やっぱりここから始めよう
一体、何がどうなったんだろう?
『送信できません』
ある日突然、メールが届かなくなった。
携帯をかえたのだろうか?
彼女から連絡がないということは、そういうことなのだろう。
今、何をしているんだろう。
元気になっただろうか。泣いてないだろうか。
できれば、美味しいと笑っててほしい。
ため息をつきつつ、仕事をするせいか、なかなかはかどらない。
だらだらと残業をしてしまう、集中力の低下は否めず、ミスをしそうで不安だ。いつもより気を張っているせいか、だるい。
帰り道にコンビニに立ち寄る回数も少なくなった。店員さんの顔を見るのが少し辛い。店員さんはいつもと変わらず、しれっとしているけれど、落ち込んだ顔を見られることも辛い。
しかも、最近になって、売り上げに貢献していないせいか、店長さんがやたらといろいろな商品を薦めてくれる。
「おにぎりは、梅がやはり定番で、わたしとしてはおすすめです」
「お弁当のおすすめはなんと言っても、このデカモリシリーズです。たくさん入っていて、お得です。わたしも大好きです」
ちょっと困る。梅のおにぎりは好きだけれど、やっぱり、昆布が一番だし。お弁当のデカモリシリーズは僕では食べきれない。やんわりと断ると、店長さんは困った顔で、「また、よろしくお願いいたします」という。
今日は休みだけれど、明日朝イチのお客さんに渡す資料をまとめていたら、こんな時間になってしまった。
お腹は空いたけれど、帰って支度をする気にはならない。
店長さんがいませんように、と失礼なことを思いつつ、コンビニのドアを開ける。
「いらっしゃいませ〜」店員さんのしれっとした声が聞こえる。
陳列棚の前に立って、ぼんやりパスタを見ていた。
「トマトとモッツァレラチーズのパスタ」あのパスタはモッツァレラチーズではなくて、カマンベールチーズを使うところが美味しいと思う。また、一緒に食べれることがあるのだろうか。頬張って目を丸くして美味しいと笑う彼女は本当に可愛かった。また、会いたい。
また、店員さんに頼んでみようか?あのときみたいに、たまたま連絡してくださいと。
ため息が大きくこぼれていまう。
昆布のおにぎりは、売り切れているらしい、梅も、タラコも、シーチキンマヨネーズも、ズラリと並んでいるのに、昆布だけ見当たらない。
お弁当にしようか。陳列棚を見ても、デカモリの焼きそば、デカモリのナポリタン、デカモリのカルビ丼。今日に限ってデカモリシリーズばかりだ。
パンでいいか。メロンパンとウインナーパンを手に取り、レジへと向かう。
店員さんのレジを打つ手がいつにもまして、ゆっくりと丁寧だ。
「メロンパンが一点、ウインナーパンが一点ですね」
「はあ」どうしたことですか?マニュアルが変わったんですか?
「温めますか?」
「いいです……」後ろに並んでいる人のイライラが半端ないんですけど、店員さんのハートが強いのはよくわかったので、早くしてください。
「238円になります」
キャッシュトレイにお金を入れる。店員さん、コインを一枚づつ数えないでください。百円玉、三枚なんて見たまんまですから。
レジ袋に恭しく、メロンパンとウインナーパンが入れられ、卒業証書なみの丁寧さで渡される。
「ありがとうございます〜」よしっ!と店員さんは、小さくガッツポーズをしている。今日はいつもにまして、おかしな店員さんだ。
コンビニのドアを開けようと手を伸ばすと、勢いよく飛び込んできたお客さんとぶつかりそうになる。
「はぁ、はぁ、はぁ、」両膝に手をつき、肩で息をしている。無造作に一つにまとめられた髪はぐしゃぐしゃに乱れている。走ってきたのだろうか?
「この間、はぁ、はぁ、汚したセーターのクリーニング代払うし……」黒い縁の眼鏡のズレを直しつつ、顔をあげる。
「はぁ〜、明後日、筋肉痛だわ」眼鏡に、グレーのパーカーとズボン。靴はワニエンブレムのサンダル。
「……平原さん?」
「はい。こんな姿ですけど、よかった、連絡先、教えてください。お願いします」ペコリと頭を下げる彼女。
「……」一体、何がどうなったんだろう?何で彼女が走ってきたのかも、連絡先を聞かれるのかも、わからない。
バシっ!
「おい、あんた何してんだよ!ぼさっとしてるな!」左の肩を思い切り叩かれたらしく、ずしりと重く痛い。
彼女が来てくれたんだ。
「携帯は洗濯したんだ」店員さんの意味不明な言葉が聞こえてくる。
彼女は僕の前に立っている。
よかった、元気そうだ。
「よかったら、私と付き合ってください」右手を差し出される。
「……付き合ってください?」
彼女はコクリと頷き、恥ずかしそうに笑う。
「おい、何してんだよ!」
「しっかりしないかっ、ちょっと待ったかけるぞ」
「店長、何言ってるんっすか?」
店員さんも店長さんも、なんていい人なんだろう。こんな嬉しいことがあるんだ。
一歩前に出て、腕を伸ばし、ぎゅうと捕まえる。柔らかく細く、いい匂いがする。
「もう、離しません」
「そこは、手をとってよろしくお願いしますだろ!」
「店長、だから何言ってんすかっ」
これにて、完結となります。
読んでいただきありがとうございます( ´∀`)
楽しんでいただけましたか?
大楠は、本当に楽しかったです。
平原さんがお気に入りです。
コンビニの店長も店員も結構、気に入ってます。
最後の店長さん、
わかる人にはわかると思います。
『ねるとん紅鯨団』
そんな番組があったんですよ~。
ではまた、お会いできますように(*´∀`)♪
おまけをもうひとつ更新します。