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コンビニで知ったこと

 スーパーで買い物をしたのは、一体いつ以来だろう。

 品揃えは豊富で、整然と並び、一回りするころには、かごが大変なことになってしまい、もう一周して、一つずつ、よく吟味して棚にもどした。



 帰って、冷蔵庫に食材を詰め込む。

 食器棚から、フライパンとまな板と包丁を取り出す。

 フライパンでお湯を沸かし、パスタを茹でる。パスタが茹でられる鍋はないので、フライパンで代用する。最近はなんでもパソコンで調べられて、便利だ。

 彼の連絡先はわからないけれど。

 まな板でトマトを刻む。

 本当はニンニクを細かく刻んで使うのだが、独り暮らしのキッチンにあのサイズのニンニクはハードルが高すぎる。絶対に使いきれない。冷蔵庫の奥で萎びている姿を容易に想像できる。だから、買うのを止めた。


 いつから、ここにあるのかよくわからないオリーブオイル。瓶の中でトロリと揺れる透明の姿は、前とかわりない。

 固めに茹でたパスタをザルにあけて、フライパンにオリーブオイルをいれて熱し、刻んだトマトと、カマンベールチーズをちぎっていれて、軽く混ぜて、パスタをフライパンに戻して、絡める。塩と胡椒で味を整えて完成。


 見た目は完璧。香りはニンニクの不在にて、物足りない感は否めないけれど、チーズの濃厚な香り。


「いただきます」


 フォークにくるくると巻き付けて、口に運ぶ。


 ……あれ?なんか、違う。ニンニクだけじゃない。チーズが違うのかな、私ってチーズの味がわかるほど、舌は肥えてないはず。でも、まあ美味しい。

 自炊生活のスタートとしては、まずまずだ。



 仕事の帰りには、ついついコンビニに寄ってしまう。特に必要なものはないのだけれど。それは習慣か、期待か。

 パラパラと雑誌をめくる。フリーの賃貸住宅の情報誌を手に取る。これで、引っ越しをすれば完璧だ。

 もう少し広いところに住むのも悪くない。1LDKで十分だけれど、キッチンが広い、使いやすいところがいいな。


 賃貸住宅情報誌はカバンに差し込み、インテリア雑誌を手に、レジにならぶ。


 レジを打つ店員さんは明るい茶髪のあの人だ。

 しれっと「930円です」と言う。伊達くんは元気ですか?と心のなかで問いかける。


 おつりを受け取り、店の外に出ようとドアに手をかけたところで、声をかけられた。

「すみません、ちょっとこちらまで来てもらってもいいですか?」

 今にも泣き出しそうな……、確か店長さん。

「は?」

「本当にすみません、申し訳ないですが、こちらまで来てください」店長さん、目が赤いし、大人の男の人に泣かれて、断れないですよ。でもこれ、絶対に万引き犯と思われてるよね。

「……はぁ、万引き犯とか?」

「いえいえっ!とんでもないです」

 店長さん、ここで万引きではありませんって叫んでくれないかな。……くれないよね。



 小さな事務所のテーブルに向かいあって座る。

「……すみません、お忙しいのに」

「はぁ、私、やっぱり、万引き犯と思われてる?」

「いえいえ、とんでもない。いつも売り上げに貢献していただいてます、はい」

「……では、ご用件は一体何でしょうか?」店長さんは下を向いたまま、何も言わない。どっちが万引き犯かわからなくなる。


「もうっ、店長、しっかりしてくださいよ」茶髪の店員さんがつかつか歩いてくる。

「お姉さんさ、あいつに嫌がらせとか、されてない?」

「嫌がらせ?あいつって、誰?……伊達くん?」

「そう」

「全く、全然、問題なしだよ」

「マジで?あいつ、大丈夫だよな?」

「嫌がらせなんてされてないよ。いい人だよ、優しいし」もう、連絡はとってないけど。


「ほれみろ~。店長、問題ないってさ。オレは大丈夫って言ったじゃん」

「何?どうしたの?」


「お姉さんさ、最近ずっと元気無かったし、なんか、あいつも急にどんよりしてて。あいつがウザいことになってんじゃないかって、店長が言い出して。今日は賃貸の雑誌持っていくし、もう絶対にあいつから逃れるためだって泣き出して、すんげー、ウザかった。店長」


「よかった……」店長さんはほっとしたのか、しくしく泣き始めた。


「一体、どういうことなんですか?どうして、そんなことを考えるんですか?全く話が見えませんけど」

「お姉さん、聞いてないの?」何を聞いてないのだろうか。なにも言えずに店員さんを見つめていると、

「ま、言うわけないか」

「何ですか?教えてくださいよ?そんな風に言われたら、すごく気になります」

「そだね。ちょっとキモいよ?」それでもいい?店員さんはくくっと喉を鳴らす。



 店員さんの話は、全くキモくなかった。

 連絡先のわからない私に会うために、足繁く、コンビニに通い、無理やり店員さんと友達になり、昼夜問わずに、呼び出されていたらしい。「お姉さん、店に来る時間、バラバラだもんな」また、くくっと喉を鳴らす。

 何だかとても大変な思いをしていたらしい。あの日、短パンに草履だったのも、頷ける気がする。


「あいつさ、夜中に呼び出しても、走ってくるんだよ。間に合わなくて、それでも、呼んでくれてありがとうって、お仕事頑張ってくださいとか、言っちゃうヤツなんだよ」その彼の姿が目に浮かぶようだ。きっと笑っているんだろう。ついつい頬が緩んでしまう。



「お姉さん、あいつじゃ、ダメか?」店員さんの目も言葉もチャラい外見とは裏腹に真剣だ。


「……私は最低の女なんだよ」ダメなのは彼じゃない。私だ。

「サイテー……。それが理由か?あいつをハジク理由か?」

「嫌な女なんだよ、ほんとに。私にはもったいないよ」

「あんたさ、自分で言うくらいだから、サイテーなんだろうよ。でも、それじゃあ、あいつをハジク理由にはならない。あんたがサイテーかどうかは、あいつが決めることだ」


「……お前、仕事はちゃらんぽらんだけど、いいこと言うな」涙を拭きながら店長さんは店員さんを見つめている。


「……」店員さんは正しい。そう思っていいだろうか。


「最近、連絡してるか?」

「携帯、洗濯したから、連絡先のわからなくなっちゃって……」


 よし、決めた。


「店員さん、お願いがありますっ!」


 私のお願いに店長さんは呆然とし、店員さんは「ハラがいてぇ」とツボにはまっていた。



オリーブオイルは、

長く置いておくと風味が落ちてしまいます。

開封後、一年以内には使いきりましょう。

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