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ムー2

 青森から東京へ、帰りのリニア新幹線では個室を奢った。だいぶ振り回したからな。休んで貰いたい気持ちの表れだよ。二人してソファに身を預け、「フフン♪」、サービスの、白磁のカップでのコーヒーを楽しむ。少し飲んだ所でギュッと寄ってきたモエに横取りされてすすられて、変なクセ付けてしまったなぁと反省だ。

 大きな窓には、美しい山並みの風景が流れている。そして静か。これが、航空機にはない、良さだろう。


「で?」

 と見上げるようにして促してくる。ふいだったのでオレは思考を読むのにちょっとまごついたが、すぐに追いついた。やれやれである。愚鈍な(さま)は見せたくない。コイツとの付き合いは、スリリングでたまらない。

「――ムーの重心が、そこにあったからさ。別の言い方をすれば、大陸の地形的要所に、首都を設けた、てことだ。するとどうなるか。こうなる」

 オレはハンドサイン。画像を表示させたのだった。

挿絵(By みてみん)


「大陸が沈んで、重心と地球の重心が重なって、ごらんのとおりにバランスがとれた姿で安定したのだよ」

 途中からモエは笑ってる。

「けっきょく、その(ネタ)を披露したいありきの、話だったじゃないか」

「この図を見て気づかないか?」

「聞いてないな?」

 芝居っ気たっぷりに両腕を広げて、「それは、最初からオマエの目の前にあったのさ!」

「――表面のことだな?」けっきょく乗ってくるモエなのだった。


「ムーの大きさ、東西約8000キロ、南北約5000キロ。それがこんなふうに沈んでしまったら――

 日本の大きさ、南北約3000キロが、いかにもな数字に見えてくる。

 ムーの上が、ちょうど我らの国土だった、てわけか。なるほど頑張ったじゃないか」

 あっさり看破する。

「頑張ったも何も、事実そのままなんだがな」

「夢なんだろう」

「状況証拠ならある」

「楽しい旅になりそうだ!」

「ゲーム空間が、ニッポンでしか発現しないのは、こういう事情(わけ)だったからさ!」

「アハハハハ!」

「ゲーム空間の、あの奇跡的なスケール、再現力。それを無数のプレイヤーの数だけ用意して、同時進行させうる能力。大陸レベルの体積のオリハルコンをもってして、ようやくに実現可能だったのだ」

「推測だな」

「ゾーン自身がそう教えてくれている。“我を知れ”、と」

「なるほど。二部構成という確たる“事実”があったな」

「テラスとケイブ。存在理由が分からないケイブが設定されているのは、まさにこのことを訴えたかったためだ。人類よ、気づけ、と!」

「目的は?」「さぁ?」

 モエはハラ抱えて笑ったのだった。よほどのツボだったらしい。


「キミは質量をど忘れしてる。オリハルコンは、ガスなみに軽いんだぞ」

「密度を鉄なみに高めたのさ。すげえぜ、オリハルコン!」

「ご都合だなぁ」

「オレはな、行けるんなら行きたいんだ。オマエが同行してくれたら、最高に嬉しい」

「コクってんのかよ!」

「そうだ」「――」

 オレは自分の意思を押し出した。

「地球の核に、極に、中心に――行って見たいとは思わないか?」

 相手は自分のコーヒーをすすった。

「――古来から、“地球トンネル問題”は、物理の教室の、魅力的なテーマの一つだった」語り始める。


 地球、半径6371km。

 中心核は主に鉄とニッケルから成り、圧力は約400万気圧(想像もできない)。温度は約5000Kから8000Kと推定されている(太陽表面が約6000K)。

 そこに、仮想のトンネルをブラジルまで貫通させたとして、さらには。まったく不条理にも、十分な空気で満たされているとして、では。中心位置におけるその空気の状態はどんなものになるか? という問題だ。


 答は、「そもそも、そんなトンネルなぞできっこない」で終了。そんな話だった。


「トンネルの材質がオリハルコンなら、どうだ? 熱も遮断、圧力からも、守ってもらえる」

「――」

「オレはな、想像するんだ! もし、仮に。十分な大きさのオリハルコンがあったならば。地球そのものを、安全に、太陽中心を貫通して、通り抜けさせることが可能なのだと!

 さらに巨大に――十分な大きさのオリハルコンがあったならば。太陽系全体で、安全に、銀河中心の巨大ブラックホールの中心をも、貫通できるんじゃないかと、夢想するんだよ!」

「さすがのオリハも、重力は遮断できないと思うよ……」

「そこはなんとか」

「そもそも、そんなに大きかったら、空気よりか重いオリハは、自ら星になってしまうだろう」

「そこもなんとか」

「夢見過ぎ」

 喘ぐように、決めつけたのだった。続けて言葉を口にする。

「現実問題、どうやって、沈んだムー大陸、純粋オリハルコン部分にまで、たどり着くつもりなんだよ? 地面を何キロ掘れば、ムーなんだ?」

「そこで、おなじみ、ゲーム空間さ……」

挿絵(By みてみん)


「斜度、約60度のゾーンを見つけたらいい。それが、ムー・ワールドへの扉だ!」

「ムーの地表、マントルの海の中を歩けと?」

「ゲームのルールが守ってくれるさ。アウトしないかぎり、問題ない。ラインが6371km(地球半径)てことは、マージンは318kmもある」

「ラインは直線だ。ところがその図によると、大陸は、セーフ領域を大きく越えて、湾曲してるように見えるんだけどね? たしか弦のふくらみは、最大1217kmだったろ」

「ルールを思い出せ。高さ方向には、ゾーンアウトはないんだ」

「ふふん……!」

 一拍おいて、突いてくる。

「前提として――」一口すする。「キミの数億年前の夢物語と、1万2千年前を語る碑文と、ムーのそのサイズ的数値が合致しているのはどういうわけだい?」

「信じる者は救われる」

「キミとは昨日今日の付き合いじゃないことは分ってんだがな……」わざとらしく息を吐いた。

「……ま、扉を見つけたら教えてくれたまへ。いっしょにノックしてやるよ」

 ついに、春雪萌が認めたのだった。

「約束しよう。一緒にダイブしようぜ、灼熱の底に。そしてムーを手にしよう」ニヤリとする。

「キミが名誉を獲り、ボクはせいぜい、鉄密度の大陸全部を貰うって所で、手を打とうじゃないか」

 冗句にしても、オレは真面目に感無量だった。うやうやしく応えた。「――光栄です」

「もっと誇ってもいいんだぜ」

「オレのヘソなんか見たくもないだろ?」

「バカ!」

 もう一度、繰り返したのだった。

「――バカ」


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