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書店員の恋  作者: 三波都子
6/7

花火

 しばらくおばちゃんズとの会話を折り目正しい態度でこなした後、「麗しの君」は、

「じゃあ、私、ちょっと本選ばせてもらいますね。」

と二人に軽くお辞儀をして、店の奥へと進んでいった。


 今日はどの本を買うのだろうか、もしやミステリーの棚の方に来るんじゃないだろうか、と僕は少しドキドキしながら、彼女の行方を作業をするふりをしながら横眼で追った。


 僕のそんなドキドキはお構いなしに、「麗しの君」は迷いなく純文学の棚の方へと向かった。

 純文学の棚は僕がいるミステリーの棚からは手前に恋愛小説の棚があるせいで見えない。

 ホッとすると同時に、普段は見ることが出来ない「麗しの君」の姿をもっとみていたかった僕としては、少し残念でもある。


 「じゃあ、私もそろそろお昼の用意せんならんし、帰るわー」

 「そやねえ、ほなありがとねー」

 「いえいえーじゃあ夜にねー」


 かしましい「サロン・ド・ミナミ」の午前の部も閉店のようだ。


 すると、南さんはずんずんと僕のいるミステリーの棚のところへとやってきた。


 「郁夫くん、悪いんやけど、お客さんイカリちゃんしか今んところおらんし、私もいったんお昼用意しに帰っていいかな。子供らがそろそろ帰ってくるんやわ。」


 南さんには、大学生と高校生の息子さんがいる。

 大学生の息子さんは僕の故郷の大学へと進学したため家を出ているが、今は夏休みで祭りの準備を手伝うために帰省してきているという。


 「いいですよ。僕はいつでも大丈夫なので。」

 「ありがとう!ほな、すぐ戻ってくるし!郁夫くんにもおむすびこしらえてこようか?」

南さんはニコニコして申し出てくれた。

 南さんは料理上手なので、おむすびもこの夏何度もいただいている。

 そばのコンビニで買うならば、御馳走してもらうことにした。


 「ほな、あとよろしくねー!」

南さんは大きく手を振りながら店を出ていった。

 南さんの家は商店街のすぐ裏にある一軒家なので、書店のエプロンもそのままだ。


 南さんに手を振ってからはた、と思い出した。


 今、僕は、楠書店の中で、憧れの「麗しの君」と二人きりなのだ。


 さっきのおばちゃんズとの会話によると、「麗しの君」は花火だけは見に行くらしい。

 浴衣を着るのか、という問いには、花火柄のTシャツでいくという。

「だって花火柄なんて、今日しか着れないでしょう?」

と笑っていた。


 こっそり、純文学の棚の方を覗き見ると、「麗しの君」はいつものように、文庫本を出しては戻し、出しては戻しの作業をしている。

 僕は、音をたてないように、レジ台のスツールへ移動した。

 まだまだ、レジまで持ってくるには時間がかかりそうだ。


 しかし、花火柄のTシャツとはどんなのだろう。

 

 花火が生えるのだから黒地だろう。そして、片のまわりに色鮮やかな花火が描かれているに違いない。

 下は、今はいているようなデニムのパンツにサンダルを合わせている。


 ゆっくりと小学校から出て、川沿いを歩いていると君がいうのだ。

「ね、この柄モダンなかんじでいいでしょう?」

「ほんとにかわいいしよく似合っているよ。」

僕は目を細めながら答える。


 「花火がよく見える場所、あるの」

君は、花火会場から僕の手を取ってずんずんと離れていく。


 一気に竹原商店街を突っ切ると、線路沿いに進んでお城の中へと進む。


 「どこへ向かっているの?」と僕が息を切らせながら尋ねても

「いいところ!」

と声を弾ませるだけだ。


 ついに、お城の天守台まできた。


 少し小高くなっているそこは、見晴台がついている。


 見晴台のベンチに先に座ると、君は

「早く!ここ!ここ!」

自分の隣をポンポンたたいて僕に座るように促す。


 僕が、君の隣へ腰を下ろすと君は満足そうにうなづいて視線を前方に移す。

 僕はそんな君の顔を横目に盗み見て、幸せをかみしめ、気を抜けばにやつきそうになる顔の筋肉に力をこめる。


 ドドーーーーーーーーン


 突然、君の顔が赤や黄色や青などの様々な光で映し出され、おおきな音があたりに響き渡る。


 視線を君と同じ方向へずらせば、そこには満開の花火が舞い上がっていた。


 夜空というスクリーンに次々と描き出される色とりどりの花びらを、僕らは言葉もなく、黙ってその美しさを共有した。


 言葉なんてなくったって、今、君と同じ空間で、同じ物をみて、同じように感動していることが何よりも幸せだった。


 どれほどの時間、黙って花火の美しさに酔いしれていただろう。


 だんだん夜空の芸術が終盤に近付いてきたことがわかる。


 「なんでも、終わりに近づくとさみしいもんやね」

君が突然ポツリとつぶやく。

 僕は、再び、君を横目で盗み見る。


 君は視線は花火からそらさないまま、その美しい顔を少し、憂いという陰で曇らせているように見えた。

 僕は、そんな美しい君になにか答えたら、大切なものを壊してしまう気がして君に返事を返すことが出来ないままでいた。


 そんな僕にお構いなく、君は、

「でも、」

と続ける。

「郁夫くんはいつまでも私と一緒にいてくれるやろ?」


 僕は、今度は、横目ではなく、体を君の方へ向けて正面から君を見る。


 君も今は、花火ではなく僕の方を向いて、その大きな瞳でまっすぐ僕の視線をからめとる。


 「僕は、来年も、再来年も、ずっと、ずっと君といるよ。」

ひとことひとこと、僕の心の底からの気持ちが君に届くように願いながら僕は君に語り掛ける。

「僕は一生、君とおなじ風景を見て、同じ気持ちを分け合っていたい。」


 君は、そのきれいな口元をかすかに上げる。

 美しい微笑み、僕の大好きな微笑みをたたえて君は僕を見つめる。


 僕も、にっこり笑って君の手をぎゅっと握った。


 そして、二人の影がひとつになった・・・・・。


 「あのお・・・・」


 突然、僕の耳に、よくとおるが控えめな声が聞こえた。

 

 慌てて顔を上げると、「麗しの君」が困った顔をして僕を見つめていた。


 「す、すみません!」


 僕は顔から火が噴きそうだった。

 急いでスツールから立ち上がると、後ろからゴトン、とにぶい音が聞こえた。

 恐る恐る後ろを振り返ると、僕の立ち上がった衝動でスツールが無様にも倒れていた。


 僕は、電光石火のような勢いでしゃがみ込むとスツールを元通りにし、

「おきまりですか?」

とできるだけ平静を装って「麗しの君」に向き直る。


 僕の行動を一部始終見ていた「麗しの君」は僕と目が合うと、しばらく沈黙し、それから我慢できないといった風に急に笑い出した。


 「あはははははは!」


 今度は僕が固まる番である。


 「麗しの君」がこんなに大きな口を開けて楽しそうな顔で笑うのをはじめてみた。


 「ごめんね!うち、笑いのツボが浅くって!!!あはははははは!」


 「麗しの君」は、目に涙をためるほど笑っている。


 ここで僕は羞恥心を感じるべきなのだろうが、その豪快かつ美しい笑い声と、気の抜けたときの一人称が「うち」であったことを知れた喜びで、硬直してしまっていた。


 ああ、僕は、もっともっと本当のあなたが知りたい。

 もっともっと、本物のあなたを見ていたい。


 

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