待ち合わせはコンビニ
<水曜日、時間を11時に変更してもいいですか?>
<大丈夫ですよ。ランチに変更ですか?待ち合わせはコンビニでいいですか?>
<待ち合わせ場所はコンビニで。温かい、動きやすい服装でお願いします>
温かい服装?なんのことかよくわからない。
朝夕は風が冷たく、冬の気配を感じるけれど、まだコートやオーバーが必要な季節ではない。どこに行っても、暖房が効いていて、真冬でさえ、コートが邪魔になることもあるというのに。
釈然としないまま、水曜日を迎える。
「温かい、動きやすい服装っと」
クローゼットの中身を漁る。
スカートは却下し、スキニーのパンツにローゲージのニットを合わせる。靴は踵の低いロングブーツ。さすがに、コートやダウンは季節外れなので、大判のストールを合わせる。
こんな感じで大丈夫かどうか、さっぱりわからないけれど、とりあえず、動きやすい服装で温かいだろう。
髪を巻こうと、アイロンを手にしたけれど、あんまり、気合いを入れるのは恥ずかしかったので、やめておく。
こうして、男の人に誘われて、出掛けるのはいったいどれくらいぶりになるのだろうか?
慣れないことをすると落ち着かない。
待ち合わせの時間よりずいぶん早くに着いてしまった。
コンビニに入り、店内を回る。
茶髪の店員さんと目が合うと、にやっと笑った。
あの時、飯くらいいいだろう、そう言った人にちがいない。なんだか、すべて知っている気がする。
「こっ、こんにちは」
声をかけてきたのは、ニコニコと微笑む男の子。前に声をかけられたときも思ったけれど、おそらく、五つくらいは年下だろう。茶色の癖っ毛に人懐っこい整った顔。あまり背高くないけれど、顔が小さいのか、手足が長いのか、スラリとしてみえる。
カーキのワークパンツにベージュのフリースがよく似合っている。確かに、動きやすい温かい服装だ。自分の服装がさほど変わらないことに一安心。
「こんにちは」
「伊達です、今日はありがとうございます」ペコリと頭を下げる。
「ブーーー!」後ろを振り替えると、水色のストライプの肩が揺れている。
「てっ店員さんっ!なんですかっ!いきなり!!!」
「悪い悪いっ!笑ったらダメだと思うと余計に、笑えて」ククっと喉を鳴らす。
「もう、仕事しててくださいよっ」
「あんたが名刺でも渡しそうな勢いで、あいさつするから」ククっと笑ってレジの奥に消えて行った。
「すみません、いい人なんですけど、笑いだしたら止まらないみたいで」
「全然、大丈夫。確かに、名刺を渡されそうな勢いだったし」
「うっ、実は出そうとしてました……」
「ふふ、そうなんだ。いただきましょうか?」
「いえいえっ、……じゃ、せっかくなんで」パンツのポケットから名刺を取り出すと、両手で丁寧に差し出された。恭しく両手で受けとる。そこには、有名な住宅メーカーの名前があった。
「伊達さん、伊達和馬さん。よろしくお願いします。私は名刺を持つ習慣がないので、すみません、お返しできませんね。平原綾音です。……こんな感じ?」名刺交換の経験はない。まるでごっこ遊びだ。軽く頭を下げて、ちらりと見上げる。
「看護師さんたちは、名刺を持たないんですか?」
「うーん、私の知ってる人で持ってる人はいないかな?」師長さんくらいは持っているのだろうか?考えたこともない。
「そうなんですね」
「立ち話も、なんですから、行きますか?」
「あっ、すみませんっ!」ワタワタしている顔がかわいらしい。
連れだってコンビニを出る、彼はこっちですと前を歩き、駐車場に停めてある青いステーションワゴンの横に立つ。
「どうぞ」そう声をかけて、くるりと運転席側に回る。助手席のドアを開けないところがイメージ通りだ。
「あの、今からデイキャンプに行こうと思ってまして、そういうことってお好きですか?」運転席から不安げに上目遣いに話しかけてくる。
「デイキャンプ?うーん、そういうのって、小学生の自然教室以来かも」飯盒炊飯?カレー?テント?バンガロー?イメージができない。ここでそんなの嫌ですっていうほど、きらいでもないし、正直なところよくわからない。
「正直なところ、好きか嫌いかも、わからないくらい、経験がないって感じ」
すると、彼はニコッと笑って
「では、物は試しですね。行きましょうか?」
「うん」