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書店員の恋  作者: 三波都子
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夜桜のもとで

 「麗しの君」とは、「部長}と同じで僕が勝手につけたあだ名である。

 彼女に初めて会った高校三年生の夏休み以来、実は、彼女のことをすっかり忘れてしまっていた。

 もちろん、彼女は本当に美しい人で、初めて話しかけられたとき、僕はあまりにもドキドキしすぎたため、きちんと返事をすることもできずそそくさと逃げるように彼女のそばを離れてしまった。

 それほどドキドキしたにもかかわらず、僕は、もともと女性に対する興味が薄かったことと、楠書店の魅力に取りつかれすぎていたことが原因で、「麗しの君」の存在をすっかり脳内から消去してしまっていた。


 半年間、僕は、この街に住んで楠書店に入り浸るべく、大学受験のための勉強に打ち込んだ。

 そして、ちょうど今現在の時点から1年前、希望通りこの街に引っ越ししてきた。


 引っ越し当日から僕は、荷物の片づけもせずに楠書店へと向かった。

 半年ぶりの楠書店に感動して、入口で立ち尽くしていたとき、例の「立ち読み自由」の貼り紙の隣に、真新しい紙が貼ってあるのを見つけた。近づいてよくよく見れば、「アルバイト急募」と毛筆で大きく書かれていた。


 この貼り紙を見てからの僕の行動は早かった。


 大慌てで、重いガラスの引き戸を開け、今は僕自身が座っているレジカウンター(店の奥の奥の本棚に隠れている)に向かい、そこに座っていた狸のようなおじさん(店長である)に、

「アルバイト、したいです!!!!」

と名乗りもせずに告げたのだ。


 おじさん(店長)は、少し驚いた顔をして、読んでいた本から顔を上げ、老眼鏡を頭の上にずらすと、

「君、いくつ?」

と尋ねた。

「この春から大学一年生です。そこの大学に入学するために今日引っ越ししてきました。」

今思えば、かなり食い気味に僕は返答していたと思う。

「一年生・・・。文学部かい?」

「はい!」

「じゃあ、採用。明日の9時にまた来てね。」

今度は、僕が驚く番であった。

 あまりにも簡単に採用されてしまったのである。


「あの・・・。本当にここで働かせてもらえるんですか?」

急に自身がなくなってしまった僕は、おじさん(店長)におそるおそる尋ねた。

 店長は、にまーっと笑うと、

「本が好きそうな顔しているからいいよ。」

といった。


 かくして僕は、あこがれの楠書店で働くようになったのである。


 働いてみてわかるようになったことが、二つある。

 一つは、僕がとても手先が不器用な人間であったということである。

 楠書店の業務自体は棚卸とレジ打ちくらいで、僕はそれらの仕事をすぐに覚えることができた。

 しかし、問題は、先ほども述べたが、ブックカバーをかけることである。

 楠書店のブックカバーは茶色い紙にシンプルに「KUSUNOKI」と印刷がされているだけのもので、見た目はものすごくおしゃれである。文庫本を購入されたお客さんには、カバーが必要か否か聞き、希望があればカバーをつけることもレジ担当の仕事である。

 シンプルなデザイン故、たいていのお客さんがブックカバーをかけることを希望されるのだが、僕はこの作業が本当に苦手なのだ。 

 どう頑張ってもきれいに角と角を合わせて折ることができないし、きちんとスムーズに本にカバーをつけることができない。

 初めのうちは、パートの南さんというおばさんがカバーを付け、僕がレジ打ちをする、というパターンが出来上がっていた。(南さんは決してレジ打ちをしない。機械に弱いらしい。)

 ちなみに南さんの趣味は、折り紙であるため、ブックカバーをかける正確さとスピードは都会の書店にいた書店員さんたちをもしのぐものである。

「うちらニコイチってやつやなあ!」

と南さんに言われるたびに、練習しなければ、と思い、家に持ち帰って練習をしたおかげで今は何とか自分でブックカバーをかけられるようにはなった。


 二つ目は、楠書店は案外暇な書店である、ということだ。

 街自体の人口が少ないことも相まってか、お客さんは毎時間毎時間たくさんはいない。

 一人の滞在時間が長いから、なんとなくお客さんが続けば4、5人のお客さんがいることもあるが、たいていは一時間に一人くればいいほうである。

 そんなときは、品出しや掃除をするのだが、それらの作業にも限界がある。

 そうすると、レジ台のところにあるスツールに座って(これが台に対して低いため、店内の様子はすこぶる見にくい)いるしかないのだが、とても手持ち無沙汰になってしまう。



 先ほどの部長がかえってから、また、お客さんのいない時間がやってきた。



 じゃあ、行こうか、と僕は君の手をとって線路沿いに歩き出す。

 しばらく行けば、駅前公園が見えてくる。いつもは、五時を過ぎれば子供たちも帰宅し、静かになる駅前公園も今日は、出店が並んで賑やかである。

 僕と君は、手をつないだままでぶらぶらと歩きながら、お城のほうへと公園の中を通り抜ける。

 お堀のヘリを歩けば、満開を迎えた桜たちが、白い光に照らされて輝いている。

 「もっと、お城の丸の内のほうへ行こうか。」

と僕が君に尋ねると、君は僕の手をぎゅっと握ってつぶやく。

 「私、桜の花って実は嫌いなの。」

 急な発言に僕は驚いて、

 「どうして?」

と君に問うのだ。

 すると、君は、少しうつむく。長い睫毛が静かに君のきれいな白い顔に影を落とす。

 しばらく、君は逡巡し、ようやく、その桃色の唇を微かに動かしてこう答えるのだ。

「だって、桜の花はすぐ散ってしまうでしょう?いつまでも私のそばにはいてくれないの。それってとってもさみしいし、悲しいことだと思うの。」

 そうすれば、きっと僕は、君に伝えるだろう。

「僕は、君のそばにいつも、いつまでもいるつもりだよ?」

 君は、うるんだ瞳で僕を見つめそっと僕に寄り添うだろう。そして、僕も君のことを優しく抱きしめ、二人は静かに唇を・・・・・


 寄せ合おうとしたところで、

「郁夫くーん、ちょっと運んでほしいものがあるんやけど!」

とこの少しアンニュイな気分を打ち消すほどに元気いっぱいな南さんの声がバックヤードから聞こえてきた。

「すぐ行きまーす」

と南さんに返事を返して僕は今度は、ゆっくりとレジ台のスツールから立ち上がる。


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