二境目。
「どうしました?」
手に山菜の入った籠を持つ薄い着物を着た女だった。
腰の下よりも真っ直ぐ流れる漆黒の髪。
ぱっちりと愛嬌に満ち溢れた大きな目。
陶器の様な白い肌に薄い桜色の頬と薔薇色の唇。
着物の袖から覗く細い手足。
均整がとれた小柄な体型。(…胸が大きすぎる気もするが。)
黄色く霞む黄昏時でもその女の輪郭は明らかで、美人というより可愛いという部類。
女の質問にも構わず、少しの間,女にぼんやりと見惚れていた。
「あの……」
しまった。急いで我に返ってボーっとしていた事に慌てて謝る。
「あ…、すまない。何で道外れにあんたみたいな女の人が現れたんだと思ってつい…」
「山菜を採りに道外れに入っていたのです。驚かして申し訳ありません…」
つい"あんた"などとため口で呼んでしまった事にすぐに後悔したが、気にしていないみたいだ。
「いや、驚いてはいないんだ。あんたみたいな美人が突然現れたから おれ、つい見惚れて…」
「え、あ…。び、美人なんてそんな…………」
素直な感想にも女はとても驚いて照れていた。
そんなに驚くような事なのか?
「そういえばさっきおれに何か聞いてきたけど…」
「あ、そうでしたね…。こんな所に人が来るなんて珍しいので…、どうしました?」
「えっと…。思い出せないんだ。おれが誰なのかも、どうして此処にいるのかも…」
“おれは記憶を失っているんです。”と,いきなり事情を説明してもまず信じてくれないだろう。
だが嘘を吐くかという選択はしたくなかったのかも知れない。
自然とその言葉が出た。
「え、えぇっ!? 大変な事じゃありませんか!! 何処かお怪我でも!!」
女はとても驚いて籠を落としたのも構わずに、近付いて頭に怪我が無いか確かめにきた。
「怪我は無いと思う…。これから夜になってどうしようかと途方に暮れてたら、あんたと出会ったんだ」
近くで見ると女の美しさがはっきりと見えてつい、慌ててしまう。
「そうなんですか……?」
「ああ………」
段々とか細くなる声。
これからどうしたらいいか、夕暮れと共に憂鬱が満ちる…
そんな時だった。
「あの、会ってこんな事を言うのもいきなりですが…私の家に泊まりませんか?」
本当にいきなりで驚いた。
見ず知らずの(しかも記憶喪失)男を家に誘うなんて、不審と危険が浮かび上がる。
「そりゃあ…確かに助かるけど、あんた困るだろ?」
「記憶を失って困ってる人を見捨てる訳にはいきません。こうして出会えたのも何かのご縁ですし…」
女は微笑みを浮かべながらそう言って、白魚のように白い手で手をそっと掴んできた。
滑らかで柔らかくて、ひんやりと冷たい手が心地良かった。
私達は眼球を通して全てが異質か普通かを判断する。
【異形のモノと目を合わせてはならない。】
その異形が貴方を覗き込もうと,貴方のナカに入り込もうと貴方と目を合わせる。
異形は、形は様々なモノへと在る。
木々であったり,動物であったり…人間であったり。
見入ってしまわぬように目蓋を閉じろ。
見入られてしまえば気付かぬ間に魅入られる。
異質か普通かの見境無くし、
盲となりて呼ぶか呼ばれるか。