40・栞と颯太のゴールデンウィーク ①
新釈ピュグマリオン・40
『栞と颯太のゴールデンウィーク①』
今日は、水分咲月のデビューの日だ。
デビューといっても、ペーペーの研究生なので、プログラムの最初の方にちょこっとだけ出て、紹介があっておしまい。
だけど、晴れの初舞台。友だちとして観に行かないわけにはいかない。
なによりも、先日の学級改編騒動のあと、栞たち生徒の「これ以上混乱したくない」という声で、予定通り二年生は一クラス増え。生徒たちは新しいクラスに入った。
で、偶然なのか、ミッチャン(栞の担任)のクラスに栞と咲月はいっしょになったのである。学校への信頼は落ちたが、ことミッチャンのクラスはうまくいきそうである。
今日は、チームPの公演なので、狭いAKPシアターは、それほど混まない。それでも天下のAKP、消防法で決められた定員は満たしていた。
「これで、咲月のひい爺ちゃんも喜んでるでしょうね」
「ああ、ひょっとしたら、そのへんで見てるかもな」
「アハ、このシアターの雰囲気には驚いてるでしょうね」
たしかに、アキバはひい爺ちゃんが生きていたころの漢字の秋葉原とは、だいぶ雰囲気が変わっている。マニアックという点では同じだが、その主体は電気製品の専門家やマニアから、すっかり世界に冠たるオタク文化の聖地に変貌。外国人観光客のコースにも入っている。
ちょっと神経を集中させれば、咲月のひい爺ちゃんの霊ぐらいは感じられそうだったが、栞は、あえて、そういう人間離れした能力は封印しておこうと思った。なによりも、ただ一人、栞の事が人形にしか見えない颯太に、立ち居振る舞いだけでも人間と同じようになるようにしたかった。
「すみません、開演時間を20分遅らせていただきます」
場内アナウンスが流れて「どうしたんだろう」と思うと、栞の封印した能力は一気に元にもどってしまった。
「ちょっと様子見てくる」
栞は、混み始めた観客の間を縫うようにして、ロビーに出た。
事情は分かっていた。今日の選抜チームの堀部康子が移動途中の交通事故で間に合わないのである。
「あ、萌絵!」
スタッフが、関係者入り口に近づいてくる矢頭萌絵を見て救いの神を見つけたように駆け寄ってきた。
「分かってる。康子間に合わないから、あたしが代わりにやる!」
むろん、この萌絵は栞の変身である。
「いい、こんなことでおたついちゃダメ。それだけAKPがビッグになったってことだからね。さあ、円陣組んでいくよ!」
萌絵になった栞は、20分開演が遅れたことを詫びると、さっそくAKPのヒット曲5曲をメドレーでこなすと、研究生の紹介に入った。
「水分咲月! 一番年上だけど、二度目のチャレンジで合格。将来が期待される幹部候補か!?」
「あ、そんなたいしたもんじゃないですけど」
萌絵がずっこける。むろん演出。
「あたし、誕生日が、AKPの幕開けと同じ4月7日なんです。萌絵先輩の後半の言葉にせまれるようにがんばります。よろしくお願いします!」
咲月らしい生真面目なアピールだったが、会場は割れんばかりの拍手だった。
咲月は感じていた。客席の隅の方に、姿はないけどひい爺ちゃんの気配がすることを。それは栞も感じていた。
そして、その日の公演は無事に終わったが、大変なことが分かってしまった。
矢頭萌絵は、この日は仕事で名古屋にいっていたのである。波乱はゴールデンウィークになっても続くようだった。




