不審者より愛をこめて
「30歳代男が 女の子を徒歩で追い抜く事案が発生」
警察さんは血眼になって男を探し始めた。凶悪犯罪の芽は事前に摘み取らなければ
ならない。使命感に燃える男達は自分に酔い酔い男を探す。
そしてついに30代男を道端で発見した。それはいかにも30代といわんばかりの風体で、
背中にはリュック、服はユニクロ、靴は白スニーカーという典型的なものだった。
「ちょっとそこの男止まりなさい」
「え、なんすかあ」
男は鼻をほじほじしている。事の重大さに気づいていないようだ。
「かばんの中を見せてくれないか」
「いやですう」
「!?。どうして嫌なんだ。見せられないものでも入っているのか。さあ開けなさい」
警察さんはかばんを無理やり開けようとし、男からかばんを奪い取った。
「あっ、なにすんだてめえ」
そう言って男はとっさに警察さんに蹴りを入れてしまった。ちょうど蹴りはみぞおちに
刺さり、警察さんは腹を抱えてうずくまる。
「きさまあ。なにさらすんじゃあ」
男はかばんを奪い返して、くるりと背を向け走った。
「こらっ、待て。…応援お願いします。はい小山市、神鳥谷の交差点です。男は南東方向に
逃走中です」
男の背中は段々と小さくなる。
「応援に来ました。して男はどこへ」
警察さんAは今までの経緯を説明し、新米を捜索に当たらせた。
男は茶色のかばんを抱えて、昼の町をひたすら走った。かばんの中は絶対見せたくなかった。
中にはプリキュアのフィギュアが入っていたのだ。しかもキュアピーチ。
「僕のピーチに指一本触れさせたくないんだ。はあはあ」
男は路地裏に逃げ込んだ。隣の店から流れてくる魚のにおいが食欲をそそる。しかし今店に
入っておめおめ警察に捕まるのはしゃくだ。しかし腹が減ってきた。
男はついうっかり路地裏から出てしまった。すると張り込んでいた警察官に見つかった。
「いたぞ!あそこだ」
まるで魔女狩りかキツネ狩りか、はたまたおやじ狩りか。
男は逃げる。追う警察さん。
「追え!逃がすな」
警察さんの数は声をあげるごとに増え、10名ほどの大捜査隊になっていた。
「ひええええ。俺が何したってんだよ」
距離が近くなってきた。もはや男に走る力は残っていない。このまま捕まってしまうのか。
そう思った瞬間、
「こっちよ」
と誰かが男の腕をぐいとつかんで、コンクリートがはがれかけた小さなビルの中に連れ込んだ。
「3階」
女が階段をのぼりながら言う。
「ここ」
ドアを静かに開け、中へ入る。
「座って」
ふかふかのソファーに男は身をゆだねた。かばんを抱えて走りっぱなしだったから、男は息が
きれてしまっていた。