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新釈ピュグマリオン  作者: 大橋むつお
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3・そもそも人形が届いた理由・1

新釈ピュグマリオン・3

『そもそも人形が届いた理由・1』           



 ピュグマリオンは、ギリシア神話に登場するキプロス島の王。現実の女性に失望していたピュグマリオンは、あるとき自ら理想の女性を彫刻。そのうち彼は自分の彫刻に恋をするようになった。そして彼は食事を共にしたり話しかけたりするようになり、それが人間になることを願う。その像から離れないようになり、次第に衰弱していく姿を見かねたアプロディーテがその想いを容れ、像に命を与え、ピュグマリオンはそれを妻に迎えた。 



 開けて驚いた。等身大の人形が入っているではないか……。

 

 等身大の人形といっても、ラブドールの類では無く、どちらかというと、デパートなんかによくある目も口もないマネキンに似ている。 顔は、申し訳程度に鼻の部分が隆起しているのと、耳が付いているのと、全体のフォルムから、それと分かる程度のもの。


 ただ、関節がやたらに多い。取説を見ると五十か所以上動くらしい。


 それに、マネキンというほどスタイルは良くなく、むき出しの球体関節は色気とは程遠い。

 開けた時のショックで大きい等身大と思ったが、等身大というのには、やや小さい。

 身長150、B67、W56、H76、洋服のサイズで言うとXS。大人になるちょっと手前の女の子の体をしている。それに女の子としての部分はほとんど表現が無い。乳首は触ってやっと存在が分かる程度、股の付け根には谷間の表現もなかった。


 そして、なによりいぶかしいのは、宛名は颯太になっていたが、颯太自身にこんなものを注文した覚えがないことだった。


「ああ、やっぱ着ちまったか」


 家主のジイサンが、不動産屋のジイサンとコンビで入り口に立っている。


「なんなんですか、これは。オレ注文どころか、ここの住所も人に教えてないのに」

「ま、とりあえず忘れた枕だ」

「わたしは、サービスで座布団を。この寒さじゃ痔になっちまう」

 不動産屋は、そういうと座布団を三枚しいて、気づけば奥の和室で三人車座になった。

「おっと……」

 颯太は、備え付けのエアコンのスイッチを入れた。エアコンが暖気を吐き出したころで家主が口を開いた。


「じつは、おまえさん、前の店子と同姓同名なんだよ」

「そうなんだ。そんな気はしてたんだけど、店に帰ってデータを見たら同じなんで、気になって座布団口実に様子を見に来たんだ」

「ええ……!?」


 立花颯太というのは、そうゴロゴロ転がっている名前では無い、颯太自身が一番驚いた。


「立ち入ったことを聞くけど、おまえさん大阪に親類はないのかい?」

「いいえ、御一新以来の江戸っ子だって、いつもひい爺ちゃんがいってました。本籍地も東京です」

「やっぱり前の立花さんは大阪なんですか?」

「さすが不動産屋だ、気が付いていたかね」

「化けるほどやってますからね、今は必要以上の個人情報は聞けませんがね。五分も喋ってりゃ、おおよその境遇とか気性は分かるもんなんですよ」

「前の立花さんは、大阪の高校で先生をやってらした。天涯孤独の身の上で、退職を機に東京に越してらっしゃった。歳も近いんでよく話したけど、おいらは、なかなかいい先生だったと思う。生徒の……特に退学していくような生徒の面倒見がよかったみたいだ。おいら、何度か感心して誉めたんだけどね、本人は学校と自分の職業的なアリバイでやったことで、教師の良心なんてもんじゃないって謙遜してらしたけどね」

「だけどね、家主さん。オレは案外本心だったと思うんだ。いや、悪い人だってことじゃないよ。あの立花さんは真面目すぎるんだ。仕事ってのは、どんな仕事でも100%職業的な良心でやれるもんじゃない。不動産屋にしてもそうだ。ときどき仕事の枠を超えて、お客の身の上相談みたいなことをやるけど、江戸っ子の心意気半分、店の評判半分てとこさね」

「もともと、あんたは人間のいざこざが好きなところがあるからね」

「まぜっかえさないでくださいよ。あの立花先生は、そういう半端な自分に嫌気がさしていたんだろうね。そうでなきゃ、心機一転どころか二転三転して東京まで出てきやしねえよ」


 気づくと、目の前に湯気の立ったお茶が置かれていた。不動産屋のジイサンが喋りながらいれたもんだ。でも、それに気づかいさせないところがプロだと思った。


「で、あの人形は?」

「うん、オイラのせいかもしれねえ……」


 家主のジイサンは、渋茶を口に運びながら話を続けた……。 



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