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番外編 1

番外編です。

二人の恋のその後、お楽しみいただけますように。

「クククククッーー!!」

 後ろから聞きなれた笑い声、振り返ると水色のストライプの制服が震えている。

「てっ、店員さんっ、何なんですかっ!」

「いやっ!あんたやっぱり、分かりやすすぎだろ?」まだ、ククッと喉を鳴らしている。

「……」結婚情報誌を見ていたのがわかったのだろうか。

「何?あんた、結婚したいわけ?あのお姉さんと?身の程、わきまえたほうがいいんじゃないの?あの人すげえキレーで、イイ人じゃん?結婚願望あれば、絶対にすぐ結婚してるんじゃね?しかも、看護師っていったら医者でしょ?」


「彼女には、結婚願望がないと……?」


「少なくとも、あんたはお呼びじゃないんじゃね?」


「普通にひどくないですか?それ?」


「いや、一般論でしょ?」



「結婚は、縁とタイミングだ」



「店長さん!」

「店長〜、ちゃんと仕事しろよ?」


「結婚はしたいと思った時に、したいと思える人と、するものだ」


「なんなんすか?そのドヤ顔……、なんかイラつく」

「そんなものですか?」


「……つうか、店長。バツイチっすよね?」


「……え」



 僕は手にしていた雑誌を棚にコトリと戻して、コンビニを後にする。


「買ってくれてもいいんだぞ〜」

「ありがとうごさいました〜」

 店長さんの呟きと、店員さんのしれっとした声が聞こえた。


 外はヒヤリと冷たい風が吹いていて、昼間の暖かさはすっかりなくなっていた。空にはうっすらと雲をまとったおぼろ月がぽっかりと浮かんでいた。






 ーー悪い話じゃないと思う。今すぐ返事をしてほしい訳じゃないから、ゆっくり考えてみてくれないか?


 尊敬している取引先の社長からの誘いは、僕にとってとても魅力的な誘いだった。彼の下で働くことを想像すると、やってみたい、と素直に思う。

 しかし、僕はそこ誘いにすんなりとうなずくことは出来なかった。


 今の会社とは違い、何の保障もなく、福利厚生もなく、きっと賞与もない。収入は今のようには安定しないだろうから。


 彼女との関係を考えると、すぐに答えは出せない。








「伊達先輩?シメのうどんはもう出しますか?」

「……」

「伊達先輩?」

「あぁ、うん、何だった?」


「うどん、そろそろかなぁって……。どうかしたんですか?ぼんやりしてましたけど?」

「何でもないよ、鍋、どうかな、ちょっと見てくるよ」


 大学のバレー部の仲間がこうして時折、集まって囲む鍋はとても楽しい。


 また、自分の友人達に大切な人を紹介できることも、友人達と一緒の楽しい時間を共有できることが何よりも嬉しい。



「まじっすか?綾音さんからコクったんすか?」

「ハハハっ!ホントだよ〜」


「和馬!ホントか?羨ましすぎたろう?」

「何でだ?和馬と何処に接点があるんだ?」

「そこんとこらへん、もう少し詳しく教えてくださいよ?」

「それは秘密〜」

 友人達に囲まれながら、長い髪をかきあげ、缶ビールを傾けて笑っている。その両頬は赤く、目も少し潤んでいる。

「綾音さん?大丈夫?」

「ん?大丈夫、大丈夫」

 にこっと頬を緩め、丸い目を細める彼女は今日ここに来ることを夜勤明けにも関わらず快諾してくれた。きっとほとんど眠っていないのだろう。夜勤明けのアルコールはいつもより、早く回ってしまうと以前、話していたことを思い出す。

 僕は彼女の肩にそっと手を乗せて、テーブルの鍋を覗きこむ。


 鍋はクツクツと煮えて、もう少し出汁を足して、うどんを入れよう。


「ぼちぼち、うどん入れますね」

 うどんを取りにキッチンに戻ると、マネージャーだった、芽衣ちゃんは眉をひそめている。

「……私、認めませんからっ、先輩の彼女さん、なんで?……オバサンだし、何にも手伝わないで、お酒飲んで、みんなと喋って、デレデレしてっ」


「……はぁ?」

 僕は芽衣ちゃんに彼女を認めてもらわなくてはならない理由を見つけることができない。

 言葉に詰まっていると、芽衣ちゃんは大きくため息をついて、奥で高い笑い声をあげる彼女に視線を向ける。

「……もっとちゃんとした人がっ」


 一体、芽衣ちゃんは僕に何を求めているのだろうか。

「僕は彼女が好きだから」


「……」

 芽衣ちゃんは不満そうに顔を歪めて口を閉ざす。


 ちらりと彼女に視線を向けると、カンのいい彼女はきっとこのことも察しているのだろう、困ったように首を傾げる。


 誰かに認めてほしいわけじゃない、見せびらかしたいわけじゃない、ただ僕の友人達と過ごす時間を共有したかった。


 ずっと一緒にいたいけれども、彼女は看護師だ。不規則な生活をしているから、なかなか会う時間が作れない。

 もっと、一緒にいたい、ずっとそばにいたい、だから、結婚したい。

 そう思う僕は安直なんだろうか。





 仕事を終えて、アパートの部屋のドアを開けると、ふわりとカレーの香り。真っ暗な部屋の明かりをつけると、ソファーで小さくなって彼女は眠っていた。慌てて明かりを絞り、そっと様子を伺うと、規則正しい寝息が聞こえる。ほっとしてその肩に毛布をかけて、彼女の髪を撫でる。柔らかな頬に唇を寄せる。

 帰りを待っていてくれる人がいる生活を思うと、胸の底から温かくなってくる。


 彼女もそう思ってくれればいいのに。


「ん……」

 長い睫毛がゆれて、彼女は目を開く。

「綾音さん、来るなら言ってくれればいいのに」


「うん……、おかえり、お疲れ様」

 ソファーに横になったまま、目を細める彼女にそっとキスをする。


「ただいま」

 様子を伺うようにじっと見つめられる。

「何かあった?元気ないみたいだけど。鍋のとき、何か言われた?」


「綾音さん……、なんでもない、大丈夫」


「そう?……私、何にもできないかもしれないけど、話を聞くくらいできるから、いつでも言ってね?」


 これを伝えるために彼女はここに来てくれていたのだろうか。


「綾音さん」

 ぎゅうと強く抱き寄せ、髪に顔を埋める。いつもの彼女の香りが胸に染み込む。

 彼女の腕が回って背中をゆっくりと撫でられる。


「……僕、転職の話をもらってて、迷ってる、やってみたいとは思うけど……」きっと綾音さんと暮らすには足りなくなるから。


「そっか……、転職か。まだ若いんだし、やりたいこと迷うことないと思うよ」

 僕の腕の中におさまったまま、彼女は言う。

「そう……だね」

 結婚したいと思うのは、やっぱり僕だけなんだろうか。



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