六境目。
闇が全てを飲み込む常闇の世界。
視覚なんて全く意味を成さない暗闇の中、
ただひたすらに走っていた。
反対方向の道を。漆黒に塗り潰された黒の山道を。
ただひたすらに逃げていた。
裸足で感じるやや柔らかく冷たい土の感触。ただ必死の思いで走ってやっと理解した。
もっと前から逃げていれば良かったのだ。 彼女から。
もっと前から気付いていれば良かったのだ。 彼女の自分を見る眼の意味に。
そして…。獣の物音や声、風の音や葉の音さえ一つしない。
この山には自分の立てる音以外、音が全くしていない事に。
走りに走って気が付けば、ようやく橋へと辿り付いた。
昼の時よりも前が見えなくて、良くて足元が見えるか見えないか。
「この橋を渡れば………!!」
一歩踏み出して橋を駆けようとした、が。
暗闇の中から伸びてきた細く白く冷たい手に右腕を掴まれる。
【行かないで下さい…。】
「は、離せ!!」
力を込めて振りほどこうとして………、
「え」
ふらりと世界が傾いた。
否、振りほどこうとした力余って橋の外に投げ出してしまったのだ。
さっきまで踏みしめていた地面が無くなった感覚に全身の血液が一気に沸騰した様な戦慄。
と、共に。
落ちる。
恐怖が自然と湧き上がり、悲鳴が喉から溢れそうに………………………
「はっ!!」
眼を覚まして最初目にしたのは鈍色の空に降る雨。
山林の中、仰向けになっていた。
「あ、あれ………?」
橋の外に落ちようとした筈では?
「おーい!! 誰か聞こえるかーー!!!」
少し遠くから聞こえる声。
何なのかと起き上がろうと上半身を上げて、初めて気付く右腕の違和感。
「え………」
上手く右手が動かせないと右手を見て……再び戦慄した。
地面から伸びた白い骨の手が、右手をしっかりと握っていた。
悲鳴をあげた。
やっと思い出した。
毎年恒例の田舎帰り。
自分は両親の急な仕事の都合で、自分だけで田舎に行く事になったのだ。
田舎に行こうと高速バスに乗って山林を眺めていた矢先、
突然の車両衝突に窓から投げ出され、高速道路下の林に落ちたのだ。
更に驚く事に。
感覚ではたった数日しかいなかったのに、その事故が起きてもう一週間が経過していたのだ。
レスキュー隊員に救出されて遭遇した奇妙な体験をありのままに話した。
着ていた灰色の着物と地面から右手を掴んでいた骨が事実を物語っていた。