ラッキー
逆に言えば、オレたち二人を除いて、周囲から“人体”が消え去ったからだった。まわりに乗客たちの色さまざまな衣服が舞い上がる。
「来たぜ」
「ホイキタ!」なんとも古くさい合いの手ではある。ともあれ――
ゾーンイン!
転送だ――
ここは、元の世界、いわゆる“現世”日本のコピー。人間含む動物だけが消え失せた、ゲーム空間。“大斜面世界”なのであった。
ガクンッ――と機体が大きく揺れる。当たり前だ。斜面世界なうえに、パイロットがいないのだから。
オレはモエと二人して座席を飛び出す。自由落下なために無重力と化した空間を、機体の先頭へと座席を蹴り、泳ぎ進む。操縦室は当然に施錠されていたのだが、すばやく辺りを見回して、かつてスタッフが身につけていたのだろう、そのキーカードが、空中に漂っているのを目聡く見つける。つかみ取るとすかさず解錠した。
中は当然に無人の操縦席。そして、迫る地上の光景だ。命がけもいい所!
オレは機長席、モエは副長席に収まり、直ちに操縦桿を握る。自動制御もようやく事情を理解して、みごと、機体を立て直すことに成功したのだった。
「――まったく、キミの多芸さには驚くばかりだ」
声のトーンが上がり、瞳の色がルビー色に体質変化したモエが、わざとらしく上品に安堵の息を吐く。ずれためがねを直す。めがねはダテで、今は隠す必要もないから透明なままだ。
「じつは、睡眠学習してたのさ」
ゾーンインで体質変化を起こしてしまうのは百人に一人、とくにモエのような場合は万人に一人だ。一方、オレはDNAの最初から最後まで、徹頭徹尾フツー人だから期待するだけ無駄というものだよ。
「今なら信じてしまいそうだ」
「オレも信じるから探ってくれ。いるか?」
いったん目をつむって、見開いて。「――誰もいない」
毎度のことながら、軽く落胆の息を吐いた。でも、仕方ないか。今回は新規コースなのだから。
「……斜度を計測してくれ」
オリハを表示させて答える。「約1度」
たちどころに気分が良くなった。
「そいつはラッキー。機体に任せて着陸できる」
「めったにないロングラインなのに。その点ではアンラッキー」
「知れただけマシさ。青森まで長い航路だ。コーヒーでもどうだい?」
「このボクに淹れに行け、というんだろ」
「なんたってオレの自慢のアタッカー様だからな」
「ふふん。動くなよベースマン」
「ラッキー」
「調子のいい!」
二人してアハハと、息の揃った笑い声。




