でぐらぐらとバランスをとるような姿勢でもってしばし無言となっていた。
それは若い頃からの癖のようなものであり、学校と呼ばれる空間で何かあるといつもそうやって無意識に天井を見つめていたことがあった。
そんな青年を優しい温もりの両手が包み込む。
後頭部にやわらかく暖かな何かが当たった青年は心の中が火がかけられて煮え立った鍋のような状況から次第に落ち着きを取り戻していく。
『らしくないではないか。どんな時でも1秒1秒を大切にしてまずは行動するのがソナタの性格であろう? 何を呆けておるか! これっ≪ムギっ!≫』
『≪エル≫……』
見上げた先には控えめに言っても美少女の姿があり、こちらを鼓舞するがごとく優しげな笑顔で見つめている。
それはムギにとってこの世界に訪れて初めて手に入れた楽園のようなもの。
彼女の存在そのものが楽園といって差し支えないものであり、見つめているだけで気分が安らぐほどの何かを秘めているが、
彼女は今のムギにとって最大級の味方――エルフの神の顕現した姿であった。
――エルフの神ローズル。
この世界とも、ムギのいた世界ともさらに別の世界「アルフヘイム」と「スヴァルトアルフヘイム」を創造して彼方より管理する、全てのエルフの民の頂点に君臨する絶対神である。
ムギのいた世界である「宇宙」より広大な空間を2つも創造し、その中に自身と心を交わす莫大な数の魂を収め、日々エルフの民の活動を見守りながらも「神であることを事実上放棄」して過ごしていた。
彼女にとって神とは「偶像崇拝される程度の薄い存在」であれば良いと考え、あえて他の神々が行うような「助言」などによる間接的な干渉や「直接的干渉」はせず、
それでも「己が管理する者達であれば何もせずとも世界は安定する」と周囲の神々に豪語していた。
実際問題、それで2つの世界が破綻する様子は無く、一部の神々からも高く評価され尊敬されている。
実態としては例えばアルフヘイムであれば「絶対王フレイ」に全ての管理を任せているわけだが、管理と言ってもアルフヘイムという世界自体を維持するための創造の力が必要となる領域、
新たな星や銀河といった存在を代行権と称して神の力を分け与えて作らせるといった程度のものであり、人々への何らかの干渉的な行動はフレイに対しても許してはいなかった。
ところでムギはなぜか地球にも神話として伝わっていた情報により、アルフヘイムの管理者を王者フレイとして認知してはいたのだが、フレイが一体誰からアルフヘイムを授けられたのかは知らなかった。というか、情報がなかった。
フレイは何気にエルフの王として認知される神の領域にいる存在と地球上では語られていたが、なぜ彼が神であるという割に「王」という扱いでしかなく、そしてアルフヘイムと呼ばれる世界を与えられたのか学生時代に北欧神話関連の書籍を見て疑問を抱いてはいた。
結論から言えばフレイは正しくは「神」ではなく「神の力」を分け与えられた「絶対王」でしかなく、絶対神によって見出され、エルフの種族として転生して王となっただけの元巨人であったのである。
北欧神話で語られるローズルはその殆どの情報が無い謎多き神であったが、
原初の人を創造し、人の世界を創造したとされるヴィリとヴェーとは別に、アルフヘイムとスヴァルトアルフヘイム、そしてエルフの民を創造した者こそローズルだったのである。
神話上で王として管理を任せられたフレイの背後には間違いなく創造神がいたことはわかっているが、その存在がかような女神であったことをムギが知ったのはこの世界に訪れてからのことであった。
ムギはこの世界に訪れて初めて、フリッグとは別に高位に属する神の存在を認知することになるのである。
彼女は地球的に言えば寝転がりながらポテトチップをかじるがごとく、永遠に続いて終わりがない世界の行く末をくたくたと鑑賞しているような真似を長年続けていたのだが、ある日を境に現在ムギがいる世界に対し、そしてムギに対して強い興味を抱いていったのである。
ムギは己に対し、何故このような凄まじい力をもった原初の神がいつも傍にいるのか不思議であったが、
そんな現在「エル・フェア」として生きるエルは、本人すら知らぬムギの秘密を知っていた。
エルはムギの手を取り、ムギを外へと誘おうとする。
――その日は曇りであったが、その笑顔は太陽すら雲を掻き分けて覗き込もうとしたくなるほどの可憐さであり、ムギは顔をやや赤らめながらも椅子から立ち上がる。
身長150cmばかりの少女は透き通ったやや薄いエメラルドグリーンの目をしており、頭髪は先端が青みがかった不思議な色合いのシルバーブロンドであった。
かすかな太陽光に照らされた少女は妖美かつ言葉に表すことができない神秘的な印象があり、
ムギはホッと一息入れると改めてエルを「可憐だ」「自分には似つかわしくない」などと思いつつもエルフの少女と共に行動を開始し、宿屋の外へと向かうのだった――