捨て子がモノローグを駆使して私の弟子になろうとしてくる。
「俺を弟子にしてください」
早朝、森へ行こうとドアを開けた私の目に、地面に平伏する少年の姿がいきなりうつった。
またか、と思いながら溜息をつく。
「何度も言ったが、無理だ。諦めて人里へ降りろ」
そのままドアを閉めようとするが、少年に先を越された。
「嗚呼、なんて酷いことを言ってしまったんだろう。心が痛い。こんな美貌の少年にこんな辛辣な言葉をかけなきゃいけないなんて...。でも、どうしようもないのよ。私は人間の扱いに慣れてないから...あなたを傷つけたくないの、ごめんねイヴァン」
「やめろ、勝手にモノローグをつけるな」
思わず反応してしまった私に、少年はしてやったりとニヤついた。
その顔にイラつきを覚える。
「私は人間風情に配慮するほど優しくはない。そこまで言うなら勝手に上がれ!」
「フッ」
売り言葉に買い言葉で返事をしてしまい、気がついた頃には少年は家の中に入っていた。
追い出そうにも「言質は取ったからな」という顔でみられ、私は脱力する。
ああ...まただ...またこいつを家に入れてしまった...
部屋の中で勝手に魔法道具を漁る少年を尻目に、私は彼との最悪の出会いを思い起こした。
ーーー私、ロザリアは魔女である。かつてはこの王国一の魔導師であったが、それも今となっては昔のこと。色々あって今は山奥の森に隠居している。
この国では「魔女」は忌むべき存在だ。
それ故この辺境の地に近づいてくる人間は、魔女狩りを命じられた王国の兵士たち以外にはいなかった。
正確には、数日前までは...だが。
7日ほど前、私は森で蹲る少年を見つけた。
久しぶりに人間を見たので驚いた。何年振りだろう。
こんな山奥に子供が迷い込むとは...いや、子供の体力を考えれば、たとえ迷子だとしても、ここまで自力で来るのは無理だ。考えられるのは、人間の大人にここまで連れてこられたということ。
わざわざ魔女が住むといわれるこの地に子供を置き去りにするとは。
だとすれば少年は、
「....捨て子か?」
気づくと口に出していた。蹲っていた少年が顔を上げ、私と目が合う。
「そうだ、捨て子だ」
あっさりと返事を返してくれた。...なんだか嘘っぽいのだが。
よく見ると少年の服はかなり上質な素材でできている。泥もあまり付いていない。栄養不足でやせ細ってもいない。その上肌はスベスベだ。
捨て子じゃないな、こいつ。
そう判断して無視しようとすると、少年は縋るような目でこちらを見てきた。
「可哀想な捨て子を拾ってはくれないか?」
どうやら自分は、かなり図々しい子供に出会ってしまったらしい。
私はため息をつきたい気持ちを抑えながら、少年に向き合った。
「悪いが人間の子に構う気はないな。私は魔女だぞ?」
「そうか、ならば俺を弟子にしてくれ」
何言ってんだ、こいつ。
思いっきり顔をしかめて少年をみる。相手はさもこの話の流れは普通であると言ったような顔でこちらを見返していた。
「...無理だ。私に弟子を取る気はない。何を企んでいるのか知らんが、さっさと人里に帰ることだな」
こんな厄介な子供につきあう暇はない。私はくるりと踵を返し家路へと急いだ。
...そんな時だ。耳を疑うことを聞いたのは。
「そう言ってのけた私も、今ではこんな優秀な弟子を持てたことに誇りを覚えている。あの時この少年に救いの手を差し伸べてよかった。まさかこんな平凡な子の内に莫大な魔力が秘められていたなんて。今ではこの子は王国一の魔導師。師匠として鼻が高いわ」
ンン?なにか始まったんだが。
疑惑の視線を少年に投げると、当の本人はふんすと鼻を鳴らし得意そうな顔をした。
いや、なんでそんなに自慢げなんだ。
「今から五年後、これは現実になる。だから俺の師匠になれ」
「なんでそんなに偉そうなんだ」
「将来偉くなる予定だからだ」
キリがないと私は思った。そもそも人間の子に魔力なんて秘められているはずはない。つまり先ほどの発言は完全に少年の妄想に過ぎないのだが、私のモノローグ風に言うのが腹立たしかった。
「俺の名はイヴァン。よろしく師匠」
「いや、ならないからな?」
「照れるな。分かっている」
「分かってないだろう。しかも私は照れていない」
「フッ」
「...腹たつな小僧」
そうして、なんやかんやで少年ーーもといイヴァンは私のひっつき虫となった。
毎朝ドアを開けると土下座して弟子入りを申し出してくる。気づいたら家に入ってきて、朝飯やら昼飯やらを勝手に作っていく。私は弟子を取らないと何度も伝えているはずだが、毎回「このような美味しいご飯が作れるなんて私の弟子はなんて天才なんだ」と勝手なモノローグを入れてくる。しかも本当にうまいのだから言い返せない。
腹立つ捨て子だ。
この素性の知れない少年がいつまで私にひっついて来るかはわからない。が、こいつの興味が失せるまで、間違えても腹立つモノローグにつられて弟子入りを許可することはないようにしよう。
毎回イヴァンに家に入られるたび、私はそう決意するのだった。