コンビニから愛を込めて
このコンビニは、ちょっとしたパワースポットになるのではないかと、実は少し思ったりもした。
「店長、明日からはおにぎり、昆布の入荷再開で」ないと思うと、食べたくなるから、不思議だ。
「ちゃんと、送っていただろうなっ」店長は腕を組み、ドアの向こうを眺めている。
「送ってくのは、明日の朝でしょ?」
「……なんだとっ!」
「怒る意味、わからねぇし。だって、出てってすぐに、戻ってきたと思ったら、あいつ……」思い出しても笑える。真っ赤な顔して一箱、それだけを買っていった。
つまり、お姉さんのことが大切で真剣で、あいつは真面目で、馬鹿だってことだ。
「違うコンビニに行けばいいのに……」やっぱり、笑える。
「……もしやっ?!」
店長は、はうぅとため息をついて、肩をガックリ落として、レジの奥に消えた。
それにしても、面白いお姉さんだった。
あいつのキモい話に、全く動じることもなく、とんでもなく意味のないことを言い出した。
「私と友達になってください!」
「……で、たまたま連絡しろってか?」
「ダメですか?」
「……いや、意味わからないし、オレ、あいつのアドレス知ってるし」
「もっともな、ご意見と思います。でも、やりたいの」
お姉さんの目は、真剣だ。
「ブーーッ!!」
あまりのアホらしさに笑えて笑えて、その行動の意味が全くわからない。
腹が痛くなった。
「えっ、えらいっ!!なんていい話しなんだっ!!君っ、協力してあげなさい」店長は、お姉さんの行動の意味がわかるのか、なにやら感心した様子だ。
「マジで?まぁ、オレは別に構わねえけど。あんたが間に合う保証もねぇし、あいつあんたほど、ちょくちょく来ないし」
「よろしくお願いしますっ」
日が落ちるのが早く、気がつくと外は真っ暗になっている。冷たい風が、お客さんが出入りするたびに、店内に吹き込んでくる。
どんよりとあいつが入ってきた。
よしっ、メール、メール。
ふらっと、デザートコーナーにたたずみ、プリンを一つだけ、手にしてレジに並ぶ。
バカっ、もっと悩め。
「98円になります。ありがとうございました」
弱々しく微笑み、店を出ていく、足取りは重い。
いつまでたっても、お姉さんはやって来ない。今日は来れないのかと、すっかり思って、陳列棚の整理をしていた。
息も絶え絶えに、ふらふらと店に入ってきたあのお姉さん。
「え?今?」
「……はぁ、はぁ、もう、帰っちゃった?」
「遅すぎだし、とっくに帰った」
「あぁ、そっか。はあ、走ってきたけど、私、明日筋肉痛だよ。でも、これって思ってたより、楽しいかも?」
「はあ?」
「何時、連絡があるか、スリリングだね」
「はぁ、あいつ。あんまり、悩まないし。基本、甘いもんを一個とか、昆布のおにぎりを一個とか、パッと買ってくだけだから、お姉さん、ほんとに急いで来ないと、会えないっすよ。来て出てくまで、5分とか、10分くらいじゃね?お姉さんちって近いの?」
「歩いて10分くらい?」
「それじゃ、車で来たら?」
「……車か。それじゃ、負けになる気がする」
「何の勝負っすか……。あいつ、来ても週に一二回だし、走ってきてたら、いつまでも会えないって」
「そっか。走り込みしょっかな?」
「いや、そういうレベルかよ?」
「とりあえず、また、来たら。たまたま連絡してよ」
シフト表は、見事に夕方と夜に集中していた。店長の頭の中は、思った通り、単純だ。まぁ、別に構わない。
それから、あいつが来るのを見かけるたびにメールをするけれど、お姉さんは来ない。
ずいぶん後になって、
「仕事してました……」
「研修中でした……」
なんてメールが返ってくる。
看護師さんはなかなか忙しいようだ。
深夜2時。
灯りの消えないコンビニは、闇にぽっかりと浮かび、周りから切り離されたように静かだ。
ドアを押して入ってくるお姉さん。
「お疲れ様〜。いつもありがとうね」
ヒラヒラと手をふる。
「たまたまっすよ。たまたまね」
にやっと笑う。
お姉さんの手には缶コーヒーを2本。
レジを通すと「差し入れ」と。
このお姉さんはいい人だ。
「店長、あいつ、引き留めてくれ」
「……お、おう?」
「すぐ、帰っちまうから。適当に話しかけてよ。さすがにプリンは無理だけど、明日からおにぎりの昆布、仕入れストップで」
「……お、おう?」
最近、あいつが来ない。
イライラする。
何やってんだよ、ほんとに、オレがこんなにマジにやってんのに、何であいつが来ない。
もう、今日も来ないかと思ったけれど、いつもに増して、どんよりとあいつが来た。
よしっ、メール、メール。
店長が話しかけている。
よし、よし。
お姉さん、急げ。
早く、来い。
早く、来い。
あいつは、お弁当コーナーにしばらく、たたずむ。
よし。
そして、おにぎりコーナーでたたずむ。
よし。
もっと、悩め。
パッとパンを二個、手にしてレジに並ぶ。
明日から、メロンパンの入荷もストップだな。
お姉さん、来い。
早く、来い。
目のはしに、勢いよく自転車が止まる。
おおっ、お姉さんだ。
よしっ、間に合った!
柄にもなく、ガッツポーズをしてしまった。
なのに、あいつと来たら、
ぼーっと立ったまま。
オレがあんなに頑張ったというのに。
思わず、手が出た。
「おい、あんた何してんだよ!ぼさっとしてるな!」
弾かれたように、
オレを見返したあいつは、
笑った。
パッと周りが明るくなるような笑顔だった。
いい気分だ。
何かに一生懸命になるのも悪くない。
おまけです。
ありがとうございました( ´∀`)