ギリギリ
「なんの夢物語だい?」
柔らかな、からかいの声が左斜め下から聞こえる。
銀色の長髪がふわりと揺れ、日の光に輝く。前髪に隠れた可憐な丸めがね。その奥に見える、長い睫毛に縁取られたスミレ色の瞳。そして優しい輪郭の顔かたち。白桃色の薄い唇は微笑みを絶やさず、されど小走りのせいか、ときおり甘い息をはずませている。短い裾丈の、シースルーぎみの半袖の白シャツ。黄色の蝶タイ。ぷり尻ぎみな黒の半ズボン。そして、白ソックスに黒シューズ。どれも超高級ブランド品で、涼感機能付きの優れもの。全体的に、いかにもな、名家のお子様だ――
春雪萌。通称、モエ。オレの自慢の相棒だった。
歳は15.3――て、言い忘れてた。男の子である。それもそうとうなワルガキ。容姿か名前でからかうと、とんでもない酷い目に遭わされる。唯一オレだけだ。モエと普通に呼べるのは――
「事実さ」
「その根拠は?」
「昨夜、夢に見た」
「やっぱ夢物語だったじゃん。夢夢だよ、ナツナツが!」
夏生夏緒。オレの名だ。通称、ナツ。まんまだな。名前がいささかリズミカルなのは、両親が太古の偉人、ガリレオ・ガリレイに肖ったためだ。もとより、名前でからかってくるヤツは、すなわち、ガリレオの名誉を守るという大義のもと、須く強烈な指導をくれてやることにしている。おかげで今や、チャレンジしようというやつは滅多に現れない。モエだけだ、例外は。
慌てて身につけてきた、白の半袖シャツに、だらしなくぶら下がる青ネクタイ。黒パン、黒シューズ。どれも安物でしかもだぼだぼだ。もっとパリッとするかあるいはいっそハダカになれば結構なイケメンなのに、とはこれはまた別の友達の評価だが、ともかく。黒髪黒目の伝統的な日本人。歳は16.2で――忘れるとこだった。紛れもなく、男である――
「エッヘン!」
「なに威張ってんだか」花ひらくように笑う。
「ちょっとギリギリか?」
「元はと言えばキミが寝坊したせいだろ!? このボクを待たせるとはいい度胸――」
「なにしろ初航路だからな。急げ乗り遅れるな!」
「聞けよ――覚えてろ!」
人波のなか、離ればなれにならないよう、オレはモエの右手を引っ掴むと、さらに速度をあげたのだった。
二人ともハーフグローブを嵌めている。だから、素肌の指先をからめるようにして握っている。
「覚えてろ――」
相棒が真っ赤になって、もう一度言ったのだった。