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書店員の恋  作者: 三波都子
5/7

鼻緒

 君と僕は、手をつないでゆっくりと川沿いの道を小学校に向かって歩いていく。


 あたりは、たくさんの人が僕らと同じ方向を目指してそぞろ歩きをしている。


 にぎやかに走り回る小学生くらいの子供たちにぶつからないように歩いたり、恥ずかしそうに見つめあったいる高校生くらいのカップルを見て初々しい気持ちをおすそ分けしてもらったり、僕と君はみるものすべてを共有しては、微笑みあっていた。


 しばらく、歩いていくと小学校の校門が見えてきた。

 にぎやかな河内音頭の音が、もうここまで聞こえてきている。


 君は急にはしゃいだような声をあげて、

「郁夫くん!早く行こうよ!!!!」

と走り出す。


 急がなくても、お祭りは逃げてはいかないのに、楽しみすぎて居ても立っても居られない!というような君を追いかけながら、僕はますます君のことを愛おしく思う。

 

 僕がもたもたしているうちに、君はもう待てない!といった様子を見せつつも、祭りへの入り口のところで僕のことを待ってくれていた。


 「郁夫くん!早くいこうっていったじゃん!」

 若干ご機嫌ななめな僕の麗しい人のご機嫌をとるために、僕はひたすら

「ごめんごめん」

と謝る。

 君も本気で怒っていたわけではないようで、すぐに機嫌をなおすと、

「じゃあ、まずは、踊りからかな!」

というと、さっさと盆踊りの輪の中に入って行ってしまう。


 おいて行かれた僕も、慌てて君の後ろから盆踊りの列に加わり、河内音頭を一緒に踊る。

 左・左・右・中・ちょんちょん・・・・

 ぎくしゃくした動きを見せる僕を振り向いて確認した君は、ぷぷぷといった感じに笑うと

「よく見ててね!」

といい、僕にもわかるように大きな動きで踊ってくれる。

 そのなめらかな動きに僕は今日何回目かわからな胸のときめきを感じている。


 浴衣の襟足から見えるうなじも、少し汗をかいてきた額も、流れるように動く手足も何もかもが完璧で、美しい。


 しばらく、自分の踊りもそこそこに君を見つめていると、急に

「あっ!」

と小さい声がして君の体が傾いた。


 僕は慌てて君の体を支えに行き、すぐに踊りの輪の中から連れ出す。


 屋台の後ろまで君を連れていき、

「どうしたの?」

と尋ねると、

「下駄の鼻緒が・・・・切れてしまったの・・・・」

と君は心底残念そうに、なおかつ申し訳なさそうに答える。


 さっと君の足元を見れば、かわいらしい花柄があしらわれていた下駄の鼻緒がだらんとだらしなく君の足元にぶら下がっている。


 「これじゃあ、歩けないや・・・ごめんね、郁夫くん・・・」

と君は、すっかり意気消沈してしまっている。

 

 僕は黙って君の足元にしゃがみ込むとカバンの中からハンカチを取り出し、それを噛むと一気に引き裂く。


 「え?!郁夫くん、なにしてるの?!」


 君は慌てて僕の肩に手を添える。


 そんな君に僕は微笑みかけるのだ。


 「大丈夫、鼻緒を直せば、まだまだお祭りは楽しめるから。」


 君は、そっと顔を赤らめる。



・・・・・・・いやいや、まてまて。

 現実の僕はブックカバーもかけることが出来ない男だ。

 鼻緒なんて直せるわけがないだろう!


 という自らによるつっこみで次の妄想デートは終了を迎えてしまった。


 でも、いつ何時「麗しの君」の鼻緒を直すチャンスが回ってくるかわからないので、家に帰ったらネットで調べて、練習しておこうと思う。


 などと、僕がくだらないことを考えていると、

「あら!イカリちゃんじゃない!」

という南さんの明るい声が聞こえた。


 びっくりして、店の入り口の方を振り返ると、そこにはまさに、ついさっきまで頭の中でデートしていた相手がたっていた。


 しかし、僕はさらに「麗しの君」の服装をみて驚いた。

 「麗しの君」が毎週金曜日に楠書店に立ち寄るときは、白やピンクなどのシャツに黒やベージュ、紺のスカートを合わせている。おそらく、仕事のための服なんだろう、と予測していた。僕が妄想するときの彼女の私服もそれらのイメージに合わせて、落ち着いた色のプリーツスカートやチュールスカート、ワンピース、ブラウスなんかを想像していた。


 しかし、今の彼女のいでたちは、裾が切りっぱなしの細身のデニムパンツにオーバーサイズの黒地にサングラスをかけた女のひとと「I CAN BE PRETTY」と白く書かれたロックTシャツだった。

 つまり、僕が思い描いていた私服と正反対の恰好をしていたのだ。

 髪はいつもはきれいに編み込まれているが、今日は無造作にトップでポニーテールにまとめられている。

 足元は、黒いエッジソールのサンダルで、いつものパンプスでは見えないが、爪がきれいに赤く塗られていることがよくわかる。


 確かに、思い描いていた姿とは、違う。

 違うのだが、僕はやっぱり「麗しの君」に盲目的に恋している。

 思い描いていた姿ではなく、本物の彼女の姿をしれたようで心から嬉しかったし、どんな格好をしていようが、彼女は麗しいのだ。


 「今日はお仕事は?」

 南さんが「麗しの君」に近寄りながら尋ねる。

 すると、八百屋の奥さんが、

 「あれ、イカリちゃんって今なんの仕事してるん?」

 と二人の間に割り込んだ。


 おばちゃん、ナイス。僕もそれは気になっていた。


K 「あ、私今は、この上の塾で国語と小論文を教えているんです。」

いつも少ししか聞けない君が、たくさん言葉を話している。僕は、感動でふるえそうだ。


 「へー!そうなんや!昔から、本好きやったもんねえ!」

 「そうよ!毎週金曜日、うちで本買ってくれる常連さんなんやから!」

 「ふふふ。でも、母は、そのうち床が抜けて店の上に本が落ちてくるんじゃないかって言いてます。」

 「あーそれは困る!私もハヤカワ美容院の常連やからな!パーマあててもうてるときに、本棚上から落ちて来たらえらいこっちゃやわ!」


 僕が、一年以上かけても入手できなかった情報が、この数秒の間にどんどんと披露されて行っている。


 「麗しの君」の勤め先が楠書店の二階に入っている予備校だったなんて、本当にぬかった。灯台下暗しとはこのことだ。

 さたに衝撃だったのは、「麗しの君」がハヤカワ美容院の娘さんだったことだ!


 ハヤカワ美容院は、竹原商店街の南側の出口を出て、駅前の踏切を渡ってすぐのとことにある坂道を登ったところにある美容院だ。

 早川縁さんという店長さんが、二人の若い女性の美容師さんときりもりしている美容院で、この街の女性はみんな、ハヤカワ美容院でお世話になっている。縁さんは50代後半とは思えない美貌の持ち主で、美しい黒髪をきれいにキープし、いつも真っ赤なルージュをひいている、ミステリアスな雰囲気を持った人だ。

 南さんによれば、若い美容師さんがきっちりはやりのスタイルを、店長がおばさま層受けするスタイルを担当し、三人とも腕がいいので、美容院を変える気にはならないらしい。

 そして、ハヤカワ美容院は、女性誌、ファッション誌、週刊誌などをまとめて楠書店から購入してくれているお得意さんだ。

 僕もしょっちゅう、月末には雑誌を配達に出かけているし、店長の縁さんとはすっかり顔なじみだ。


 縁さんに娘さんがいて、美容師になってくれなかったという話は、縁さんからよく聞いていた。

「あの子、ファッションには興味あるし手先も器用で、服とか自分で作ってまうのに、母親と同じ道には進んでくれんかったんよねえ。できれば店を継いでほしかったんやけど、まあ、自分のやりたいことやってるみたいやし、私はそこまで強制できへんしねえ。」

という話を三回に一回くらいは聞いている。


 どんな娘さんかと、少し気にはしていたが、まさか「麗しの君」とは思わなかった。

 まさかこんなところでつながるとは。

 おばちゃんズに心のそこから感謝と称賛を送る。


 こっそり、二人のおばちゃんと話している「麗しの君」を盗み見ると、二人の長話に笑顔で答えている。


 「それで、今日は、そんなラフな格好でどうしたん?」

 「今日は、祭りの日で生徒さんたちも来はらへんので、お仕事お休みなんですよ。」

 「まあ、この辺の子みんな今日は朝から忙ししてるからねえ」

 「私は暇で、昨日買って帰った本、さっきもう読み終えてしもたんで、もう一冊買いに来たんです」

 「あーそりゃ、あんたまたおかんに怒られるやつやんか。」

 「ふふふ。だから内緒にしといてくださいね。」


 新鮮だ。

 このへんの街の人と同じイントネーションで話す「麗しの君」なんて・・・。

 僕の浅はかな妄想では、どうしても、「麗しの君」に僕と同じイントネーションで話させてしまう。

 でも、この街が故郷ということは、当然、「麗しの君」の使う言葉も南さんたちと同じ言葉になるのだ。


 僕は、この街の雰囲気は好きだが、まだまだ、僕の故郷との話し言葉の違いには慣れていない。

 なんとなく、早口で乱暴な言葉のように聞こえてしまうから、好きではなかった。

 しかし、「麗しの君」が話すだけで、なんと魅力的な響きになるのだろうか・・・・・。


 僕は本当に、心の底から彼女に恋しているようだ。

 

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