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書店員の恋  作者: 三波都子
7/7

喫茶店

 夏の暑さも過ぎ去り、寒さが少しずつ忍び寄ってきているのがわかる。


 こんな時は、どこかへ出かけるよりも、喫茶店でまったり過ごそうということになった。


 僕は、よく行く喫茶店の重い木の扉を押し開ける。

 薄暗い店内でも、君の姿はすぐ見つけることができる。

 いつもの、窓際の席に座って君はコーヒーをすすりながら本を読んでいた。


 「ごめんね、遅くなっちゃって。」

僕は、椅子を引いて、君の向かい側の席に座る。

 「ううん、本を読もうと思って早めに出てきたし大丈夫。」

君はゆっくり目線を僕に向けると、穏やかに微笑んだ。


 今日の君は、黒いニットにスキニーのデニム。下は赤いスニーカーで、髪は低い位置で一つにまとめ、スニーカーと同じ色のリボンをつけて、茶色いふちの丸眼鏡もかけている。


「それ、昨日買っていた時代小説シリーズの新作だね。」

 お冷を持ってきてくれた店員さんにブレンドコーヒーを頼んで、君の手元の文庫本を見ると、昨日彼女が購入していた2冊の文庫本のうちの一冊だった。

 「そうなの。シリーズの完結編で、最後が気になって気になってしもて・・・。」

 「それじゃ、もうちょっと読む?」

 頭につけているのと同じリボンがつけられたしおりは、ちょうど、文庫本の半分あたりのところに挟まれている。昨日、発売だったこの本を、その日に買いに来てしまうほど気になるシリーズならば、君はさぞかし、その物語の続きが気になっていることだろう。


 「え?ええの?」

君は、僕の言葉に、大きな瞳をさらに大きくして驚きつつ、その瞳の中には隠し切れない喜びが浮かび上がっていた。


 「うん。僕も、読みたい本を持ってきたんだ。」

僕は、カバンの中から、こちらも昨日買ったばかりの本を取り出す。


 その本を見た君の顔はさっき以上に、驚きに満たされる。

「その本・・・」

 僕が昨日買ったのは、今、彼女が手に持っているシリーズの第一作。


「せっかく、同じ空間にいるから、頭の中も同じ世界に旅行したくて。」

僕が言うと、君は、たいそう嬉しそうな顔をした。

 こんなにも嬉しそうな顔をしてくれることが、僕にとってもこの上ない喜びだ。

 

 ちょうど、僕の頼んだブレンドが運ばれてきた。


 「ほな、いざ、まいらん、お江戸の世界へ」

君がいたずらっ子のような顔で言う。

 「いざ。お供いたしまする。」

僕が応じると、君は心底嬉しそうな顔をする。


 お互い幸福感に包まれた僕らは、いつまでも見つめあっていた・・・・



「郁夫くーん!!!!!ポップ書きに来たでええええええええ!」


 土曜の朝の静かな楠書店に突如響き渡った甲高い声に、静かに本を選んでいた老紳士が驚いて手に持っていた本を落とした。

 僕も急に妄想の世界から現実の世界へ引き戻された。

 

「今週はどのポップかくん?」

 書店には似つかわしくない元気のよさで入ってきた奈津子さんは、スキップでもするような勢いでレジ台の裏にいた僕のところへまっすぐにやってきた。

 奈津子さんは、僕は楠書店で雇われる前までアルバイトをしていた先輩で、大学を卒業し就職するタイミングでやめた。つまり、僕は、奈津子さんがバイトをやめるタイミングとうまくかみ合ったため、あこがれの楠書店で働くことができている。今は、ウェブデザインの会社で働いている奈津子さんは、絵がうまく、ポップが上手だった。自分でもポップが書きたくて書店でアルバイトしていたので、ブックカバーもかけられない、ポップなんてもちろん気の利いたものもかけない僕のために、土曜日になるとポップを書きに来てくれるのだ。


 「今日は、この時代物のシリーズと恋愛ものの単行本、この写真集、それからこっちのエッセーの4種類をお願いします。」

 奈津子さんが来たら、渡してくれ、と店長に言われた4冊をレジ台の下の棚から出して奈津子さんに渡す。

「OK!サンキュー!」

 奈津子さんは、さっそくレジ台の下で折りたたまれている小さな机を組み立てると、僕の座っていたスツールを奪い取って作業を始めた。ポップを書くには、内容を把握していないといけないため、奈津子さんは、ざっとまず写真集から目を通し始めた。嘘みたいな話だが、奈津子さんの数ある特技(自分で言っていた)の中に速読がある。奈津子さんはその場で本に目を通して、ポップを書くのだ。

 本人曰く、「読み込むと結論まで書きたくなるから、ほどほどで読んで、自分でもこの先どうなるんだろう?くらいの感覚でポップを書いた方がいい感じでかける」のだそうだ。

 いつもにぎやかな奈津子さんも本を読んでいる時だけは静かだ。

 

 先ほど奈津子さんの登場に驚いて本を落としてしまった老紳士は、その様子を確認すると何かを納得したように、また、自分のお気に入り探しの旅を再開させたようだ。


 僕は、一枚、レジ台の下の棚からブックカバーを取り出すと、昨日買った時代小説シリーズの第一作にかけて、ブックカバーかけの練習を始めた。


 「麗しの君」が時代小説シリーズの完結編を昨日買ったのは事実だ。いつもは、たくさん吟味してから買うのに、昨日は迷わず時代小説の棚へ行って、珍しく平台から本を取ったので気になって確認したのだ。

 

 夏以来、相変わらず、「麗しの君」が買った本を僕も読む、ということは続けている。

 だから、昨日、彼女がこのシリーズの完結編を買ったとき、シリーズ自体読んだことのなかった僕は、バイト終わりに迷うことなく、第一作目を買って帰ったのだ。


 最近は、ついに、彼女が月に一度だけ買っているファッション雑誌もチェックしている。

 こっちは、もちろん、購入はしていない。立ち読みだ。


 そして、彼女が僕が思っていた清楚系ではなく、割とカジュアル系のファッションを好んでいるということが分かった。


 花火大会のあの日、初めて「麗しの君」の話し方を聞いてから、また、彼女の話し方が聞きたくて、聞きたくて、僕は毎週金曜日、彼女がやってくると、誰かと話さないかあわよくば僕に話しかけないかと落ち着きがなくなる。彼女が話すこの地方の言葉は、ほかの人が話す話し方よりも、ずっと穏やかで耳に心地よかった。

 しかし、現実はうまくはいかなくて、あれ以来、彼女は店長とも南さんとも挨拶くらいしかかわしていない。


 ハヤカワ美容院に、雑誌の配達をするたび、「麗しの君」のお母さんである縁さんからなにか、彼女のことが聞けないかと緊張していくものの、こちらもいつも杞憂に終わっている。縁さんは、最近知ったごぼうの食べ方を僕に説明するのに忙しそうだった。


 「麗しの君」の周りから「麗しの君」のことを引き出そうとしても、現実はうまくいかない。


 週に一度だけ、会うことのできる彼女は、いつもかわいくて、どうしようもなくいつも近くにいたいという思いが募る。

 彼女のことを知りたいと思っても、周囲から集められる情報はわずかしかないのだということを、僕は、改めて思い知らされている。


 手っ取り早いのは、彼女と実際に友達になることなのだろうが、それが簡単にできる性格なら今頃苦労はしていない。


 大学の友人たちは、他人ごとだと思って、

「今度来た時に連絡先でも交換してもらえ」

というが、引っ込み思案な僕はそんなことができるはずないし、

「当たって砕けてこい!」

といのも、僕は、砕けたくはないので、当たらないでおくのが一番だと思う。


 「いてっ」

そんなことを悶々と考えていたら、ブックカバーの淵で指を切ってしまった。


 「どうしたん?」

 後ろで写真集のポップはそうそうに書き終わり、エッセーも読んでポップも書いて、時代小説を読もうと手を伸ばしかけていた奈津子さんが僕の手元を覗き込む。


 「あーあ。切ってもうたん?郁夫君ほんまに不器用やん。」

と奈津子さんは笑う。僕はふがいなくてうつむいていると、

 「ほら、手、だし」

とどこからか、消毒液とばんそうこうを持ってきていた。


 この街の人たちは、僕にとってはそっけない話し方をするが、心は僕のふるさとの人たちよりずっと温かいのだと最近気づいた。

 他人のことをほっておけない。


 「私もちょうど半分終わったし、ちょうど12時やからお昼食べ行こ。」


 僕の顔を見て、ニヤッと奈津子さんは笑う。


 「ハヤカワ美容院の娘さんのことでちょっと聞きたい話もあるし。」


 前言撤回。

 この街の人たちは、他人のことをほっておけない分、ちょっと意地悪だ。


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