黄昏の遊歩道
色づいた広葉樹がカサカサと葉を落とす。サクサクと落ち葉を踏みながら、隣に並んで歩いていると、ほんの少し彼の手が触れる。そっと、手をつないでみる。あの人とは違って大きな手。あの手と違う、そう思う自分にため息がこぼれそうになる。
「……平原さん」彼ははにかみながら、繋いだ手をぎゅっと握った。
繋いだ手は温かく、木々を抜けて吹きわたる風も心地いい。高い空には筋状の白い雲が掃いたようになびいている。
目線より高い位置にある彼の白いうなじ、形のいい耳、柔らかそうな茶色の髪、穏やかに微笑みを浮かべている口元。
もう会わない、そう決めたにもかかわらず、違うと思ってしまう。
どうしてなんだろう。
どうしても出来ない着信拒否。
いつも離すことのできない携帯。
待ってしまう。
もう会わないと心に決めても、
やっぱり、彼からの連絡を待ってしまう。
隣を歩く彼に感じる違和感。
あの人とは一度も一緒に外を歩いたことなどないのに。目を閉じれば、彼の顔が瞼に浮かぶ。耳を澄ませば、優しく呼ぶ声が聞こえる。この身体に彼が染み込んでいるのだろうか。
そんな自分に嫌気がさす。
三年という時間は簡単には消えない。
「平原さん?どうかしましたか?」
困ったように見つめられる。
「ん……、なんでもない。大丈夫」
「そうですか……」
言えるわけがない、あなたが彼とあまりにも違うので戸惑っていますと。
繋いだ手が温かい。
身近な人達は医療関係者が多い。いつもなら、気にも留めないこと、わかりきっていることを話すことは新鮮だ。こうして、医療関係者以外の人と話すのはいつ以来だろう?
普段、狭く特殊なところで暮らしていると改めて思う。
森の中の遊歩道を歩く。少し風が冷たく感じるのは、日が傾いてきたせいだろうか、木々が陽射しを遮るからだろうか。
木々の色付いた葉の隙間からこぼれ落ちる陽射しが、キラキラと黄金に輝いている。風に葉が揺れ、陽射しも揺れて、煌めくように遊歩道に光が落ちる。
「わぁ、綺麗」立ち止まって、光をまとう。
「本当に、綺麗だね」微笑む彼の髪にも肩にも、光が下りている。なんて綺麗なんだろう。目が離せずにいると、ゆっくり、そっと彼の顔がおりてきて、唇にほんの少し触れるだけのキスを落とされる。すぐに離れた唇を一瞬、追いかけてしまいそうになる。
「……」
何もなかったように、手を引かれて歩き始める。
見上げた彼は微笑みを浮かべて、耳まで赤くなっていた。
「もう、寒くなってきますから、そろそろ帰りましょう」確かに空気が冷たく、風もきつくなってきた。何か上着を持ってきたほうがよかった。
荷物はすでに車に積んであったので、車はすぐに走り始め、来た道を戻る。
「今日は楽しかったです。付き合ってくれて、本当にありがとうございました。お礼のつもりが、全然お礼になってなかったですね」
「そんなことないよ、私も楽しかったし、美味しかったし」
「また、誘ってもいいですか?」
「ん、いいよ」
「じゃ、来週の火曜日か水曜日ってお仕事ですか?」
「え?今?」
「ダメですか?」
「ちょっと待って、確認するから」カバンから勤務表を取りだして、見る。
「来週は火曜日も水曜日も仕事」
「じゃあ、再来週は?」
「えっと、水曜日は休みだけど、前の日が夜勤だから、帰るのが2時くらいになるの。だから、水曜日の昼からなら大丈夫かな」
「では、水曜日の13時でお願いします。待ち合わせ場所はコンビニでいいですか?」
「うん……、大丈夫」
「楽しみにしてますね」