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新釈ピュグマリオン  作者: 大橋むつお
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7・気が付けば春……

新釈ピュグマリオン・7

『気が付けば春……』             

    


 久々に朝日のまぶしさで目が覚めた。


 颯太は寝坊したのかと思った。

 時計を見れば、まだ八時を過ぎたところである。

 ここのところ、はっきりしない天気が続いていたせいもあるが、季節は確実に進んでいる。


「もう、春なんだ……」


 はっきりしない頭でも、そう気づかせるほどに明るい陽射しに、颯太は伸びをして、スーツに着替えた。


 美音とのことが傷になって、とりあえず越してきたものの、この十日あまり、ほとんどボンヤリしていた。

 ダラダラと部屋を片付け、近所のホームセンターで必要なものを買ってきてはいるが、きちんと組み立てて使いだしたのは二人用のテーブルと椅子だけだった。

 一人暮らしに、なぜ二人用かというと、ホームセンターのハンパモノで、この二人用が一人用よりも安かったからである。大家と不動産屋のジイサンも時々顔を出してくれる。ならば二人用と買ったのである。

 他の家具や道具は、まだほとんど手つかずである。


 例の人形の収まりがつかず、決めかねていた……と、自分を納得させていた。


 しかし、いつまでもダラダラはしていられない。

 あてもなく東京に出てきたが、今までやってきた美術講師の経験と履歴でなんとかなると思っている。東京は都立だけで三百近い高校がある。講師の口の一つや二つはあるだろう。


 パソコンで打ちだした履歴書と教員免許を持って山手線に乗った。


 新宿の西口で降りると、散歩と交通費の節約を兼ねて都教委のある第二庁舎まで歩いた。


 新宿のビルは、どれも颯太の感覚では人間が使用する規模とたたずまいを超えている。歩ている自分がひどく矮小なものに、通行人は、どこかデジタル映像のような無機質なものに感じられた。

 それでも庁舎に入ると、教育委員会特有の雰囲気が有り、慣れた流れの中で講師登録ができた。

「やっぱ、規模はでかいけど、中身も流れもいっしょだな。ちょっと東京見物でもしようか」

 一人ごちると、颯太は、再び山手線に乗り、山手線のほぼ反対側の秋葉原まで行ってみた。


 三年生は春休み、一二年は学年末の半日授業でアキバは賑わっていた。


 新宿よりも、アキバの空気の方が颯太にはあっていた。「こういうやつらを相手にするのか」と、高校生たちを見て納得と覚悟をした。


「ま、口さえあればなんとかなるだろう」


 AKBシアターの前を通った。思いのほか小さなところだと思った。おのぼりと思しき若者たちが、興奮気味にシアターの前で無意味にうごめいていた。まあ、無駄に体と心を動かすのが青春だ。こういうのもありと共感。


 足を延ばしてラジオ館に着いた。ここも近年改装したようで、若いオタクたちが頻繁に出入りしている。

 ラジオ館は、ドールやフギュアのテナントで一杯の、その道のオタクたちの聖地である。

 入り口のウインドウの中に颯太のところと同じホベツ150のドールが飾ってあった。颯太のところのものと違って、顔の造作が描かれてていた。うまくポーズは付けてあるが、顔もポーズにも何かが欠けている。


 存在感がないんだ……


 颯太は、そう思った。オレなら、もっと生命感のあるものに……いや、あのドールは素体のままでも十分な存在感がある。ほんのちょっと手を加えてやれば……何を考えているんだ。そう思ったときには神田まで足が延びていた。

 

 古本屋街の一角に、絵画と絵具の店があった。


 颯太は仕事柄、こういう店を素通りすることができない。

 印象派を中心としたレプリカの絵がウインドウで、客を引き付けていたが、颯太は、店の奥にもっと面白いものがあるような予感がしていた。


「これは……」


 数ある絵具の中に、それを発見した。ビスクドール用の絵具の中に、一つだけフランス製の売れ残りがあった。色やけしたパッケージのフランス語は、颯太の乏しい語学力でも読めた。


――生命の絵具――


 直訳すると、そう読めた。


 生命萌えいずる春のせいだろうか、颯太は、あのドールに、しっかりした顔かたちを描いてやる気になった……。




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