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書店員の恋  作者: 三波都子
4/7

浴衣

 今日の待ち合わせは、楠書店をでて、北のほうへ竹原商店街を突っ切ったところにある川沿いの看板の下。

 君は、珍しく待ち合わせの時間を過ぎても現れない。

 普段は、僕の方が遅いことが多いので、こういうこともあるだろう、と待っていた。

 しかし、待ち合わせの時間を20分過ぎても現れない君がだんだん心配になってきた。

 さっきから僕は何度もスマホを確認しているが、君からの連絡はない。


 どこかで事故にでもあったのではないか?

 もしかしてナンパされて嫌な思いをしているのでは・・・・。


 僕は心配で頭がどうにかなってしまいそうだ。


 電話をしてみるかどうか、思い悩んでいると、遠くから君の声が聞こえた気がした。


 慌てて顔を上げると、商店街の北口のアーケードの下を通過しながら、僕の待ち人が大きく手を振っていた。

 「郁夫くーん!遅れてごめんね!!!!!」


 僕は君の姿に息をのんだ。


 君は、僕の美しい君は、浴衣姿だったのだ。


 君は、慌てて僕のもとへと走ってきた。

「ごめんね。遅くなってしまって。着付けがうまくいかなくて・・・。」


 君は、白地の木綿生地に青い色で朝顔が染め抜かれている浴衣を身にまとっていた。帯は、紺色。帯どめの赤色が差し色になっていて美しさを際立たせる。

 髪は一つに束ねてシニョン風にして、帯留めと同じ色のトンボ玉がついたかんざしが飾られている。白いうなじとおくれ毛、少しかいた汗がなんとも色っぽい。


 「あの、本当にごめんね?怒ってる?」

 僕が、君にあまりにも見とれすぎてしまって、返事をできずにいたところ、君は少し勘違いしてしまったようだ。

 いつもと違って、浴衣の柄に合わせた色で縁取られた瞳が申し訳なさそうに僕の顔を覗き込む。


 僕は、慌てて、

「そんなことないよ!!!」

というものの、いつもと違う君が美しすぎて、まともに目を見ることができない。


 お互い黙り込んでしまった。


 「浴衣・・・・変かな・・・。」


 君が悲しそうにつぶやく。


 慌てて君を見ると、悲し気な微笑みを浮かべて僕をその大きな瞳に映していた。


 「遅刻しちゃったし。ほんとごめんね。でも、郁夫君とでかけるなら、どうしても浴衣着たかったの。」


 悲しそうに言う君に、僕は自分が犯してしまった失敗に気付く。そして大慌てで

「そんなことないよ!すごくきれいで見とれてしまって何も言えなくなっちゃったんだよ!」

と正直に伝える。


 すると一瞬君は驚いた顔をしたあと、顔をみるみる赤らめる。


 「もう!恥ずかしいこと言わないでよ!」


 真っ赤になる君が僕はいとおしくてたまらない。


 君は赤い顔を隠すように前を向くと、

「早くいこう!花火が始まっちゃう!」

と歩き出した。


 僕は慌ててその華奢な背中を追いかけ、小さい手をにぎろうとした・・・・・・




「あはははっはははははははは!奥さんそれはありえへんよ!!!!!!」


 「麗しの君」の手を握ろうとしたところで、南さんの笑い声に現実に引き戻された。


 今は夏休みで、大学が休みの僕は、午前中から楠書店でアルバイトをしていた。

 いつもは夕方から閉店までしかいないので知らなかったが、午前中の楠書店は「サロン・ド・ミナミ」となる。

 南さんのマダム仲間たちが、入れ替わり立ち代わりで楠書店にやってきては、よもやま話を南さんと楽しんで帰っていくのだ。


 夏休みが始まって2週間たったが、毎日彼女たちの話題をBGMにして仕事をしているおかげで、僕は竹原商店街内での噂話にやたらと詳しくなってしまった。


 今、南さんと話しているのは、隣の八百屋「カワサキ」の奥さんだ。

 話題は、楠書店のはす向かいにある「ブティック・ヤマムラ」の息子さんが東京から帰ってきている、結婚するらしい、彼はデザイナーになった、ならブティック・ヤマムラをセレクトショップにすればいい、という事実と噂と願望がないまぜになったややこしい話で大盛り上がりしている。


 普段ならここまで盛り上がる前に、店長が咳払いをするのでこんなにぎやかにはならないのだが、今日は店長は朝から不在で僕と南さんが店番をしている。


 今日は、この街のビッグイベントである花火大会が開催されるのだ。


 竹原商店街を北へ進んだ川沿いに、この街の小学校がある。今日はその小学校のグラウンドにたくさんの露店が並び、盆踊りも行われる。

 そして、川の向こう岸から花火が上がるのだ。

 これが、結構田舎にしては結構大きな花火大会で、一度に400発くらいの花火が打ち上げられる。

 そのため、この付近の住民だけでなく、かなり遠くの町からもお祭りを楽しみにやってくる人が多いのだ。


 竹原商店街全体で、この花火大会に協賛している。


 だから、どの店にも花火大会のポスターが店の一番目立つところに貼られているし、店主たちは、前々からこのための準備の手伝いに駆けずり回っている。


 楠書店でも、ポスターを入口に一枚、漫画のコーナーの本棚に一枚、レジ台に一枚、計三枚貼っているし、店長は今朝も盆踊りの櫓を組み立てるために出かけている。

 

 だから、南さんを止める人がいないのだ。


 僕はというと、この時間はお客さんはいないし(南さんのお友達は本は買わないので)、することもないので、ミステリー小説の棚の整理をしながら、「麗しの君」とのデートに出かけていた。


 なぜ僕がミステリー小説の棚の整理をしているか、というと一昨日の金曜日に「麗しの君」が買っていった本がミステリー小説のシリーズの最新刊だったからだ。


 最近、僕のなかでの「麗しの君」への気持ちは前と少し変わってきている。


 今までは、毎週金曜日に店にやってきてくれる「麗しの君」を少しでも見るだけで、天にも昇るほどうれしい気持ちになれた。

 しかし、最近の僕は、「麗しの君」のことをもっと知りたい、という気持ちがむくむくと湧き上がってきているのだ。


 4月に南さんが「麗しの君」のことを「イカリちゃん」と呼んでいたのを聞いたので、彼女の名前が「イカリ」ということは分かった。

 しかし、どんな漢字を書くのか、苗字は何というのか、どの辺に住んでいるのか・・・・・。

 一つ情報を仕入れたことにより、もっともっと「麗しの君」のことを知りたいという欲が出てきてしまった。


 ただただ楠書店で、金曜日に彼女が来ることを待っているだけの僕では、「麗しの君」のことを知りたくても知れない。

 南さんや店長に聞けばいいことかもしれないが、店長はともかく、南さんになにか勘繰られたときはややこしいことになりそうなので、それは避けたい。


 そして、そんな僕が思いついた「麗しの君」のことを知る方法が、「彼女が買った本を自分も読む」ということだった。


 きっと、僕はこんなことをしていると知った人の大半が、僕のことを気持ち悪がるだろう。

 僕だって、自分のことを一歩間違えればストーカーだと思う。

 いや、もしかしたらもうストーカーなのかもしれない。


 しかし、「麗しの君」とのつながりが「本屋の店員と常連客」というものでしかない僕には、こうするよりほかに、彼女のことを知る手立てがないのだ。


 それに、他人が何を考えているのか知るには、その人の本棚をのぞくことが一番早い。


 どんな本を面白いと思うのか知ることは、その人の考え方を知る最も手っ取り早い方法だと僕は考えている。


 だから、今日も僕は「麗しの君」のことをもっと知りたいがために彼女の買った本をチェックしている。職権乱用である。


 彼女が一昨日購入したミステリーはシリーズ本で、新刊は第5巻に当たる。

 僕は、あのシリーズは読んだことがなかったので、まず1巻から読もうとミステリー本の棚を物色するついでに、整理整頓という仕事も行っているのだ。


 「麗しの君」の読む本をさかのぼって読むようになってわかったことは、彼女の読書に傾向がないということである。


 だいたい、好きな作家や好きなテーマの小説などは人によって偏りがちであるが、「麗しの君」の読書は壁がない。

 いろんな作家のいろんな作風の本、さらにさまざまなテーマの本を読んでいる。

 

 僕自身は、好きな作家、好きなテーマが偏りがちで、その傾向が強いので、「麗しの君」の読んだ本を追いかけて読むことで、読書の幅が広がった。


 おかげで、楠書店のバイト中に、この本はどんな本かとか、この作家さんはどんな本を書くのか、ということを質問してくるお客さんに対応できるようになった。


 僕は、期せずして「麗しの君」に助けられているのである。


 そして、ますます、彼女のことが頭から離れなくなった。


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